Sat 140510 義務的ルーブル ニケが好き ションボリA解消(ヨーロッパ40日の旅37) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 140510 義務的ルーブル ニケが好き ションボリA解消(ヨーロッパ40日の旅37)

 こんなふうにして、40日の旅は最終盤に近づいた。オペラ・ガルニエ横の「グランカフェ」で2度もコキヤージュを貪り、サクレクールの石段ではアフリカ系移民の男たちに囲まれてミサンガを売りつけられそうになり、来る日も来る日も珍道中で、もう上着の要らなくなった3月中旬のパリを満喫した。
 しかしさすがに「来る日も来る日も珍道中」というのはマズいんじゃないか。ふと今井君は「反省しきり」な気持ちでションボリしてしまった。「反省しきり」のションボリAと、「もう終わりか」「とうとう日常へ逆戻りか」というションボリBがナイマゼになって、ますますションボリ効果を高めたのである。
 「1+1は、2じゃないぞ♡」。2014年3月10日、愛知県豊橋でタクシーに乗った時、運転手さんが熱心に聞いていたラジオから、AKBだかSKEだかのありがたいお言葉が流れてきた。
 「1+1が2では終わらない」ことについては、サッカーでも野球でもそうだろうし、テニスや卓球やバドミントンのダブルスでも同じだろう。2人が力を遭わせれば、1+1は5にも10にも100にもなって、単純な足し算にしかなっていないダメな相手を圧倒するはずである。
 それと同じように、ションボリA+ションボリBの足し算は、マコトに大きなションボリ効果をクマ蔵に与えたのである。「どこへも行きたくない」「お部屋の窓から1日中セーヌ河を眺めていたい」と、ホテルのお部屋でムクれたまま、どんどん時間が過ぎていった。
ニケ1
(ルーブル、サモトラケのニケ)

 しかしやっぱりこのままじゃダメだ。「反省しきり」のションボリAから、まずはやっつけてしまうことに決め、ずっと先延ばしにしてきたルーブルに、せめて足だけでも踏み込むことにした。
 今井君は別に「美術館が意地でもキライ」「展覧会アレルギー」「美術館に接近するとジンマシンが出る」という過敏体質ではない。20歳代の10年間で、首都圏の美術館&展覧会をのべ2000回も回ったツワモノでさえある。今だって、すいていて、じっくり&ゆっくり見て回れる静かな美術館なら、まる1日過ごしたっていいぐらいだ。
 問題は、「ルーブルやオルセーが美術館の名に値するのか?」ということである。チケットを買うために1時間も行列しなきゃいけないとか、エントランスで警備員に小突き回されるとか、せっかく入場しても押し合いへし合いで、人々の頭越しや肩越しにしか見られないとか、それじゃ美術館というより遊園地じゃないか。
 チケットについては、早めに「カルト・ミュゼ」の3日券か5日券を手に入れてしまえば、もういちいち列に並ばなくても、パリのほとんどの美術館にフリーパスになるから、まあこれはすぐに解決できる。
 しかし、遠足の小中学生がほとんど無秩序に駆け回り、大量のオジサマ&オバサマが団体バスツアーで押し寄せ、絵の前でいちいち写真撮影しているのをヒョイヒョイ身体をかわしながら絵を見るのは、やっぱりディズニーのアトラクションの様相である。
ミロ1
(ミロのヴィーナスどん。意外なほどすいていた。このぐらいの静けさがあれば、美術館は大好きだ)

 ここで正直に告白しておくが、この「ヨーロッパ40日」のクマ蔵はオルセーに行かなかった。パリに10日も滞在してオルセーに行かないというのは、普通の日本人から見たら、アゴが外れてカポカポいうほどの驚嘆の対象だろうけれども、カルト・ミュゼなしでオルセー前の行列を見た時、一瞬で「こりゃダメ」「こりゃ無理」と判断。すぐに引き返した。
 ルーブルのほうは、予想外にうまく入り込めた。チケット売り場にも並ばなかったし、セキュリティに小突き回されることもなかった。「あれれ?」という拍子抜けな気分もあったが、写真に見る通り、ミロのビーナスどんも、大好きな「サモトラケのニケ」ちゃんも、間近から心行くまで眺めることができた。
 いやはや、今井君は中2の春に美術の教科書で見て以来、サモトラケのニケちゃんの大ファン。もしも文学の才能があったら、ニケちゃんを主人公に、ソポクレスもオロオロさせ、アイスキュロスもタジタジとなるぐらいの、ウルトラ・ギリシャ悲劇を書いてみたいぐらいだった。
 どういう奇跡だったのだろう、この日はモナリザどんの前の人だかりもほとんどナシ。最前列までジワジワ攻め込んで、モナリザどんからほとんど2メートルと離れていない至近距離から、例の微笑を眺めることもできた。
ミロ2
(ミロのヴィーナス、後ろ姿)

 しかし諸君、モナリザって、こんなに近くからみんなでジロジロ眺めるもんでござるかね。今井君が美術館というものに感じる疑問の「その2」である。
 こんな黒山の人だかりを作って、みんな必死で熱い吐息を吐き、左隣のオジサマの吐息の魚臭さや、右隣のオバサマの吐息のタバコ臭さ、目の前の青年のTシャツの雑巾臭さなど、ありとあらゆる悪臭の真っただ中で、ニッコリ微笑む16世紀の美女の姿を眺めることになるわけだ。
 一度でいいから、モナリザどんの気持ちになってみたまえ。1日中、人々の食い入るような視線の中で、表情を一切かえずにニヤーッとし続けなきゃいけないのだ。それが50年も100年も300年も続けば、ジョコンドさまだって、さぞお疲れだろう。渦巻く体臭と食い込む視線の中で、年をとることもできないで同じ微笑を続けるだなんて、ツラい運命をさぞかし嘆いていることと推察する。
 こういうふうで、クマどんは巨大美術館の中ではどうしてもマジメになれない。ヒトビトの様子があんまり面白いので、ついつい美術鑑賞よりもニンゲン観察に夢中になってしまう。そしてもしニンゲン観察ということなら、別にオカネを払って中に入らなくても、美術館前の石段で十分なわけだ。
モナリザ
(至近距離のモナリザどん。毎日、ご苦労さん)

 しかし諸君、「反省しきり」のションボリAの中から、最近は今井君に重々しく語りかける天の声が聞こえてくるのである。
「もう少し知的な面も、読者に見せたほうがいいのではないか」
「あんまり珍道中ぶりばかり強調していると、若い読者が誤解するのではないか」
「南米の危険な街を楽しげに走り回るのもいい。マゼランと反対向きに地球を何度もグルグル回ってみせ、分厚いステーキを喰らい放題ワシワシするのもよかろう。しかし、芝居にオペラに美術館、博物館に大学に図書館、そういう場所での知的な姿を、もっと書き込んだほうがいいでのはないか」
 ま、それも確かである。2014年6月、またまた反省しきり☞ションボリAに襲われた今井君は、「わかりました。ならば次の旅では、たっぷり知的な姿をお見せしましょう」と決意したところである。
瀕死
(ミケランジェロ「瀕死の奴隷」。押し合いへし合いしながら見るもんじゃないだろう)

 2014年、夏の終わりのクマどんの予定は「プロヴァンス滞在」。滞在予定は、いつもの通り2週間である。古代ローマ帝国の辺境で、辺境を意味するラテン語の「プロヴィンチア」が、そのままプロヴァンスの名前として残った地域である。
 ということは諸君、この地域にはローマの遺跡と博物館がズラリと並んでいる。セザンヌとマティスの絵画をたくさん揃えた、静かな美術館も少なくない。ションボリA解消のためには、旅行先として最高の選択をしたように思っている。
 小旅行先にも事欠かない。アルルにエクサンプロヴァンス、アヴィニョンにオランジュにニーム。モンペリエにナルボンヌにアンチーブ。TGVを利用すれば、もう一度リヨンを旅することもできる。ちょっと遠いが、コルシカ島だって視野に入る。
 そういういろいろな街で、毎日必ず美術館を訪問する。ついこの間オランダ・ハーグで見たマウリッツハイスみたいな、ほどよい規模で静かな美術館なら、アレルギーもじんましんも大丈夫だろう。6月のクマどんは、その計画でウキウキしているところである。

1E(Cd) Brendel:BACH/ITALIENISCHES KONZERT
2E(Cd) Brendel:BACH/ITALIENISCHES KONZERT
3E(Rc) コレギウムアウレウム:ハイドン交響曲No.94 & 103
4E(Rc) エリー・アメリンク&コレギウム:結婚カンタータ&コーヒーカンタータ
5E(Rc) Solti & Chicago:BRUCKNER/交響曲No.4
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