Sat 120714 ぼったくりタクシー 目覚めたクマのトウモロコシ(イスタンブール紀行11) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 120714 ぼったくりタクシー 目覚めたクマのトウモロコシ(イスタンブール紀行11)

 5月21日、たっぷりワインとたっぷり蒸留酒のおかげで、帰り道はすっかり上機嫌。イスティクラール通りの坂道をブラブラ登って、タクシム広場の近くでタクシーをつかまえた。スイスホテルまで、歩いても15分か20分の道のりであるが、さすがにもう疲れきっていた。
 「つかまえた」というより、正確には「つかまった」のである。タクシーをさがしてキョロキョロしていたら、道の向こう側にいたタクシーのドライバーが声をかけてきた。「おーい、タクシー探してるのか?」である。疲れきっていたクマ蔵はフラフラとそのタクシーに乗り込んでしまった。
再度掲載
(再度掲載、絶妙の自分撮り。今日はこの表情に至る顛末を書く)

 諸君、こういうのは要注意なのだ。マトモなタクシーは、向こうから声をかけてきたりしない。「日本人はおとなしいから、料金をふっかけても文句も言わずに支払う」とタカをくくっている。ま、いわゆる「ボッタクリ」目当てのタクシーである可能性が高い。
 あとから考えてみると、クルマの塗装の色も違っていたように思う。イスタンブールのタクシーはみんなおそろいの暑苦しい山吹色。しかしこのタクシーは爽やかなレモン色だった。走り出してすぐ、タムロしていた仲間たちに道を尋ねたりした。スイスホテルがよく分からない様子で、2度も道を間違えた。
ガラタ猫
(ガラタの塔の下のカフェで。暑さでネコも茹であがる)

 ホテルのエントランスまで行かないで、中途半端なところで「ここでいいか?」で尋ねる。まあ、確かにホテルは目の前だから、もうこのあたりで構わない。ところが、料金を尋ねると、38リラだという。
 は? そりゃ高すぎる。5日前、空港からホテルまで45分も乗って、大っきなスーツケースも出し入れしてもらっても60リラだったのを覚えている。38リラ、そりゃ変だろう。タクシム広場からホテルまで、5分しかかからないのだ。近距離で申し訳ないからチップを余計に出しても、せいぜい5リラがいいところ。38リラは、絶対にありえない。
 メーターも動いていて、「3.8リラ」と出ている。彼によれば、メーターの見方が違うので、3.8は38リラを意味するのだという。おやま、奇妙な理屈を捏ねだしたもんですな。5分なら、やっぱりメーター通り3.8リラ。理屈が奇妙すぎて腰を抜かすほどだ。
食堂
(イスティクラール通りのトルコ式ファストフード。旨そうだ)

 クマ蔵は、いきなりクマの本性を発揮。「No!!」「Five!!!」を連発する。ドライバーはもう夢中であって、せいぜいおっかない顔を作り、怒りに震える表情を見せて、「何を言ってるんだ。こんな長距離を走ったんだ。38リラだ」と主張する。
 しかし諸君、今井君はタクシーの超ベテラン。この20年、いったい合計いくらのタクシー代を使ったか、自分でも見当がつかないほどだ。まさに「タクシー王」であり「タクシー王伝説」である。ここは、絶対に譲れない。距離から考えても、時間から考えても、5リラ以外ありえない。
 クマ蔵が5リラと言ったら、意地でも5リラ。許せないのは、「日本人だから言いなりになるだろう」という日本人狙いのボッタクリ常習犯らしいということである。「No!!」「Five!!!」「No!!」「Five!!!」の連発で、もう止まらない。連発するたびにボリュームがあがっていく。
スイカ屋台
(スルタンアフメットのスイカ屋台)

 するとドライバーは、どんどん譲歩しはじめる。38リラは、あっというまに「15リラでどうだ?」に変わり、まもなく「10リラぐらい払えよ!!」にまで減額。10リラねえ。そのぐらい払ってあげてもいいが、日本人を侮ったドライバーに、クマ蔵の怒りは収まらない。
 ここは意地でも「No!!」「Five!!!」の連発をつづける。こういう時、勢いのついたクマ蔵の声量と迫力は凄まじい。「そんなことを言い続けるなら、ホテルのコンシェルジュのところに行こう。タクシム広場からスイスホテルまでで38リラ要求したのが正しいかどうか、聞いてみよう」。ここまで来ると、スネに傷をもつドライバーとしては、もう諦めざるを得ない。
 ヨレヨレの5リラ札1枚もらって、彼はスゴスゴ退散。ワザと道を間違えてみせたり、持てる技をさまざまに駆使して、クマ蔵から38リラふんだくろうとした彼の努力は水泡に帰した。何だか可哀想だが、メーター表示にチップまでつけたのだから、本来なら何の文句もないはずだ。
トウモロコシ&栗
(焼きグリとトウモロコシの屋台)

 さて、このあたりから今井君のイスタンブール滞在は、絶好調に動き始めた。本来なら、靴磨きオジサンがブラシを落としてみせる滑稽なコントに3日連続で遭遇したところで、絶好調にならなければならないところだったのだ。
 しかし、イスタンブールの街のあまりの混雑とあまりの迫力に、クマ蔵の心の中で「何か違う」「いつものヨーロッパと全く違う」という違和感から抜けきれなかった。マドリードでもリシュボアでも、ダブリンでもブダペストでも、最初にヒトを包み込むのは一種の哀愁であって、混沌ではない。
揚げ物屋
(ネヴィザーデ通りの揚げ物屋)

 いきなり果てしのない混沌の中に放り込まれるのが、イスタンブール。哀愁なんか、感じているヒマはないし、それでも何とか哀愁にしがみつこうとすれば、なかなか街に溶け込んでいけない。5月21日までの何とない違和感は、どうやら今井君のほうに原因があったのである。
 この日のタクシーでの悶着のせいで、今井君はすっかりふっきれた。要するにこの街では、混沌の中に大胆にドップリ浸かりにいけばいいのである。では、そろそろアジア側に足を向けよう。エミノミュの港から船に乗れば、たった30分でアジア側に行けるのに、何でここまでオッカナビックリをやっていたのか、サッパリわからない。
トウモロコシ屋台
(トウモロコシの屋台)

 翌22日、朝食も初めて本館のほうに行ってみた。昨日まではVIP専用の別館の朝食にしていたのだが、本館の朝食だって悪くない。別館より数倍広いスペースに、十数倍の宿泊客が押し寄せて、「朝食なのに超満員」の状況である。
 テラスのテーブルが1つだけ空いていて、トルコ的混沌の中でボスフォラス海峡を眺めながら、目一杯の朝食をむさぼった。和食だってある。ただし「ナンチャッテ和食」。ゴハンはインディカ米。味噌汁もゴハンも、どっちも同じお椀で食べなければならない。ま、あんまり期待しないことですな。
 おお、シャンペンが出ている。「朝食のシャンペンは、一種の飾りにすぎない。ガブガブ飲むのは非常識」というのがマトモなヒトの意見。しかしボクチンは「マトモじゃないクマ」であって、「マトモなヒト」とは対極的な存在である。4杯、5杯、ウェイトレスに睨まれるまで飲んで、トルコの朝を満喫した。
朝食
(朝食の情景)

 絶好調になれば、「買い食い」も加速する。諸君、昔の日本には「買い食い」というコトバがあった。夏休みの前に「夏休み中の生活の諸注意」というプリントが配られ、クラスか町内子供会で読み合わせをした。「朝の涼しいうちに勉強しましょう」という土台ムリな項目とともに、「盛り場には行かないようにしましょう」「買い食いはやめましょう」と記されていた。
 「盛り場って、何?」「買わないで、どうやって食べるの?」が、昭和の小学生の疑問の代表格。確かに、小学生に「盛り場」が通じるはずはないし、コロッケとか、焼き鳥とか、駄菓子とか、そういうものを買って食べるなと小学生に言うのは理不尽である。
 クマどんはオトナになっても精神年齢は小学5年生程度のままであるから、買い食いほど好きなものはない。イスタンブールは買い食い天国であって、「焼きグリ、買ってクリ」みたいな屋台がそこら中に出ている。
メトメトケーキ
(メトメトなケーキ。いつまでもいつまでも蜜が滴り落ちる)

 オレンジの生ジュース。胡麻パン。よく分からないメトメトなケーキ。昨日まで3日連続して通ったネヴィザーデ通りでは、おっきな油鍋で1日中おサカナを揚げて売っている。こんなのでビアをグビグビやったら、永遠にビアを飲み続けるであろうスンバラスイ香りがあたりを支配する。
 焼きグリは、カスタネと呼び、おそらくカスタネットの語源である。いや、どっちがどっちの語源なのか分からないが、パックリ口を開けた焼きグリの様子は、誰が見てもカスタネットそっくりである。
 ただし、今はもう夏であって、夏のトルコに焼きグリは似合わない。2005年2月、凍えるローマのナボナ広場で食べた焼きグリの温かさは忘れがたいものがあるが、気温30℃に迫る混沌のトルコで「ホクホクした焼きグリで暖まろう」という気にはなかなかなれない。
ビフォー
(BEFORE)

 クマ蔵が気に入ったのは、何と言ってもトウモロコシである。これぞ、夏の食べ物であって、お盆にオバーチャンの田舎に遊びにいけば、スイカ、かき氷、トウモロコシ。几帳面な性格の♡クマ蔵は♡、コドモの頃からおサカナとトウモロコシの食べ方が模範的。サンマもカレイもトウモロコシも、「ネコが食べたか?」とオトナたちが呻くほど上手である。
 エミノミュの港でクマ蔵は、「おそらくトルコ人がむさぼったんだな」とハッキリ分かる、混沌としたトウモロコシの残骸を発見。「コイツと並べて、クマ蔵の食べたトウモロコシの模範を写真に収めよう」と決意した。「どうだ、参ったか」である。
アフター
(AFTER)

 こういう几帳面さこそが、成績向上のカギである。今井君は、まず食べやすそうな1列を選択して、縦に1列、下の前歯でキレイに食べていく。1列の深い溝を作るのである。次にその溝の手前の1列を、下の前歯で前に押し倒すように退治する。次々に1列ずつ押し倒して、見よ、神の御ワザのごとき見事な出来映えではないか。
2本並べる
(トルコ人の残した残骸とクマ蔵の几帳面を比較し、日本とトルコの文化の相違を論じなさい)

 日々の学習にも、以上のような几帳面さが重要なのだ。汚く食べれば、結果も汚い。結果が汚ければ、やる気は継続しない。キレイに食べ、キレイな結果を出し続け、そのことによってモチベーションをたやさない。トルコの大地に立ってさえ、こまめに学習アドバイスを送り続ける今井君のこの誠実さを、諸君、スタンディングオベーションで讃えたまえ。

1E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES②
2E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES③
3E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES④
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES①
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑤
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