Fri 120814 神々の領域だんべ アイブゼー 「水晶」を読みたまえ(ミュンヘン滞在記6) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 120814 神々の領域だんべ アイブゼー 「水晶」を読みたまえ(ミュンヘン滞在記6)

 こんなにカンタンに(スミマセン、昨日の続きです)ニュルッとチューブの外に押し出されてみると、今井君は返って何だか釈然としない。ドイツ最高峰に難なくたどり着き、美しいアイブゼーを眼下にしながら、「何の苦労もなく東大理Ⅲに合格しちゃった」みたいな、むしろ物悲しい気持ちである。
湖1
(アイブゼー)

 例えば、朝9時ごろボンヤリ起床して「東大にでも行ってみるかな?」と呟いてみる。それを聞いたパパも冷静そのもの。「おや、理Ⅲ志望か?」と溜め息をついて、すぐにまた新聞に目を落とす。コーヒーを一口すすって、苦そうに頬を歪めてみせる。
 ママだってちっとも盛り上がっていない。「あら、あなた、東大に行くの?」と反応はするけれども、「理Ⅲって、ちょっとたいへんかもね」と首を傾げる程度。お弁当にカツを入れてくれるとか、キットカツとかゥカールとか、そういうバカなお菓子も用意してくれない。「気をつけてね」の一言もない。
湖2
(アイブゼー拡大図)

 そこでまあ日本最高峰・東京大学の入試に行ってみることにして、代々木上原から千代田線に乗り、新御茶ノ水で丸ノ内線に乗り換える。南北線の東大前で降りてもいいが、ま、ここは正統派にしたがって丸ノ内線・本郷3丁目の駅から歩くことにする。
 服装も散歩に出かける程度、履き慣れた靴に、セーター1枚、断捨離寸前のズンボ。緊張感、緊迫感、切迫感、そういう華々しい気分は一切ナシ。この日のために特別に用意したものもないし、「特別な1日だ」「人生を決める日だ」「この日のために励んできた」、その類いの高揚感からも遠い。
 本郷3丁目で地下鉄を降りて、オジサマ&オバサマに後ろから押され、ハミガキみたいにチューブからニュルッと押し出されると、改札を出たところに人がいて、何だか書類を配っている。
 「はい、どうぞ。あなたは日本の最高峰を征服しました」と軽く会釈しながら、茶封筒を手渡してくれる。封筒には「東大理科Ⅲ類 入学手続書類在中」と、素っ気ない文字で印刷されている。はじける笑顔、バンザイ、胴上げ、そんな興奮は一切なくて、最高峰征服はベルトコンベヤーの回転寿司式に着々と進んでいく。
登頂1
(間違いなく、最高峰征服 1)

 ま、そんなドイツ最高峰征服であった。ラクチンすぎて、達成感はほとんどなし。もちろん今井君はラクチン大好きの怠け者だから、「達成感がないから、どんな成功も不満」みたいなワガママは言わない。最高峰征服には間違いないのだから、ミュンヘン滞在たった3日目で達成したこの快挙に、天にコブシを突き上げて快哉を叫びたい。
鳥
(鳥たちも歓迎してくれた)

 しかし世の中には、こんな感覚で東大理Ⅲに合格していく人も、きっと大勢いるはずなのだ。
「なぜ世間が『東大!!』『理Ⅲ!!』と大騒ぎしているのか、サッパリわからない。そもそも理Ⅲなんかに合格するのに、何で懸命に受験勉強なんかしてるんだ? 普通に生活していれば、東大なんかに不合格になるなんてあり得ないじゃないか」
おお、クマ蔵から見れば神のような人たちである。
 そういう人たちのことを考えると、今井君なんかはヨダレを垂らすほど羨ましく感じると同時に、「果たして、そんなに優秀で、ホントに幸せなのかな?」とムラムラ疑問が湧き上がる「ママ、東大に合格したよ」→「あら、そう」とか、「お父さん、ボク理Ⅲ合格だって」→「ほぉそうか。パパいま忙しいから、話はあとで聞こう」とか。うにゃにゃ、何だか可哀想である。
登頂2
(間違いなく、最高峰征服 2)

 大量の汗水を垂らし、艱難辛苦を克服し、七転八倒の苦しみを乗り越えてでなければ、人間にとって最高峰征服は不可能である、その程度のonly humanな愚かさがあるからこそ、人生はこんなに楽しいんじゃないか。
 こうして、神々に憧れる以上に、汗臭く泥臭い人間であることの幸福に思い至る。人間は愚かだからこそ幸福になれるのである。幸福とは愚かな人間たちのオモチャであって、神に幸福は存在しない。神々は、自ら達成した事柄の大きさに狂喜乱舞なんか絶対にしないのである。
 ま、古代ギリシャや古代ローマでよく言った「神々は人間に嫉妬する」というヤツであるね。
「いいないいな。ドイツ最高峰程度のことで汗水垂らし、その程度のことで悪戦苦闘&艱難辛苦し、そんなことで励ましあい、讃えあい、協力しあって、大きな達成感を共有できるなんて」。
どんなことでも小指の先でチョイチョイっとやってのけちゃう古代の神々は、そう呻くに違いないのである。
山頂ビアガーデン
(ドイツで一番高いビアガーデン)

 5月20日、小指の先チョイチョイであっという間にドイツ最高峰にたったクマ蔵は、まさに神々の気分で標高3000mからの眺望を味わった。中でもアイブゼーの美しさは、クマ蔵数百年の人生でも群を抜く。
 空の青と雪の白と岩の黒だけの風景の中で、湖の深い緑がどれほど奇跡的に美しいか。諸君もぜひツークスピッシェを征服して、この湖を1000m眼下に見おろしてみるしかない。しかも諸君、たとえアナタが神奈川・千葉・埼玉に住んでいるとしても、最寄りの駅から飛行機と電車7~8回の乗り換えで、この高みに到達することが出来るのだ。
ビア&プレッツェル
(ビア&プレッツェル)

 「ドイツで一番高いビアガーデン」というのにも入ってみた。風は冷たいが、ドイツビアは相変わらず旨い。これほどの眺望の中でならば、ビアの相棒はプレッツェル1つあれば足りる。表面に四角い白い塩粒がたくさんくっついたプレッツェルをパリパリ噛みしめれば、これ以上に求めるものは何もない。
 1時間ほど山頂をウロウロして、再びハミガキをチューブから押し出すようにニュルッと下山した。ホントは下山だって登山と同じぐらい汗水垂らし、同じぐらい悪戦苦闘しなきゃいけないはずなのだが、ロープウェイと登山電車を乗り継げば、30分もしないうちにもう麓である。
湖3
(麓で眺める穏やかなアイブゼー)

 つい先ほどまで1000mの谷底でエメラルド色に輝いていた神秘のアイブゼーも、すぐ目の前の木立に見え隠れする穏やかな湖に姿を変えた。そこから先は一気呵成である。ガルミッシュパルテンキルヒェンの駅からDBの各駅停車に乗り込めば、90分でミュンヘン中央駅。標高3000mの神々の領域から、大都会の駅前の雑踏まで、たった3時間で戻ってきてしまう。これが現代人の悲劇である。
帰宅
(午後7時、ミュンヘン「ケーニヒスホーフ」に帰る)

 諸君、アイブゼーの写真を眺めて少し心を動かされたなら、いますぐ書店に走ってシュティフターの小説「水晶」を読んでみたまえ。シュティフターは、19世紀スイスの作家。彼自身理科系だから、理系の人にも読みやすいはずだ。絶版になっていなければ、岩波文庫のコーナーに並んでいる。一番薄くて、一番安い一冊だ。
 夜11時に読みはじめたら、読書の遅い人でも朝4時には読み終わる。9月の夜が青く明けて、コオロギの声が収まり始めるころ、諸君はおそらく目を輝かせ、「自分もツークスピッシェに登って、エメラルド色のアイブゼーを眺めてみたい」と溜め息をつきながら呟いているに違いない。

1E(Cd) John Dankworth:MOVIES ’N’ ME
2E(Cd) Duke Ellington: THE ELLINGTON SUITES
3E(Cd) Stan Getz & Joao Gilberto:GETZ/GILBERTO
4E(Cd) Keith Jarrett & Charlie Haden:JASMINE
5E(Cd) Ann Burton:BLUE BURTON
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