Mon 120326 アランブラ3回目 ライオンの噴水 2姉妹の間(サンティアゴ巡礼予行記21) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 120326 アランブラ3回目 ライオンの噴水 2姉妹の間(サンティアゴ巡礼予行記21)

 昨年暮れ、帰国直後にもちょっと書いたけれども、世の中にはお節介な語学の先生が溢れていて、「アルハンブラは、スペイン語ではhを発音しないので、正確には『アランブラ』になります。アルハンブラでは通じないので要注意」みたいな演説をせずにはいられないらしい。
 じゃ、ホントに通じないかと言えば、もちろん通じるのである。キョロキョロ落ち着きのない東洋人がグラナダの街で「アルハンブラ、どこ?」「アルハンブラ、入り口、どこあるか?」とオッカナビックリ尋ねているのだ。
 そんなキョドイ日本人に、まさか「いや、正確なスペイン語では『アランブラ』。アルハンブラなんて私は知りません」とソッポを向くような意地悪なヒトは、まあ考えられない。外国人観光客を迎える日本人の立場に立ってみれば明らかで、ボクらだって「何とか分かってあげよう」と努力するじゃないか。
二姉妹の間1
(アランブラ、2姉妹の間 1)

 例えば新幹線に乗ったとしよう。「新神戸を出ますと、岡山、福山、広島、新山口、小倉、博多の順に停車します」は、スペイン語の発音だと「オカジャマ、フクジャマ、イロシマ、シンジャマグチ、コクラ、アカタの順に」になる。
 スペイン語ではHは発音しないから、広島はイロシマ、ひろし君はイロシ君。今井イロシって、何だかヤラシイ感じかもね。
 Yはジャ/ジュ/ジョの音。Yはヤ/ユ/ヨと発音するヒトもいるが、最近はジャ/ジュ/ジョが優勢。セビーリャはセビージャに、パエーリャはパエージャに、「私」を表す1人称Yoは「ヨ」から「ジョ」に、どんどん変化しているようである。
鍾乳石
(2姉妹の間、天井の鍾乳石装飾)

 すると、新幹線のスペイン人は「スミマッセーン。シンジャマグチで降りたいんどす。オカジャマ、フクジャマ、イロシマの後でいいんですカイナ? ちげーますカイナ?」と、まあそんな感じで話しかけてくる。
 そのチョイと挙動不審な日本語に対して、まさか
「オカジャマ、フクジャマ、シンジャマグチ? 何ですかそれは。『パジャマでオジャマ』じゃあるまし。イロシマ? 理解に苦しみますな」
と冷たく突き放すヒトがいるだろうか。
二姉妹の間2
(アランブラ、2姉妹の間 2)

 しかしまあ今日だけは、そういうチョイとお節介な語学の先生の顔を立て、アルハンブラはやめて「アランブラ」ということにしておこう。何しろアランブラについて書きはじめて今日で3日目。いよいよクライマックス中のクライマックス、「2姉妹(Dos Hermanas)の間」に入るのだ。
 「2姉妹の間」の正面には「ライオンの中庭」があって、爽やかな風が中庭から部屋に吹き込んでくる。そもそもきわめて開放的な部屋で、壁というものがほとんど存在しない。この部屋もまたライオンの中庭の一部分だったと思われ、床下を流れる水がライオンの噴水に直接通じている。
拡大図1
(鍾乳石装飾、拡大図 1)

 2011年12月現在、ライオンの中庭はマコトに残念なことに修復工事中。アランブラの象徴とも言える「ライオンの噴水」も、12頭のライオンさん全部をいったん取り外して、全面改修の最中である。
 グラナダ訪問を決めた瞬間から「アランブラのニャゴロワたちに挨拶に行こう」が自分の中での合言葉だったから、改修中と聞いたときのショックは大きかった。12頭のニャゴが全部取り外された現場に、まさか呆然と立ち尽くすことになろうとは、予想もしていなかったのである。
改修中
(ライオンの中庭、ただいま改修中)

 手許のガイドブックをみると「2010年2月現在、改修中。2010年末には工事終了予定」とあるから、工事はまるまる1年遅れて、いまだに完成していないわけだ。おお、さすがに太陽と情熱の国スペイン。愛と情熱をガンガン♨ボンボン燃やしているうちに、工事はいくらでも遅れてしまうのだ。
 しかし諸君、さすがにクマ蔵は嵐と奇跡を呼ぶ男であって、実はこの直後、ホントに奇跡が起こるのである。見よ、今井君の目の前に1頭のライオン君が運び込まれた。2年も3年もかかった工事、まるまる1年遅れた工事が、クマ蔵の来訪にピッタリ合わせたかのように、まさに今、ついに完成の瞬間が訪れようとしているのだ。
まず一頭
(奇跡が起こり、まず1頭ライオンさんが戻ってきた)

 この奇跡は、翌12月21日に続く。改修されたライオンさんたちが、次々と元の噴水の足許に戻ってくる。「せっかくクマさんが日本から来たんだから、我々ライオンも早く元の位置に戻って整列しなくちゃ」と、みんなでマジメに話し合ったかのような、余りにタイミングのいい帰還ぶりである。
 ライオンさんたちとの感動の出会いについては、明後日ぐらいに詳しい写真を掲載するから、楽しみに待っていてくれたまえ。19日には影も形もなかったはずのライオンさんが、今井君が訪問した20日にまず1頭が戻り、翌21日には12頭全員が揃って、ライオンの噴水は見事に復活するのである。
拡大図2
(鍾乳石装飾、拡大図 2)

 さて、ライオンの中庭に正対した「2姉妹の間」は、白が基調の高い天井が特徴。涼やかな風が吹き渡る爽快な部屋である。天井は一面に鍾乳石装飾が施され、巨大な蜂の巣のようにも、精緻なレース編みを何枚も重ねたようにも見えるその装飾が、この部屋の明らかな特殊性を示している。ライオンの中庭の周囲は、ハーレムだったのである。
拡大図3
(鍾乳石装飾、拡大図 3)

 ハーレムとか大奥の話になれば、おなじみ陰湿な悪だくみ、嫉妬、腐敗、複雑に絡み合った権謀術数の世界を思いめぐらさなければならない。清冽な水が流れ、噴水の水音に満たされ、常に吹き渡る涼風に糸杉がうっとり揺れていたりするから、アランブラには江戸の大奥みたいな暗く澱んだイメージはない。
 しかし何しろ、キリスト教勢力の絶え間ない攻撃にさらされ、数百年の停滞と撤退とを余儀なくされてきた王朝だ。権力も欲望も、内向きにしか働かなくなって当然だ。結果として陰謀も腐敗も、いっそう念の入ったものになっていく。
拡大図4
(鍾乳石装飾、拡大図 4)

 「2姉妹」のお隣の「アベンセラッヘスの間」は、陰謀が露見して重臣一族36人が斬殺された部屋である。陰謀が真実だったのか、讒言に過ぎなかったのか、明らかではない。しかし36人の重臣の血がライオンの噴水にまで流れ込み、宮殿全体が血に染まった大事件である。撤退と停滞の歴史を、決定的な崩壊に導く事件の1つだったに違いない。
血に染まった部屋
(600年前、貴族の血に染まった部屋)

 2人の姉妹がハーレムの真っただ中のこの美しい部屋に住み、美しい天井の装飾を眺めながら、何を考え、何を悲しみ、何に頬笑み、姉妹としてどんな会話を交わして過ごしたのか。姉と妹といっても、もちろんライバルどうしなのである。
 取巻きの女官や廷臣の派閥抗争も絶えなかったはず。姉妹が同じ部屋に住みながら、お互いの取巻きどうしが深い陰謀をめぐらし、常に嫉妬や讒言や腐敗が渦巻き、相手の幸福を最も危惧する日々が続く。
次の間
(2姉妹の間、次の間も美しい)

 しかも、もし姉妹どうしの争いに首尾よく勝利したとして、その先にどんな希望が見えるというのか。国の勢力は留まることなく衰え、版図は縮小の一途。頼みの財力にも限界が見えて、宮殿の修復さえ思うに任せない。
 姉を、あるいは妹を陰謀で蹴落とし、ついに勝利をつかんで宮廷の支配者となったとしても、その先に夢や希望があるとは思えない。にもかかわらず、抗しがたい本能のように権謀術数に明け暮れる廷臣たち。その疲労しきった卑屈な笑いばかりを間近に見て過ぎていく日々である。
 鍾乳石装飾が美しければ美しいほど、涙もろいクマ蔵どんはそういう2姉妹を想像して胸がつまるのだった。もちろん、そういう姉妹の存在が史実として残っているというのではない。単なる愚かなクマの想像に過ぎない。それでも、やっぱり胸がつまるのである。
壁装飾
(壁の装飾も美しい)

 修復を大急ぎで済ませて駆けつけてくれたライオンさんたちの歓迎は嬉しいけれども、こんなに悲しいんじゃ、今日はもう宮殿を出よう。明日またここにきて、12頭みんなそろったライオンさんに挨拶すればいいことだ。
 急ぎ足で宮殿の外に出ると、15時ちょっと前。何しろ冬至の直前だ。すでに夕暮れの雰囲気が漂っていた。
二姉妹の間3
(アランブラ、2姉妹の間 3)


1E(Cd) Pešek & Czech:SCRIABIN/LE POÈME DE L’EXTASE + PIANO CONCERTO
2E(Cd) Ashkenazy(p) Maazel & London:SCRIABIN/PROMETHEUS + PIANO CONCERTO
3E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 1/3
4E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 2/3
5E(Cd) Ashkenazy(p) Müller & Berlin:SCRIABIN SYMPHONIES 3/3
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