Tue 140121 オジーチャン先生たちを思う サト助のノドの惨状 石川県小松でお仕事 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 140121 オジーチャン先生たちを思う サト助のノドの惨状 石川県小松でお仕事

 今日は2月14日、生授業をやっている塾や予備校なら、きっと今夜はたいへんだ。若くてカッコいいセンセの机の上には山のようにチョコレートが置かれ、「徹夜で作ったんですゥ」などという手作りチョコから、愛想も何もない明治の板チョコに、森永♡小枝や不二家♡メロディまで、段ボール箱で3つでも4つでも宅配便のお世話になることになる。
 ではそれが「若くてカッコいいセンセー」ばかりかというと、そうとは限らないのがこの世界の恐ろしさであって、「お腹のでた中年」などという言語道断なヒトでも、意外に「カワイイ♡」ということになってしまう。
 今井君なんかは、昔からオジーチャンの先生が一番カワイイと確信しているので、70歳を過ぎたオジーチャン先生に古文や漢文の授業をしてもらう生徒たちは、この世で一番幸せなんじゃないだろうか。
 さすがに今井君は生まれてこのかた延々と男子であるから、「チョコレートをあげよう」という思いは一切ないけれども、古文のジーチャン先生については常に、「おお、カワイイじゃないか」と感じ続けている。
小松1
(石川県小松でのお仕事)

 秋田高校に通っていた頃、若きサト助の古文担当は「高久先生」だった。サトちゃんが高2から高3になる春に定年で退職になってしまったが、彼が最終授業のラストに指名した生徒が、他ならぬサト助である。うにゃにゃ、マコトに光栄なことだった。
 高久先生は、地元では名の知れた歌人でもあった。いよいよ教壇を去る前に、「こんな短歌を作りました」と恥ずかしそうに微笑して、ちょっと躊躇ったあとに小さな声で訥々と披露されたのが
「今日かぎり立つこともなき教壇に 生徒の顔をしかと見つむる」
この短歌を記憶しているのは、おそらく先生ご自身と今井君だけであるが、もしまだご存命であれば、先生は90歳を超えるご高齢。ご存命かどうかさえ、今のサト助には知る由もない。
 その後のサト助は、東京大学現役合格がかなわなかったので、当然のように駿台高等予備校に通うことになった。昔は「予備学校」などという妙竹林な呼び方をせず、スッキリと「高等予備校」と言った。ここにも、素晴らしい古文のオジーチャン先生がたくさんいらっしゃった。
 小柴先生と久米先生もマコトにカワイイ先生がたであったが、何と言ってもボクらの世代の記憶に残っているのは桑原岩雄師である。半月ぐらい前、朝日新聞の「リレー・オピニオン」のコーナーに駿台の職員が登場し、「老舗の流儀」を語っていたが、その中にも桑原岩雄師の逸話が入っていた。
小松2
(小松でもクマは盛り上がる 1)

 東大の新入生に「尊敬するヒトは誰ですか?」というアンケートをとってみたら、シュバイツァーやキュリー夫人と肩を並べるように「桑原岩雄師」という文字が相次いだ。東大のヒトが調べてみたら、予備校の古文講師だったというので、今もその逸話は語り継がれている。
 かくいう今井君も、桑原先生のお話はたくさん心に残っている。先生が新任の講師の時、教材に「鶉衣」からの一節があった。どうしても詳しく下調べがしたいのだが、近くの図書館に「鶉衣」が見当たらない。
 若き先生は、夕暮れの神田神保町・古書店街をさまよい歩き、足が棒になったころ、ついに古書店街のハズレの古ぼけた店の本棚に、岩波文庫だったか角川文庫だったかの小さな小さな「鶉衣」を発見するのである。
 予備校講師の語るエピソードとして、これほど平凡な話があるだろうか。「ボクは天才だ」「私は英語の神なんです」「オレの授業を受ければ、目からウロコが落ちるぞ」みたいなド派手な作り話ばかりの中で、桑原先生の毎回のお話がどれほど渋くカワイイものだったか、諸君、想像してくれたまえ。
 21世紀の予備校には、こういうタイプのオジーチャン先生がほとんど見当たらない。みんな若くてカッコよくて、教材はサクサク滞りなく進んでしまうし、そもそも古本屋街をウロウロさまようこともない。きっとグーグル先生にサッサと相談して、それで下調べは済んでしまうのだ。
 でもサト助は、20世紀のアナログなジーチャン先生が大好きだった。明治の文豪を思わせる丸メガネ。時代遅れなポマードのカホリ。そのポマードだってほとんど必要ないほどキレイに禿げ上がった頭。古ぼけた「父の形見の」腕時計。戦争で失った友人たちへの哀惜。何で21世紀の学校には、あんな可愛らしい尊敬できるジーチャン先生が一人もいなくなっちゃったんだろう。
ケーキ
(小松でもケーキをいただいた)

 大雪の2月14日、今井君はそういうオジーチャン先生になるまで現役で頑張っていこうと決意してみた。ツラいこともたくさんあって、その決意はなかなか固まらないのだが、桑原先生や高久先生の高潔な人格には、今もどうしても憧れてしまう。
 昨日の「風邪をひいてしまいました」という告白にビックリしたヒトも多いだろうが、今朝になってみると風邪は格段に悪化。熱は出ていないからインフルエンザではないが、ノドが完全に嗄れて声が出ない。こんなんで授業なんかやったら、「どこの変人やねん?」と爆笑されるのがオチだ。
 お昼前、降り出した雪を眺めながら、吉祥寺の本部に電話して「ホントにスミマセン。今日の授業収録は中止にしてください」とお願いした。今日は「センター90%」の90分授業を3本収録予定だったが、明後日以降に延期してもらうことにした。
 そういう事情だから、あんまり長くブログを書くのも遠慮しなきゃいけない。風邪をひいたといって授業収録の現場にいかず、雪を眺めてヌクヌクしていた割に、誰も読めないほど長いブログなんか書いていたんじゃ、ズル休みと思われかねない。
 ただし午後9時をすぎて、クマどんはマコトに物凄い声になってきた。今かかってきた電話に出てみたら、電話の向こうの人物は思わず噴き出すように苦笑して「そりゃダメだ」と呟いた。「酒でも飲まんか?」という誘いだったのである。
小松3
(小松でもクマは盛り上がる 2)

 さて、今日も写真の説明をして終わることにしよう。2月10日、サト助は石川県小松でお仕事。先週末の大雪の中、東京→福岡→浦和と大移動を敢行し、前夜22時過ぎにオウチに帰ったばかりだが、マコトにご苦労なことである。
 思い出したが、今のクマ蔵を悩ませているこの風邪は、福岡空港のラウンジで隣に座ったオジサマからのウィルスに違いない。オジサマも同じような咳をして、同じように声を嗄らしていた。森進一をフライパンで3時間も煎り上げたような、激しいガラガラぶりである。
 ヒコーキは予定通りに飛んで、小松には15時着。小松からは空港バスで金沢に向かい、まずANAクラウンプラザホテルにチェックイン。ホテルでいろいろ雑用をこなしてから、特急サンダーバードで小松まで20分ほど。会場「うらら」で一時間、打ち合わせにサインに雑談に、こういう時間はあっという間に過ぎる。
小松4
(小松にて。ラストに花束をもらう)

 出席者は約125名。これほどの大盛況なら、盛り上がりももちろん平均を大きく上回る。それも「ただの平均」ではなく、「今井平均」である。「ただの平均」が例えばセンター英語120点とすれば、「今井平均」は、平均のクセにすでに180点ぐらい。「今井平均を超える」とは、イコール「90%突破」のレベルなのだ。
 もう6~7年、毎年この時期に小松を訪問することになっている。今年の石川県は例年になく積雪が少ないようで、確かにまだ裏道に大きな雪の山が残っている東京と比べると「どっちがどっち?」の感がある。
 この夜の祝勝会は、小松から金沢に戻って、金沢片町の焼肉店。「元マラソン選手」という若手のスタッフと楽しくお話ししながら、分厚いお肉や大きな魚介をタップリ焼いて、日付が変わる頃まで祝勝会が続いた。
 昨日書いた「左耳の違和感」が表面化したのは、この翌朝のことになるが、ま、今夜も長く書きすぎた。「続きは明日」ということにしないと、誰もサト助のノドの今の惨状を信じてくれなくなりそうだ。

1E(Cd) Barbirolli & Berliner:MAHLER/SYMPHONY No.9
2E(Cd) Rattle & Bournmouth:MAHLER/SYMPHONY No.10
3E(Cd) Goldberg & Lupu:SCHUBERT/MUSIC FOR VIOLIN & PIANO 1/2
4E(Cd) Goldberg & Lupu:SCHUBERT/MUSIC FOR VIOLIN & PIANO 2/2
5E(Cd) Wand & Berliner:SCHUBERT/SYMPHONY No.8 & No.9 1/2
total m105 y105 d13025