Sun 120513 リバプールとビートルズと中3の記憶(スコットランド周遊記9) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 120513 リバプールとビートルズと中3の記憶(スコットランド周遊記9)

 6月6日の東京は、南海上を台風3号が北東に向かって進んでおり、朝からどんより曇って気温が上がらない。昼を過ぎても時折ザアッと驟雨が走り、外出にはどんなに傘のキライな今井君でも傘が必要。「ならば外出はしない」と決め、書斎でムクれながら旅行記でも書くしかない。
 たかがブログに「驟雨」などという難しい言葉をつかってヒトビトをケムに巻くのもイヤらしい話だが、驟雨ということになれば、まず吉行淳之介の小説があり、井上陽水も原節子も森田童子も岸田国士も出てくる。ケッコ頻繁に表舞台に立つ名詞なのである。
朝のリバプール1
(朝のリバプール 1)

 ブログ4周年を迎えて、昔のブログをクリックしてカチカチめくってみると、毎年6月のクマ蔵は決まって鎌倉か三浦半島に出かけている。平日の真っ昼間、暇に任せて横須賀線や小田急線に乗り、江ノ島や城ヶ崎の海岸の店に入って、サザエのつぼ焼きだの、三浦半島名物「しったか」だの、そういう磯臭い磯料理をサカナに丸1日酔っぱらって過ごす。
 今年はなにしろイスタンブールから帰ったばかりだから、いまのところそういうムダな1日を過ごす計画はない。まして台風接近中で驟雨がひっきりなしに通り過ぎるようでは、鎌倉も三浦もクマ蔵を誘惑する魅力に欠ける。来週か、遅ければ再来週まで、磯臭い磯料理はお預けになりそうである。
朝のリバプール2
(朝のリバプール 2)

 ひっきりなしの驟雨にジャマされたのは、ダブリン→ウィンダミア→エジンバラ周遊の最中も全く同様であった。すでに書き始めて8回が経過しているのに、周遊記には一向にパッとしたところがない。
 こんなことは初めてなので、ブダペストの時もリシュボアの時も、どんなに出だしがパッとしなくても2~3日も経過するうちに今井君は何とか調子に乗り、しっちゃかめっちゃかやりながらも口が曲がるほど笑いこけて、旅の気分は否応無しに盛り上がっていくのである。
朝のリバプール3
(朝のリバプール 3)

 ところが、パッとしなかったダブリンから海をわたってイングランドに入り、ビートルズの故郷リバプールの街に上陸しても、一向に状況は改善しようとしない。海は茶色く濁って泡立ち、港は赤黒く錆びて侘しく、街は夏の冷たい驟雨にさらされて濡れそぼっている。
 街中「TO LET」の貼り紙ばかり目立って、イングランドも不景気の真っただ中である。TO LETとはもちろん「貸室」であり空き家であって、賃料の払えなくなった会社の撤退した夢の跡が、目抜き通りの右にも左にもどこまでも連なっている光景を目の当たりにすれば、気分がパッとしないのも当たり前である。
To Let
(街中、TO LETの貼り紙が目立った)

 冷たい雨の降り続く中、まず「HOPE STREET HOTEL」にチェックインする。中高級ホテルだが、新しく清潔で明るいホテルである。本来リバプールに宿泊する計画はなかったし、通過点の1泊だけだから、まあこのぐらいのホテルで十分である。
 もし今井君がビートルズファンだったら、リバプールにたった1泊ということは考えられない。実際リバプールにはビートルズゆかりの場所を訪ね歩く3~4日のツアーコースさえあって、お隣のマンチェスターの街と合わせて歩き回れば、10日でも2週間でも飽きることはなさそうだ。
ホープストリート
(HOPE STREET)

 残念ながら、どうも今井君はビートルズがダメなのである。諸君、「食わず嫌い」などということではない。代々木上原イマイパシャ第3図書館にはビートルズ全曲が収められたデカイCD集だってある。
 けれども今井君にとってビートルズは、中3のころの清野君の思い出なのである。清野君は、たいへんなビートルズファン。高校受験が迫って、しっかり受験勉強をしなければならないのに、勉強の前にまずビートルズのLPレコードを2枚聞かなければ、勉強する気になれない。
 LP2枚聞けば2時間が過ぎ去るから、清野君の受験勉強はちっとも進まない。そこで担任の加藤圭子先生(仮名)が、「今井、清野にビートルズをヤメさせるにはどうしたらいいと思う?」と聞いてきた。
メトロポリタン大聖堂
(1967年完成のメトロポリタン大聖堂。ビートルズ活躍の時代、リバプールにはこの斬新な教会が建設中だったのだ)

 「今井はクラスのリーダーなんだから、そういうことをチャンと考える責任がある。それとも今井は、自分さえよければそれでいいのか?」というのである。うにゃにゃ、何とも理不尽な話だが、昔の中学校の先生にはそういう考え方をする人が少なくなかった。
 で、今井君は「ビートルズを聞くより受験勉強のほうがどんなに大切か」を清野君に説得しなければならなくなった。15歳の少年が、あまり仲のいいわけでもない級友に、来る日も来る日も「ビートルズより受験勉強が大切だ」と説得するわけである。
リバプール大聖堂
(リバプール大聖堂)

 その結果、どこか今井君のお腹の奥深いところで「受験勉強もビートルズもどっちもキライだ」という嫌悪感が生まれることになった。オトナの人なら誰でも分かると思うが、中2とか中3のころの思い出は、「ぎゃっ」と叫んで逃げ出したくなるほど恥ずかしいものである。
 マコトに不幸なことに、今井君の場合はその「ぎゃっ」の中にビートルズの記憶が含まれてしまった。イマイパシャ第3図書館でビートルズのCD集を見るたびに、オトナになったクマ蔵は、清野君と加藤先生と中3の今井君のマボロシを発見して「ぎゃっ」をやるわけだ。
ホテルからメトロポリタン大聖堂
(ホープストリートホテルからメトロポリタン大聖堂を望む)

 むかしむかし予備校のテキストで扱った読解問題に「ヨーロッパの活力は、パリやロンドンのような巨大都市よりも、地方の中堅都市から生まれるのだ」という主旨の英文があった。フランスならリヨン。イタリアならジェノヴァやボローニャ。そしてキメのセリフが「ビートルズを生み出したのは、リバプールではなかっただろうか?」というのである。
 諸君、クマの傷は深い。予備校の教壇でその一節を講義するたびに、クマ蔵の脳裏を清野君と加藤先生と中3の今井君が駆け抜ける。もちろん「ぎゃっ」も一緒に駆け抜ける。
 中学校の下駄箱周辺のニオイを、鼻先に突きつけられたような恥ずかしさ。当時夢中になっていたこと全てについての羞恥心。一瞬メマイがして、「ぎゃっ」と叫んで教壇から逃げ出したくなるのを、ぐっと抑えて踏みこたえる。教師というものは、生徒が誰一人気づかないそういう努力を日々続けているのである。
生バンド
(リバプール、おとなしい店のおとなしい生バンド演奏)

 冷たい雨の降る静かなリバプールを歩いて、何の取り柄も特徴もない店で夕食をとった。さすがリバプールだけあって、ごく普通の外観のレストランでも生バンドの生演奏が入る。生バンドにも気合いが入っていて、マバラな客のマバラな拍手にも一向に凹むことがない。5曲ほど最後まで立派に歌いきって、無言で舞台を去っていった。
 今井君の近くの長テーブルでは、男ばかり12人だか13人だかの食事会が進行中。ドアを閉めれば個室になるだろう部屋の、ドアをあえて開けたまま、しっとり穏やかな笑顔で会話が進み、個々の咀嚼の音が聞こえるほどにしめやかな雰囲気だ。
しっとり
(しめやかなオトナのお食事会)

 誰もが「最後の晩餐」をイメージするしめやかさである。しかしこういう時、クマ蔵はむしろ内田百閒「冥途」の1シーンを思い浮かべるのである。
 長い暗い土手の道をどこまでも歩いていって、薄暗い提灯をともした一膳めし屋に入る。向こうの席で3~4人連れが穏やかな声で話し合うのを聞くうちに、ふと手許が曖昧になって、向こうの人々が自分に非常に親しい人たちだと気づく。連れのうちの一人が何だか非常に長い旅に出るのを、皆で送っていく途中のようである。
 そこから先は、諸君自身で図書館で読んでくれたまえ。「最後の晩餐にも、いろいろな描き方があるものだ」と気づくかもしれないし、何も感じないかもしれないし、単に深い睡魔に襲われるだけかもしれない。そのどれでも、実は全く同じことである。

1E(Cd) Solti & Chicago:MAHLER/SYMPHONY No.8 1/2
2E(Cd) Solti & Chicago:MAHLER/SYMPHONY No.8 2/2
3E(Cd) Barbirolli & Berliner:MAHLER/SYMPHONY No.9
4E(Cd) Rattle & Bournmouth:MAHLER/SYMPHONY No.10
5E(Cd) Goldberg & Lupu:SCHUBERT/MUSIC FOR VIOLIN & PIANO 1/2
total m60 y707 d8602