Mon 120312 マドリード「ムセオ・デル・ハモン」の混沌(サンティアゴ巡礼予行記10) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 120312 マドリード「ムセオ・デル・ハモン」の混沌(サンティアゴ巡礼予行記10)

 12月16日、風雨のサラマンカから高速バスに乗って、マドリードに戻ったのが夜9時である。バスは「Supra」であって、横3人がけの豪華仕様。3時間乗っても疲れは少ないが、だからといって「全く疲れはない」と言えば、そりゃウソになる。
 サラマンカの「ガンブリヌス」で1時間座って、むにゅむにゅ&ポロポロなパンにムクれ、イカリングの余りの油っぽさにムクれ、ウェイターのサービスの悪さにムクれ(一昨日の記事参照)、ムクれ放題にムクれていたら、それだけで疲れ果てた。
ひたすらハム
(マドリード「ムセオ・デル・ハモン」のハムの光景)

 これ以上ムクれるのも、これ以上疲れるのもゴメンだと思ったので、早めにバスターミナルに引き上げ、バスを待ちながらムクれて過ごすことにした。ムクれるのは同じだが、何しろ外は真冬の風雨だ。ムクれるにも「これでマドリードに戻れる」と確信してからムクれる方が、安全だし得策である。
 バスターミナルはガラガラ。売店も土産物屋もシャッターを下ろし、マコトに閑散としたアリサマである。薄暗い待合室に、ちょっと目つきの怪しいオニーサンたちや、眼光鋭いオジサマたちがタムロして、雰囲気はそれほどいいわけではない。
ターミナル
(サラマンカ、午後5時のバスターミナル風景)

 午後5時を過ぎた頃、売店が店を開けはじめた。どうやら「シエスタ」だったのである。午後2時頃いったん店を閉めて、5時から8時までもう一度営業する。これがスペインのスタイルである。昼食にワインを飲んで酔っぱらい、シエスタで2~3時間眠る。夕方ちょっと働いて、8時からまたまたワインということになる。
 ま、こんな働き方では余り儲かりそうにないし、1軒1軒が儲からなければ、国全体としても儲からない。要するに「税収アップが見込めない」「財源が足りない」であって、「公共事業を積極的にやって景気を良くするしかない」という話になる。世界中どこも同じことである。
 だからスペイン中で、道路工事や鉄道工事が目白押し。サラマンカからマドリードに戻るバスも、何度でも「工事中♨徐行」「工事中♡片側一車線に規制」に引っかかり、3時間かかってようやくメンデス・アルバロの南ターミナルにたどり着いた。
 大混雑1
(ムセオ・デル・ハモン、1階の雑踏を2階から見下ろす。)

 しかし、渋滞のせいでそんなふうに時間がかかるのも、あながち悪いことばかりとは限らない。大食漢のクマは、うまい具合に腹が減ってきた。午後3時頃「ガンブリヌス」のイカとタコとオニオンスープで腹いっぱいになったばかりだが、「仕上げにもう1軒いくかね」と呟くにはちょうどいい小腹の減り方である。
 目指したのは、ソル広場の「Museo del Jamon」。訳せば「ハム博物館」である。2008年11月のマドリード滞在でも2回訪れたが、ファミレスに毛が生えた程度の、ごく庶民的な感じ。「まだ昼食の残りが腹にたまっているな」という今日のような夜に、「〆」のつもりで入るには絶好の店と言っていい。
大混雑2
(1階の雑踏 1)

 1階はカウンターで立ち飲み。2階はテーブルと椅子が20組ぐらい並んだレストラン形式。もちろん1階の方がリーズナブルだが、デカイ欧米人がカウンターを占拠して押し合いへし合いだから、控えめな日本人がそれを押しのけて生きていくのは、マコトに困難である。
 今井クマ蔵はあまりに態度がデカイので、おそらくそのせいで身体もデカく見えるらしい。初対面のヒトに「何だ、中肉中背なんですね」とガッカリされて、クマ蔵自身ガッカリすることがある。「身長180cm、体重90kg、そういう巨漢かと思ってました」と言うのである。
生ハムメロン
(生ハムとメロン)

 しかし実際の今井君は、欧米人の中に埋もれると一寸法師程度の大きさに変わる。「お椀の舟に箸の櫂、京へはるばる上りゆく」であり「法師♡法師とお気に入り、姫のおともで清水へ」であって、一見マコトに頼もしい。
 ところが「鬼が出た出た、真っ赤な鬼が」という事態に立ち至って、「やっぱりホントに小さいんだ」「もっとデカイと思ってました」ということになる。おっきな欧米人に囲まれると、姫の「打ち出の小槌」が必要だ。
 そこで今井君は店の2階のレストランに上がって、チョイと高い金を払って、2階の高みから欧米人を睥睨することにする。何だか情けないが、まあ暢気な旅行中のことだ。それでヨシとする弱虫であっても構わないじゃないか。
ハムとワイン
(生ハムとロゼワイン)

 2階には、今井君の天敵であるウェイトレスが1名存在する。3年前、ランチにワインをボトル1本丸ごと飲み干そうとしたクマ蔵に対し、彼女は「ホントか?」「ホントに全部か?」「ホンキか?」と何度も聞き返し、ハッキリ「呆れた酔っぱらいだよ!!」「ダラしないクマだね!!」という意味の深い溜め息をついてみせたのだ。
 彼女は今夜もまたレストラン入り口に仁王立ちになってクマ蔵を迎えた。「アタシの目の黒いうちは、勝手なことはさせないよ」という、極めつきの愛想の悪さ。両腕を曲げて腰のあたりにコブシを構える「with arms akimbo」の姿勢。何から何まで楽しいオバサマだ。
 注文したのは、ロゼワイン1本、生ビール、チーズの大量に入ったサラダ、何だか知らないが要するに生ハム1皿。それでも足りなそうだから「生ハムとメロン」も頼んでみた。テーブル一杯に料理と酒が広げられれば、あとは一階にタムロする欧米人諸君を睥睨し、余裕の笑みを浮かべて過ごすだけである。
生ハムとサラダとパン
(生ハムとチーズサラダとパンの光景)

 ムセオ・デル・ハモンはその安さが受けて、急速にチェーン店舗展開中のようである。アトーチャ駅前でも新店舗を見かけたし、その他にも市内各所で何度も看板を発見した。何しろとんでもなく安いから、「ちょっと帰りに立ち飲みするか」というならベストな店である。
 どのぐらい安いかと言えば、「全部1ユーロ」。100円ショップの飲食店版だ。生ビール1ユーロ。グラスワイン1ユーロ。生ハムを豪勢にはさんだボカディージョも1ユーロ。ボカディージョとは、イタリアならパニーニ、要するにフランスパンふうの固いパンではさんだサンドイッチである。
 ということは、生ビールで乾杯して、ボカディージョ3つ頬張って、生ビールをオカワリして、最後にグラスワイン2つ飲んで、それで完全に満腹&酔っぱらっても700円か800円。しかもさすが生ハム屋であって、ボカディージョは確実に旨いのである。
ソルの夜
(クリスマス直前、ソル広場の夜は更けていく)

 こうなると、店舗1階の混乱はタダゴトではない。押し合いへし合いでなかなかカウンターまでたどり着けない。ドアの中にさえ入り込めないヒトもいて、外に行列と人だかりが出来る。
 通路であるべき空間もヒトの山に占領されて、身動きが取れない。通路に立ち尽くした中年グループが祝杯をあげ、大学生グループがボカディージョを頬張り、ヒトとヒトが接触してビールのジョッキを取り落とし、酒のニオイが充満し、混乱は混沌の域に達する。
 入り口付近のドアの脇に、女子高生2名がムクれて腰を下ろす。見るからにヒトのジャマになっているが、全くの知らんぷり。ダラしない若者の「地べた座り」は、日本からスペインへとっくに輸出されていたようである。
大混雑3
(1階の雑踏 2)

 しばらくして、店の警備員が現れ「そこは座る場所じゃないよ」と注意する。女子高生2名は、伝家の宝刀「シカト」で応じる。「おかしんジャネ?」「うるせくネ?」「何の権限があるっツーの?」「迷惑かねてネーゼ」というヤツだ。鉄壁のシカトで対応されて、警備員は立場も面目も丸つぶれである。
 仕方ないから、その場を離れるような、離れないような、きわめて曖昧な位置に立って、無言のプレッシャーをかけて対抗しようとする。しかし諸君、女子高生2名はそういうプレッシャーにはすっかり慣れっこらしく、完全鉄壁シカトを続行。何も注文せず、何も飲まず、何も食べず、ただそこに座っているだけである。
 そういう混沌としたアリサマを見下ろしながら、2階のクマ蔵は1時間半余りを楽しく過ごした。満腹しすぎ、お酒も飲み過ぎて、「もう入りません」「助けてください」である。
夜のマドリード
(夜11時、マドリードの夜はこれからだ)

 この頃には店内の蒸し暑さも最高潮に達する。暑さの原因は、1つには「人いきれ」。この狭苦しい空間が朝の山手線なみの混雑では、気温も湿度も上昇して当然だ。しかもこの混雑は、酒のせいで頭に血の昇ったヒトビト、シカトしシカトされ、プレッシャーをかけプレッシャーを無視されてカッカしたヒトビト、まるでボッシュかブリューゲルの絵みたいな混沌の世界である。その辺の山手線なんかに負けるはずがないのだ。
 もう1つの原因は、熟成し続けるハムの熱気である。諸君、熟成するハムは、すべからく激しい発熱体である。その発熱体が、写真に見る通り店内を埋め尽くしているのだ。発熱の総量は想像するに余りある。人間たちの肉体も脳も、今や周りを取り巻くハムみたいに熟成しつつあるような錯覚にとらわれる。
 夜11時、今井君はこの混沌と熟成の世界を後にした。12月のスペインの夜風が、汗まみれのクマの肉体に心地よい。昨日あんなに閑散としていたソル広場は、「さあ、これからだ」「いよいよ、始まるぜ」という激しい賑わいの予感に満ちていた。

1E(Cd) Richter & Münchener:BACH/BRANDENBURGISCHE KONZERTE 1/2
2E(Cd) Richter & Münchener:BACH/BRANDENBURGISCHE KONZERTE 2/2
3E(Cd) Lucy van Dael:BACH/SONATAS FOR VIOLIN AND HARPSICHORD 1/2
4E(Cd) Lucy van Dael:BACH/SONATAS FOR VIOLIN AND HARPSICHORD 2/2
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑤
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