Thu 141113 大雪のニュース 大雪の記憶 それでも釧路に向かう 快晴とザンギ と遥かな昔 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 141113 大雪のニュース 大雪の記憶 それでも釧路に向かう 快晴とザンギ と遥かな昔

 12月6日、これから北海道の釧路に行かなければならない。10日ほど休みが続いていたが、いよいよ2014年秋冬シリーズ終盤の開始。今日から12月18日までの間に、釧路・大阪・京都・西宮・横浜・東京都金町と続き、18日の石神井が2014年の仕事納めになる。

 ところが諸君、この3~4日、天気予報を眺めるたびに何だか恐ろしく切迫した雰囲気である。札幌に青森、新潟に金沢に福井、大雪のニュースでお馴染みのそういう地名以外に、
「広島でゲリラ豪雪」
「四国の大雪のせいでクルマ100台が立ち往生」
「徳島で100世帯余りが孤立、停電で電話も通じない」
「高知・鹿児島でも積雪を記録」
「北海道の道東では、最低気温マイナス22℃を記録」
など、これから北海道に旅立とうとする者にとって、震え上がりそうなニュースが溢れている。
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(釧路夕景 1)

 12月上旬の大雪は、ニンゲンの側でちっとも心の準備ができていないわけだから、1月2月の大雪よりも被害が大きくなりがちである。思い起こせば今井君が高3だった縄文時代のこと、秋田県は12月からの豪雪。東京行きの電車は軒並み「4時間遅れ」「5時間遅れ」になった。

 昨日のニュースショーでは「関ヶ原付近の大雪で東海道新幹線に遅れが見込まれる」という話も出てきた。新潟ではサッカーJ1の試合が中止になった。うにゃにゃ、1987年12月6日のラグビー「雪の早明戦」を思い起こさせる。

 おお、考えてみれば日付も全く同じ12月6日。あの日は東京で朝からたいへんな積雪になり、国立競技場は大急ぎで雪かきを済ませて、午後2時からの試合に備えた。

 早稲田には堀越・今泉・後の名監督♨清宮、明治には吉田義人など、後の日本ラグビーを支える名選手が揃い、雪のグラウンドには大男たちの激しい湯気が立ち上った。残り5分、早稲田ゴール直前のスクラムが続き、実況していたNHK斉藤アナの「この、湯気!!」の絶叫は、ラグビー史に残るものと言っていい。
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(釧路夕景 2)

 諸君、そういう大雪の日に、今井君は北海道釧路を訪れるのである。中でも恐ろしい予報は、「道東の最低気温はマイナス22℃」というヤツである。

 実際にマイナス22℃を記録したのは、オホーツク沿岸の北見枝幸付近であって、釧路市の中心部はマイナス10℃程度。マイナス10℃ということなら、真冬のスキー場の山頂なんかで何度でも経験している。

 しかしそれでも、釧路からちょっと山の中に入ったあたりは、日本で最も気温の低いことで有名。足寄とか陸別とか池田とか、地名を聞いただけで痛いほどの寒さを感じる。

「吐く息が、その場で氷の粒になってサラサラ地面に舞い落ちるぐらいです」
「バナナを外に持ち出したら、その場でカチンカチン。バナナでクギが打てるぐらいです」
「ってことは、トマトでも同じことができるんですか?」
「目を開けると、一瞬で涙が凍ります。たいへん危険です」
「今井サンなんか、ヒゲから長いツララができますよ。鼻息で、口ひげが真っ白に凍りつきますね」
と、ヒトの話もどんどんヒートアップして、「そりゃ冗談でしょ?」「作ったでしょ」と苦笑するレベルまでいってしまう。
13451 釧路夜景
(釧路夜景)

 しかし「冗談でしょ」とばかりも言っていられないのである。約2年前の釧路では、今井君のすぐそばで「ホワイトアウト」が現実に起こった。2013年3月2日、釧路&中標津方面の大雪で視界ゼロに陥った中、吹きだまりにクルマが突っ込むなどして死者9名の大惨事になった。

 ちょうどその頃、今井君は釧路に到着していたのだ。ヒコーキは釧路便がすべて欠航。仕方なく札幌便に切り換え、南千歳でJR「スーパーおおぞら」に乗り換えて、陸路で釧路を目指した。あの夜の妙に生暖かい雪が、その直後のホワイトアウトの前触れだった。

 諸君、そういう記憶をたどりながら、12月6日のクマどんはノンキに羽田からヒコーキに乗り込んだ。天候がどうあれ、交通機関の乱れがどうあれ、クマどんはキチンと指定された仕事場に出かけ、キチンと仕事こなしてくる覚悟がある。マイナス22℃の極寒であろうと、いっさい躊躇なんかしない。
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(釧路空港レストランにて、ソーセージ盛り合わせを食す)

 釧路便には「プレミアムシート」と言ふ天国のようなものは設定されていないし、通路1本&横6席という小型ヒコーキである。窓際に座ると、頭が壁にぶつかるほどであるが、国際線ならともかく、たった1時間半のガマンなら別に何とでもなる。

 ところが諸君、驚くじゃないか。釧路に向かって高度を下げていくと、道東方面は見渡す限りの快晴である。テレビニュースの画面がウソのように、まさに雲一つないウルトラ快晴であって、JR「スーパーおおぞら」もビックリの「すっげー、おおぞら」「ものすごいおおぞら」が広がった。こりゃいいや。

 確かに空気は冷たいが、太陽の光を浴びると汗が滲むほどの暖かさ。うにゃぽ。あんまり暖かいので、思わずお腹がすいた。「我ながら、イヤシイな♨」と苦笑しつつ、すぐに釧路空港のレストランに闖入して、お昼の酒盛りをやっていくことに決めた。

 だって諸君、今日は全く仕事がないのだ。お仕事は翌12月7日の午後2時から。しかし明日早朝の移動では万が一のこともあるから、いわゆる「前のり」をやって、今日のうちから釧路に入っておくのである。

 ならば、「昼の酒盛り」もいいじゃないか。躊躇なく注文したのが釧路名物「ザンギ」。ついでだから「ソーセージ盛り合わせ」。生ビールに日本酒300mlも追加した。
13453 ザンギ
(釧路名物、ザンギ)

 「ザンギ」とは鶏の唐揚げのことであって、むかし居酒屋「つぼ八」の定番メニューだったが、なにしろ「つぼ八」自体がこの四半世紀で一気に衰退してしまったから、「ザンギ」というコトバを東京で聞くことは余りなくなった。

 若い諸君は知らないだろうが、「つぼ八」も「石丸電気」も、四半世紀前には「今をときめく」な感じだったのだ。代々木ゼミナールもサテライン全国中継を開始。予備校講師にとってサテライン出演は憧れの対象だったし、年間サテライン講座を9つも担当した若き今井君は得意の絶頂だったものだが、それもまた遥かな昔のことである。

 ザンギのあまりの分量に辟易したが、今井君は粘り強くこれに対処。30分後、ザンギもソーセージもキレイに平らげ、もちろんビールに日本酒も心置きなく片付けて、いよいよタクシーで釧路市内に向かった。

 諸君、いやはや、大雪の心配なんかちっともいらなかった。釧路はピクニック日和。風はさすがに冷たいが、思わず「これから摩周湖か阿寒湖にでも出かけてみようかな?」とイタズラ心が湧き上がってくるほどの好天に恵まれたのである。

1E(Cd) RUSSIAN MEDIEVAL CHANT
2E(Cd) Philip Cave:CONONATION OF THE FIRST ELIZABETH
3E(Cd) Rachel Podger:TELEMANN/12 FANTASIES FOR SOLO VIOLON
4E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 1/2
5E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 2/2
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