Sat 120310 サラマンカはフシギな町だ 副詞オンパレード(サンティアゴ巡礼予行記9) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 120310 サラマンカはフシギな町だ 副詞オンパレード(サンティアゴ巡礼予行記9)

 12月16日、「カメとカエル」「いるんだろうか? → います!!」に続いたサラマンカでのフシギな事件第3弾を、例えば「ガンブリヌス事件」と名づけようと思う。凍えるような風雨の中をウロウロ歩き回って、ようやく見つけた暖かそうな店の名前が「Cerveceria Gambrinus」だったのである。
 セルベサとはスペイン語でビールのこと。セルベッセリアは「ビール屋」または「ビール冷えてます」である。こんな寒い日でも、やっぱりビールにはどうしても氷る寸前まで冷えていてほしいので、それは全く問題ない。
 ガンバリはスペイン語で「エビ」であって、語尾に接尾辞inusをくっつければ「エビ閣下」みたいな、威勢のいい店名になる。日本語でこの看板を書き換えれば「エビ閣下…ビール冷えてます」。何とも健康な店ではないか。
 ガンブリヌスは有名なチェーン店らしくて、翌日マドリード市内でも支店を発見した。後で分かったことだが、実際には「エビ閣下」じゃなくて、昔のフランダースの王様で、ビールの守護聖人のニックネームか何かなんだそうな。いやはや、無知は恐ろしいねぇ。
Gambrinus
(ガンブリヌス、サラマンカ店)

 つい1年半前、夏のバルセロナでEl Rey de la Gamba=「エビ大王」に何度も足を運んだ。やっぱりエビどんはあの立派なヒゲの持ち主だから、スペイン人から見ても「大王」「閣下」な感覚があるに違いない。
 小さなホテルがあって、ガンブリヌスはその1階。さすがに真冬の風雨が吹き荒れているから、ピッタリとガラス戸を閉じていたけれども、ガラス越しに見る店内はいかにも暖かそうである。
 昼食時間はほぼ終了したらしくて、中では数人の従業員がコーヒーを飲みながら談笑している。遠慮した方がいいかもしれないが、もう長時間寒い思いをした後だから、クマどんの忍耐ももう限界。このまま放置されたら冬眠を始めそうな勢いで、思い切って彼らの団欒の真っただ中に闖入してみることにした。
ホテルの1階
(エコノミーホテルの1階が店舗。と思ったら諸君、ホテルの看板を見てみたまえ。☆が4つ、☆☆☆☆。つまり4つ星ホテルだ。は? いくら自己申告と言っても、これは、どうなのかねぇ)

 店は意外なほど広い。団欒の場を突っ切ってずんずん奥に進んでいくと、奥の広間にはたくさんのテーブルと椅子が並んでいる。30人ほどなら楽に座れそうだし、今夜はパーティー予約でも入っているのか、キレイにテーブルクロスがかけられ、1人のウェイターがナイフとフォークとワイングラスを並べている最中であった。
 案内されたのは、アジア人3人が語り合っているテーブルのお隣。「こんなに広いのに、わざわざ他のお客とくっつけて座らせなくても」と思うが、何しろ他のテーブルはパーティーの準備中。こういうところでワガママを言って店のヒトを不機嫌にするより、ここは何よりもまずスープで温まったほうが得策だ。
オニオンスープ
(香草タップリ、オニオンスープ)

 注文したのは、オニオンスープとイカ料理&タコ料理各1皿、それにビール。冷えた身体をさらにビールでよく冷やすより、いきなり「赤ワイン1本!」という手もあったが、まあここはさすが用心深いベテラン・今井クマ蔵である。様子見を決め込むことにした。
 料理が旨いかどうかも分からないのに、いきなり長居を決め込む必要はないだろう。まず、ウェイターのご機嫌が余りよくない。「クリスマス間近でこんなに忙しいのに、妙な時間に飛び込んできたアジアの表六玉の世話は面倒だ」と、背中と後頭部が無言のまま訴えている。
 不機嫌はウェイトレスも同じである。他にいくらでもテーブルが空いているのに、わざわざヨソのヒトたちとピッタリくっついた片隅に案内して「ここで我慢してください」という態度。今日のクマどんはあえて譲歩して、「あっちのテーブルはダメなんですか?」と強硬に要求することはしなかったが、普通なら一言ビシッというところである。
タコ料理
(タコ料理)

 しかも、すぐにテーブルに運ばれたパンが、あまり旨くなさそうだ。温かいパンをカリカリ食感も楽しみながら食べたいのに、冷えてグニャグニャのムニュムニュだ。乾いてパサパサのポロポロでもある。
 全ての基本はカリカリのパンであって、それがなければどんなスープも旨さは半減する。もう一つの基本はウェイターやウェイトレスの優しい笑顔であって、やっぱりそれがなければエビ大王もエビ閣下もあったものではない。
 グニャグニャのパサパサ、ムニュムニュのポロポロをテーブルにドンと置いて、「忙しいんだ!!」と肩をそびやかして去っていくようでは、こちらとしてもワイン1本注文して長居を決め込むほどのことはないのである。
イカ料理
(イカリングのフライ)

 イカ料理は、スペインでもギリシャでもポルトガルでも、こういう安い食堂のメニューには「イカ」としか書かれていない。南欧ならどこの国でも「カラマーリ」で通じるが、メニューには「カラマーリ」と、素っ気なく記載される。
 料理の仕方は、①店にお任せ、②客が詳しく指示する、そのどちらか。それについてはイカでもタコでも、ホタテでもエビでも、事情はほぼ同じである。しかしほとんどのお客は、①「店にお任せ」を選択する。高級店なら話は別だが、安い食堂に入っておいて「詳しく指示」なんてのは、要するに生意気なのだ。
 それどころか「詳しく指示」なんかされたって、店のヒトたちが困惑するだけだ。イカ料理はもともと、①リングに切ってフライする、②ただ単に塩味をつけて焼く、③いろいろ詰物をして焼く、以上3種類ぐらいだし、注文を受ける前から下拵えはできていて、「温めてテーブルに運ぶだけ」の段階まで終わっているのだ。
シュラスコ
(ガンブリヌスの斜向い「メゾン・エル・シュラスコ」。こっちのほうがよかったかも)

 こうして、「長居することにはなりそうにない」と決めたクマ蔵の前に、熱いオニオンスープと大量のイカリングが運ばれてきた。オニオンスープは、ホントに熱くて旨かった。「タップリの香草入り」「パンまるまる1枚入り」は余計だが、このスープのおかげで、冷えた身体が芯から温まった。もともとクマどんは、ワガママや贅沢は言わないのだ。
お菓子
(サラマンカ・マジョール広場の旨そうなお菓子)

 あとはイカリングをモグモグやりながら、ビールをチビチビやるだけである。繊細で敏感な読解力をもつ読者諸兄は気づかれたであろうが、「モグモグ」と「チビチビ」という2つの副詞に注目すれば、この店に対する今井君の気持ちがハッキリ分かるはずだ。
 機嫌のいい今井君なら、イカリングはカリカリ食べるし、ビールはグビグビ飲むのであって、それをモグモグとかチビチビとか、不承不承に口に運んでいるようでは、相当気に入らないのだ。
 感情表現の読解に最も効果的なのは、副詞に注目することである。現代文の先生は教えてくれないだろうし、英語の先生は「副詞なんか飛ばして読んでかまわない。副詞とは『添え物』『副え物』という意味だろ!!」と絶叫するかもしれないが、うーん、そりゃ残念な読み方だ。
ケーキ
(サラマンカ・マジョール広場の太りそうなケーキ)

 さて、最後に「ガンブリヌス事件」であるが、それはクマ蔵の食事の最中、まさに隣のテーブルで進行中の事件であった。客は3人、3人ともどう見てもアジア人であるが、テーブルから聞こえてくる言語が3カ国語なのである。
 一人がスペイン語で話すと、別の一人が英語で返す。スペイン語と英語の対話に、あれれ、流暢な日本語が混じる。すると日本語で話していたその人物が、突然スペイン語になり、英語の単語がスペイン語の文の中にたくさん挿入される。それを遮って日本語、またスペイン語、流暢ではないが、また英語。うにゃにゃ、このヒトたちって、いったい何者なの?
雨のサラマンカ
(帰りのバスの窓から、雨のサラマンカに別れを告げる)

 すべては今井君の背後で起こっていたので、マトモに振り返ってみることは出来なかったが、マコトにフシギな中高年集団である。60歳代を前にしたオジサマが2名、50歳過ぎぐらいのオバサマが1名。最初はサラマンカ大学の先生がたかと思ったが、話の中身はどうもそんなに難しい高級な話ではない。
 3カ国語がメチャメチャに入り混じるので、さすがのクマどんにも状況はサッパリわからない。語学習得の困難についての話、苦労話と失敗の逸話、愚痴と治安の悪さの話、マゴやコドモについての自慢話と愚痴。そういう話が、連続性も関連性もなしに、低いアキラメきった声でボソボソと続けられるのであった。冷静に考えると、日本の中高年のヒトビトに典型的な世間話である。
 1時間後、彼らは今井君より15分ほど前に店を出て行った。ガンブリヌス事件と言っても、要するにそれだけのことである。しかし、軽いビールの酔いと、パリパリでもカリカリでもないムニュムニュのパサパサをサカナに、グビグビじゃなくチビチビやっている不機嫌なクマには、妙に心に残るシーンなのであった。
 あの日以来、今井君にサラマンカはフシギな「イマス!!」の町である。

1E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑤
2E(Cd) Schiff:BACH/GOLDBERG VARIATIONS
3E(Cd) Schreier:BACH/MASS IN B MINOR 1/2
4E(Cd) Schreier:BACH/MASS IN B MINOR 2/2
5E(Cd) Hilary Hahn:BACH/PARTITAS Nos.2&3 SONATA No.3
total m50 y389 d8284