Mon 120423 渋谷に芝居を観に出かける バブル期の予備校講師室を思い起こす | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 120423 渋谷に芝居を観に出かける バブル期の予備校講師室を思い起こす

 5月15日の東京は、昼前から梅雨のようなベシャベシャ濃密な雨が降り始めた。天気予報によれば「夕方からは本降りになって、傘があっても役に立たないぐらいの激しい雨になるかもしれない」とのことである。
 そういう天候にも関わらず、どうしても渋谷に出かけなければならない。滅多なことでは傘を持たない今井君であるが、こういう雨では仕方ない。ビニール傘を1本もって12時半に代々木上原を出発した。
 渋谷までは、徒歩でも30分程度しかからない。気持ちよく晴れた日ならノンビリ散歩気分でいくのもいいが、雨ではどうしようもない。もっとも、20歳代までは「むしろ雨の中を傘さして歩くのが爽快なのだ」とか変な強がりを言っていた。マコトに面倒な生物だったのである。
山猫とクマ
(白い山猫と44番グマ)

 代々木上原からは、千代田線と銀座線を乗り継いでいく。表参道で乗り換えである。「え、原宿から山手線が便利なんじゃないの?」と思うヒトは、この辺の事情を知らないのだ。原宿経由だとメトロとJRを乗り継ぐことになるから280円。表参道から銀座線だとメトロだけだから、渋谷まで160円で済む。
 「たった120円の違いでウルサイことを言わなくてもいいじゃないか」などと贅沢言うのは、年をとった証拠。学部時代、高田馬場から新宿に出るのに、西武線なら60円、山手線なら80円。西武新宿駅は新宿で遊ぶには不便な場所にあるけれども、たった20円のためにボクらはテクテク歩くことを選んだものだ。
 「自動販売機のコーヒー」という切実な問題もあった。コインを入れると紙コップにジョーッとマズいコーヒーが出てくるのが、昔の自動販売機スタイル。早稲田生協前だと80円。法学部ラウンジだと70円。商学部ラウンジだと60円。10円や20円の得を求めて、わざわざ他学部のラウンジまで足を運んだ時代があった。
 だから今井君は今や数百歳のヨワイを重ねても、あの気持ちを忘れない。120円お得なら、表参道経由を選ぶ。銀座線はリニューアルした「開業当時のレトロ車両」が走っているし、渋谷直前の銀座線は高架だから、オープンしたてのヒカリエも窓から眺められる。同じ窓から、勤務する予備校の大きな緑色の看板が見えるのも悪くない。
山猫拡大図
(山猫拡大図)

 渋谷に出かけなければならなかったのは、今日の芝居のチケットを1ヶ月前に買っていたからである。パルコ劇場「ハンドダウンキッチン」。作・演出:蓬莱竜太。出演:仲村トオル、江守徹、柄本明の息子、YOUほか。14時開演、16時終演。
 渋谷の駅から公園通りの坂を上ってパルコまでの道は、考えてみればもう10数年ぶりである。小劇場JeanJeanに通っていたころは、ほぼ1週間に1回の割でこの坂を登り降りしたが、JeanJean閉館以降、すっかり足が遠のいた。
 だいたい、この道は男子一人や男子同士で歩くには、女子率が高すぎる。大昔、このあたりは「ナンパ」のメッカ。JeanJean開場を待って長い列に並んでいた若き日の今井君の目の前で、いかにも渋谷系な女の子に「ねえ~、1人? 1人なのぉ~」と声をかける男子がウジャウジャいたものだ。「お茶でも、どぉ~?」というヤツである。
 こういうふうで、今井君の頭の中の渋谷は今もバブル期前のままである。「おや? ナンパの元気な男子はどこへ消えたの?」と驚くぐらいだが、パルコ劇場に入るのだっておそらく20年ぶり。記憶に残っているのが安部公房スタジオ「仔像は死んだ」だから、そりゃもうホントに太古の昔だ。
渋谷チケット
(パルコ劇場チケット)

 劇場に入ると、観客のほとんどが中高年女子である。まあ当たり前だ。平日14時、8000円。平日14時に渋谷の劇場で芝居が観られるという男子は滅多にいるものではないし、2時間の芝居に8000円では、大学生にはいくら何でも高すぎる。時給1000円のバイト代を丸1日分はたくのは、さすがにつらすぎる。
 考えれみれば、いまクマ蔵の周囲にズラリと並んだ中高年女子たちこそ、あの頃の公園通りで「お茶、しなぃ~」「一人でしょぉ~」と誘われてケタケタ笑っていた女子の皆さんなのである。じゃ、ナンパ男子は? もちろん、部長クラスに出世して、今頃はマジメに会社で仕事をこなしている。
山猫接近図
(山猫接近図)

 芝居の舞台は、山の中の不便な場所にある高級レストラン「山猫」の調理場。「東京からクルマで3時間かかる」「インターからでも30分」というセリフから、軽井沢か伊豆のリゾート地のイメージダが、意表をつく新作料理がメディアで話題になり、訪れる客は急増している。
 ある日この店に、新人の料理人がやってくる。有名店で修業中だったが、「あまりにもオーソドックスな考え方に飽き足らず、今までになかった新鮮な料理づくりに憧れた」と、彼は熱く語る。
 ところがその憧れはたった1日で脆くも崩れ去る。「意表をつく新作料理」とは、実は料理とは呼べないシロモノ。メディアで人気のイケメンシェフは、実は交通事故の後遺症で包丁を握れない。残りの従業員は、ギャンブルに夢中の中年、元ネット世界の仕事人、画家志望をあきらめた男。ホンモノの料理人は一人もいなかったのだ。
 そこから先を書くと、演劇の営業妨害になるかもしれないから、ここでは書かない。若きシェフ役・仲村トオルの熱演は迫力満点。その父、かつての名人シェフ役の江守徹の怪演ぶりもまた大いに結構である。
贅沢なタオルと山猫
(山猫と贅沢なタオル)

 レストランの実態が明らかになるにつれ、今井君はどうも落ち着かなくなった。こりゃどうも、バブル期の予備校講師室と状況が余りにソックリである。オーソドックスを捨て、はるばる訪ねてくる客に驚きとインパクトを与えることばかりを狙い、メディアを巧みに動員して集客増加を謀る。
 「オーソドックスなんかツマランのだよ」と言い放ち、オーソドックスに回帰することを決意した若手を罵倒し、「そんなこと言ってたら、客は誰も来なくなるんだ」「でも、人気店でなくても、分かるヒトに分かる料理を作ればいいじゃないですか」「分かるヒトなんか、どこにいるんだよ?」という怒鳴りあいになる。おや、バブル期の予備校講師室と、一言一言が符合するじゃないか。
 2012年現在、予備校の世界はすっかりオーソドックス天国。若手でも「奇を衒う」とか「インパクト系」というヒトはほとんど見かけない。そんなことをすると瞬時に「怪しい」「いい加減」「フマジメ」と判定され、土俵の外にポイと捨てられてしまう。
 超ベテラン今井としては、それが寂しくないこともない。ポイされることを覚悟の上で、今まで誰もやったことのない新鮮で強烈な授業にチャレンジしてみる若手が、どこかに生まれてこないものか。たいへん無責任なそういう夢をみることもある。

1E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 8/10
2E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 9/10
3E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 10/10
4E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER②
5E(Cd) Richter:BACH/WELL-TEMPERED CLAVIER③
total m122 y620 d8515