Sat 140802 編む捨てるダム アルクマールの金曜チーズ市 (おらんだサトン事件帖14) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 140802 編む捨てるダム アルクマールの金曜チーズ市 (おらんだサトン事件帖14)

 4月18日金曜日、アムステルダムの今井君は6時に起床。アルクマールのチーズ市を見に行くことにした。この市は、4月から8月の金曜日だけに開催される。
 昨日はデルフトの木曜市、今日はアルクマールの金曜チーズ市。おお、今回の今井君はマコトに勤勉であって、オランダ観光の王道を行く。うーん、なかなか誇り高い朝のクマどんであった。
 どうしてMac君は、アムステルダムと入力したのに☞「編む捨てるダム」と変換するのだろう。クマどんはホントに理解に苦しむ。「編む☞捨てる」というだけなら、まあ分からないこともない。編んでは捨てる、編んでは捨てる。よほど編み物が苦手なのであって、ならば編み物なんかヤメちゃってもいいんじゃないか。
 ごくごく正直に告白するなら、1970年代のラストに異様な勢いで流行した都はるみ「北の宿から」と思い出してイケナイ。「着てはもらえぬセーターを、寒さコラえて編んでます」という歌詞の演歌であるが、おそらく設定上の彼氏は40歳代前半。彼女は30歳代前半ぐらいだろうか。
 何か事情があって、高級なホテルには泊まれない。北の国の安い温泉宿で、スキマ風がビュービュー吹き込んでくるのであるが、そういう場末の一室で寒さをコラえつつ、彼女は太い毛糸の暖かいセーターを編んでいる。
 いやはや、そんなドロドロしたメンドーくさいセーターじゃ、「着てもらえない」に決まっている。昭和の終わりごろからだと思うが、日本の男子の多くはその種の熱心な愛情表現にチャンと応えるのが苦手になった。
 「スキマ風の吹き込む寒い宿で、寒さをこらえて編んだのよ」みたいなセーターをオズオズ差し出されると、何だかオソレ多くて腕を通すことなんか出来そうにない。というか、もっとカンタンに言えば「メンドクセ!!」なのである。
チーズ市1
(4月18日、アルクマールの金曜チーズ市を見に行く)

 いやはや、いったい日本の男子はどうしちゃったんだろう。長老としてはマコトに情けない。本来なら「ありがとう。おお、こりゃあったかいや。今日から毎日これを着るよ」のはずが、「うぜーんだよ」「こんなダセーの、着れるわけねーじゃん」「ウゼ!!」「ウゼんだよ」の対象になりつつあるんじゃないか。
 すると、男子はいったい何を着るんだ? いや、そんなことより今井君は、「編み物女子」が可哀そうでならない。1ヶ月も2ヶ月もかけて寒さをコラえながら編んだセーターより、大好きな男子がユニクロだのなんだのを好む場合、「編む☞捨てる☞ダム!!」という悲嘆の日々が待っているんじゃないか。
 同様のことは、別に編み物女子に限ったことではない。クッキング女子だって、
「こんなの作って、どうすんだよ」
「オレはマックか、スーパーの総菜のほうがいいんだよ」
と、いつ突き放されるか分かったものではない。
 男子にしたところで、彼女を誘うのに「今晩は居酒屋に飲みに行こうぜ」のヒトコトを言っていいかどうか、甚だ迷うところなんじゃないか。万が一彼女が腕にヨリをかけて自慢の料理なんか作って待っていたら、「飲みに行こうぜ」のヒトコトが墓穴を掘りかねない。
 いやはや、「編む捨てるダム」とMac君が変換しただけで、クマどんはそこまで心配になってしまう。21世紀とはこれほどに難しい時代であって、男子も女子も、長い幸せを慎重に築き上げるために、言葉の隅々にまで気を遣わずにはいられないのだ。
アルクマール行
(アルクマール行き、8時27分発)

 ま、いいか。6時に起床した今井君は、トラムを乗り継いで8時すぎにはアムステルダム中央駅のホームに立っていた。おお、こりゃ勤勉だ。まるで日本人観光客みたいに勤勉である。
 「何を言ってんだ、オマエはまさにその『日本人観光客』じゃないか」と冷笑して指摘する皆様。いやはや、アンタは偉い。確かに今井君は日本人観光客そのものであって、そのことを指摘されればグーの音も出ない。
 しかし諸君、日本人観光客とか中国人観光客の勤勉さというのは、とてもこのレベルではないのだ。彼らは、「午前5時起床☞午前6時朝食☞午前7時ホテルロビー集合」という恐るべきスケジュールをモノともしない。
 日本人の中でも、特に関西のカタガタは団体ツアーが大好き。6時とか7時からみんな立派に「クラブツーリズム」「trapics」のワッペンを胸に貼りつけ、全世界の青少年に向けて、一糸乱れぬ団体行動の大切さを発信するのである。
 そこへいくと、いくら勤勉とは言っても今井君の行動は、昭和の日本人から見たら言語道断の身勝手な個人行動。勝手にホテルを出て、雨の中を歩き、粛粛とトラムに乗って「編む捨てるダム」中央駅を目指した。
チーズ色
(近鉄電車ソックリのオランダ国鉄。要するにチーズ色であった)

 何で朝早くからこんな品行方正をやっているかというに、今日はどうしても「アルクマールのチーズ市」を見たいのである。ゴーダチーズとエダムチーズが中心のこのチーズ市、4月から8月の金曜日にしか開催されない。
 今井君が乗った電車は、アムステルダム中央駅発8時27分。オランダの電車は日本顔負けの恐るべき定時運行だから、15分前にはチャンとホームに出ていないとイケナイ。オランダの電車に2日も3日も乗り続ければ、関西圏の人なら「ああ、なるほど」と嘆息を漏らすかもしれない。「これってまさに、近鉄特急の色彩感覚といっしょ?」である。
 京都から奈良、大阪から奈良、名古屋から伊勢や鳥羽を目指す時、「近鉄特急」というシロモノを利用すると、「何だかドレッシング色だな♨」という電車に乗らざるを得ないが、要するにあのドレッシング色は、徳川時代から日本が師事してきた「オランダ先生」のチーズ色だったのである。
チーズ市2
(チーズ市に集まった群衆と大量のチーズ)

 アムステルダムから40分、チーズ色の電車は北ホランド州を右回りに大きく北に回り込んで、アルクマールに到着した。日本で真冬に着るジャンパを着込んできたけれでも、それでもオランダの春には不十分だった、歯の根がガチガチ震えて音を出すぐらいに、厳しく冷え込んだ朝であった。
 それでも、ヨーロッパ全域からアルクマールのチーズ市を訪れた人々は少なくない。鉄道駅はチーズ市の会場から離れているが、みんなここから歩いてチーズ市を目指すようである。
 途中、聖ローレンス教会や市庁舎前を通って、会場の「チーズ計量所」まで徒歩15分ほど。「毎週金曜日開催」ということであれば、要するに「日常茶飯事」☞「日常チャメシ」であって、これほどの盛り上がりを期待してはいなかったけれども、おお、なかなかスゴいじゃないか。
 チーズ計量所前の広場は、野球の内野グラウンド程度の面積。そこに丸いチーズが山積みにされて、一昔前の兜町株式市場並みの激しい売買を待ち受けている。内野グラウンドを取り囲むのは、世界中から集まった観光客たち。ルネサンス期から続く伝統のチーズ売買の様子を眺めようと、「今や遅し」と待ち受けている。
 天候は、決して「恵まれている」とは言えない。北海からの冷たい風に千切れた黒雲がたえず頭上を横切り、肌を刺す寒風に時おり氷のように冷たい雨が混じる。いやはや、チーズ市見物も、凍死の一歩手前である。
チーズ市3
(チーズ市開始直前。楽しげなオジサマ連のウォーミングアップ)

 それでも、チーズ計量所の前には、張り切ったオランダオジサマたちがどんどん集まってきた。黄色組、赤組、緑組、青組。彼らこそ今日の主役である。巨大なチーズをお舟の形の板に載せて運搬する勇ましい行進を一目見ようと、ヨーロッパ中の人々がこうして集まってきたのだ。
 いや、ヨーロッパだけではない。はるばる遠くユーラシアの果て、中国からも団体ツアーがやってきて、チーズオジサンたちの大活躍を待ち受けている。団体ツアーの企画者が確保したのか、見物席の最前列に100人ほどの中国人が陣取り、これから始まる市の見所について、例の中国語の騒がしい響きで熱心に語り合っていた。
 ところが諸君、そこにフランス小学生の団体がやってきた。およそ200人の大集団である。すると諸君、まるでトコロテンみたいに、中国人団体が一斉に排除されはじめた。「フランスの小学生が優先、中国の人は遠慮してください」ということである。
 今井君なんかには、詳しい事情は分からない。
「何時間前から最前列に陣取っていようと、中国のオカタはドイてください」
「だって、フランスから小学生集団が来たんですよ」
という勢いは、どんな人にも止められないほどの剣幕であった。
 この時ばかりは中国のヒトたちも、マコトに大人しく席を譲った。滅多なことでは席を譲らない人々であるが、吹き荒れる風、大粒の雨、なかなか始まらないチーズ市への苛立ち、そういうものにそろそろウンザリし始めていたらしい。うーん、同じアジア人として忸怩たる思いであるが、ま、仕方ないかね。

1E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 4/10
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3E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART 46 SYMPHONIEN 6/10
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