Wed 150320 古代ローマ遺跡を「トラやん」と散策する(イタリア冬紀行16・2482回) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 150320 古代ローマ遺跡を「トラやん」と散策する(イタリア冬紀行16・2482回)

 12月23日、いよいよクリスマスイブイブがやってきたが、今井君が滞在中なのは、キリスト誕生より300年も前に建設されたアウレリア街道沿いのホテル。ついつい古代ローマの栄光を賞賛するほうが先に立ち、神の子=あがないの主イエスの誕生を思う方向性に、愚かなクマはなかなか集中できない。

 それでも朝9時、クマ助はタクシーに乗ってヴァチカンへ。「ヴァチカン美術館」ことシスティーナ礼拝堂で丸1日を過ごし、ミケランジェロ「最後の審判」を口をパックリ開けてふりあおぐことで、古代ローマから救い主のほうへ、敬虔な思いをググッと高めようと考えた。

 この朝のローマは曇天。ヴァチカンの城壁前には中国人ツアーの長い長い列ができ、怪しいダフ屋の諸君も物陰からワラワラ姿を現した。長蛇の列を見るに、ダフ屋の登場も「ムベなるかな」であって、キチンとネット予約していかないと、いったい何時に入場できるのか見当もつかない。

 そのぶん、「オレはネットで予約してきたぞ♨」という思いがあれば、若干の優越感にも浸れるのである。「おやおや、そんな長い列に並ぶなんて、準備不足なんじゃないですか?」。そういう「上から目線」を列のほうに走らせて、下らない特権意識のトリコになってみた。

 しかし諸君、さすがにキリストさまだ。そういう特権意識を厳しく諌めることにおいて、我らが救い主は一刻の躊躇もなさらない。驚くなかれ今井君は、予約の日時を丸1日間違えていた。

 ネットで予約したのは24日。今日は23日。イブイブのつもりがイブそのものだったので、窓口の中年女性に肩をすくめられ、侘しくヴァチカンを去ることになった。いやはや、日本では「天網恢々」であるが、ローマでもジーザスさまは思い上がったクマどんを罰すること、まさに火のごとくスミヤカである。
トライアヌスのネコ
(勇ましい野良猫「トラやん」。トライアヌス記念柱の足許で出会った)

 ダラしない苦笑いを隠しながら、クマ君はすぐ近くから地下鉄に乗り込んだ。地下鉄A線・オッタビアーノ駅である。クリスマスの食材を並べた大きな市場にちょっと立ち寄ったが、何しろミジメなミスをした直後だ。肉と野菜とお魚を派手に並べた大好きな市場を通過しても、ちっとも面白くなってこない。

 ローマの地下鉄は、おそらく世界で一番落書きのヒドい地下鉄である。ブダペストでもミラノでも、ブエノスアイレスでもアテネでも、落書きの形跡は残っていても、何とか公務員の皆様の努力で電車はキレイに保たれているが、ローマはこの乱暴狼藉をもうイカンともしがたいようだ。

 10年も20年も前の落書きを放置したまま、落書きのペンキはゴッホの油絵なみのウルトラ厚塗りになっている。何層にも塗り重ね&塗り重ねたペンキはボロボロに腐り、電車の振動でヒビが入って、醜さの上に醜さをタップリと蓄積したアリサマ。

 ここはカトリック総本山の地下であるが、思わず電車の冥福を祈って「ナンマンダブ」「ナンマンダブ」と仏教徒の両手を合わせたくなるクマ助なのであった。いやはや、それにしてもこういう電車の放置は、観光する者にとってさえ不快きわまりない。ローマ市当局のキチンとした対処をお願いしたい。
トライアヌス
(賢帝トライアヌスのフォールム。西暦2世紀の遺跡である)

 向かった先は、フォロ・ロマーノ周辺である。ヴァチカンに「オマエ、1日早いよ」と宣告された直後だ。キリスト誕生より1日早くフライイングしちゃったんだから、今日は古代ローマの遺跡めぐりで費やすのが相応しい。

 というわけで、今井君はまず「フォロ・トライアーノ」を訪れた。そこで待っていたのが、野良猫の「トラやん」との出会いである。今日の写真の1枚目、勇ましく遺跡を闊歩する姿が「トラやん」だ。

 「トラやん」と名づけたのは、別にトラ柄であるからではない。写真を見る通り、トラやんは決してシマシマなトラ柄ではない。三毛なんだか、トラなんだか、マコトに中途半端な毛皮であって、このネコを「トラやん」と呼ぶには、もちろん他に理由があるのである。

 皇帝トライアヌスの建設によるフォールムの遺跡で出会ったから、トライアヌスの名をとって「トラやん」。トライアヌスは、昔の山川出版・世界史教科書では「トラヤヌス」と記されていたが、古代ローマの最大版図を確立した偉いオカタである。

 諸君、古代ローマ五賢帝を記憶しているだろうか。①ネルヴァ ②トライアヌス ③ハドリアヌス ④アントニヌス・ピウス ⑤マルクス・アウレリアスであって、西暦2世紀、古代ローマの最も華やかな時代を統治した5人である。
コロッセオ
(コロッセオ。西暦1世紀、軍人皇帝ヴェスパシアヌスの時代である)

 ③ハドリアヌスは、映画「テルマエ・ロマエ」の中で市村正親どんが演じていた「暴君」であるが、五賢帝の1人を「暴君」とは、なかなか思い切った設定であった。同じ映画の中に、④も登場していたはずである。

 ⑤は、15年前の映画「グラディエーター」に登場。ラッセル・クロウ演ずる主人公マクシマス将軍を「後継者に」と熱望するが、実の息子コモダス(ホアキン・フェニックス)に暗殺される。

 ほぼ同じストーリーのアメリカ映画に、ソフィア・ローレンが熱演する「ローマ帝国の滅亡」(1964年作品)がある。「グラディエーター」のマクシマスは架空の存在だから、「ローマ帝国の滅亡」のほうでは「リヴィアス」という別名で登場する。

 リヴィアスを演ずるのが、アゴが2つに割れた2枚目俳優スティーブン・ボイド。諸君、20世紀中頃まで、アメリカ人の美の基準に「アゴが2つに割れている」というのがあった。今では信じがたいが、アゴが割れていれば美男、割れていなければ残念なヒト、そういう基準があった。
コンスタンティヌス
(西暦4世紀、コンスタンティヌス大帝の凱旋門。コロッセオの目の前だが、あんまり人気はないようだ)

 ま、そういういろいろがあって、ヴァチカン美術館を訪れるのが1日早かった今井君は、トライアヌスのフォールムから古代ローマ遺跡の散策に入った。勇ましい案内役「トラやん」と出会ったのは、トライアヌス記念柱の根元あたりであった。

 現ルーマニアにあたるドナウ下流地方を、トライアヌス時代には「ダキア」と呼んだ。後に西ローマ帝国を滅亡させるゲルマン民族 ☞ ゴート族やヴァンダル族は、元はと言えばこの地域を根城にしていた蛮族である。

 西暦101年から108年、トライアヌスは現ブダペストあたりでドナウ河に橋を掛けてダキアに進軍。2度にわたる戦役でダキアを占領、古代ローマ帝国の版図はこのとき最大に達する。

 「トライアヌス記念柱」は、この戦役でのトライアヌスの活躍をレリーフにした大円柱であって、下から上に向かって約200メートルの壮大な絵巻が続く。ネコのトラやんは、まるで「案内してあげましょう」と言うように、堂々と柱の下を行進しはじめた。

 ニャゴロワ&ナデシコの2匹と暮らしてすでに12年。クマ助は何とかネコ語を理解できるので、先に立つトラやんの後に従った。すぐお隣は、カエサルやキケロやアウグストゥスが活躍した「フォロ・ロマーノ」。その向こうには、暴君ネロの「ドムス・アウレア」。こりゃトラやんも誇らしいだろう。
チルコマッシモ
(4頭立て戦車競争で有名なチルコ・マッシモ。このあたりから、明日の記事に譲ることにする)

 トラやんに導かれた遺跡散策はさらに続いて、皇帝ヴェスパシアヌスが完成させたコロッセオもすぐお隣。それこそ「グラディエーター」の舞台そのものである。

 その前には大帝コンスタンティヌスによる凱旋門がある。313年のミラノ勅令から「キリスト教公認」の時代に入っていく大皇帝であるが、この凱旋門は若干セコい作り方をしていて、表面の豪華レリーフは、トライアヌスとハドリアヌスによる建造物から運ばれたものがほとんどである。

 「いやはや、栄光のローマも西暦200年を過ぎるとすっかり色あせましてね」と、案内役のトラやんもタメイキをつく。さすがこんな雄々しいネコであるから、空間的にも時間的にも縄張りは驚くほど広い。

 紀元前100年ごろから西暦200年あたりまでを熟知している余裕の顔つきで、東洋のクマどんをどこまでも案内してくれようとするのであるが、諸君、今日のブログもまた長く書きすぎた。

 西暦200年を過ぎ、ローマの最盛期は遥か遠くに過ぎ去って、セプティミウス・セヴェルスやその息子カラカラの時代に入るあたりからは、明日の記事に譲ることにしようと思う。

 「何しろローマの歴史は長いです。そうしたほうがいいですよ」と言う意味で、重々しく一声「ニャーゴ」と鳴いてみせたのは、さすがローマを熟知したトラやんの正しい分別と言ってよかった。

1E(Cd) Tower of Power:URBAN RENEWAL
2E(Cd) Tuck & Patti:CHOCOLATE MOMENT
3E(Cd) 村田陽一 & Solid Brass:WHAT’S BOP
4E(Cd) RUSSIAN MEDIEVAL CHANT
5E(Cd) Menuhin:BRAHMS/SEXTET FOR STRINGS No.1 & No.2
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