Thu 120308 大学大好き、ゼミ大嫌い 風雨のサラマンカ(サンティアゴ巡礼予行記7) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 120308 大学大好き、ゼミ大嫌い 風雨のサラマンカ(サンティアゴ巡礼予行記7)

 若い頃の今井君は大学が大好きで、出来れば一生を大学で過ごしたいと熱望した時期もあった。しかしそれには何よりもまず能力の問題があり、それ以上に性格の問題があって、結局その希望は受け入れられることなく、いつの間にかすっかり年をとってしまった。
 要するに「憧れで終わった」ということである。図書館や研究室の空気が好きで、静かに書物を広げているヒトビトのいかにも賢げな表情や雰囲気も大好きなのだが、何と言っても障害になるのが、今井君の堪え性のない性格である。
 いちいち細かいレポートだの発表だのがあって、じっくり落ち着いて本を読む時間がないなどというのは、イヤなのだ。どんなに厳しく期限を切られても、どんなにつまらないテーマでも、レポートは確実に提出しなければならない。
 大きな対象にタップリ時間をかけて取り組みたくても、指導教官にせせら笑われるだけである。「今の君の能力では無理ですね」「たった2年や3年で出来ることじゃないでしょう?」の一言で、異様に小さく細分化された研究対象に没頭しなければならない。何だか、日々雑事&日々雑用で時間だけが経過する焦りを感じる。
サラマンカ大学
(1218年創立、ヨーロッパ屈指の名門・サラマンカ大学)

 「来週はゼミで発表だ」となれば、読みたい本や論文が山積みになっていても、それは後回し。ゼミの発表がどこまでも優先され、「何故そんな些細な問題を?」と自分もゼミの仲間たちも呆れるような問題について、1週間頭を悩ませなければならない。
 そして発表当日、自分の発表を聞きながら仲間はいかにも退屈そう、教授はニヤニヤ笑っているだけである。仲間の発表を聞く義務だってある。諸君、これがいかにも退屈なのだ。だって、ほとんどの学生は「書いてきたレジュメを音読するだけ」なのである。
 そういう些事にかまけて日々を過ごすうちに、あっという間に時間は過ぎていく。例えば大学院に進んで、修士課程2年間で極めたい分野とテーマがハッキリあったとしても、あっという間に最初の1年が過ぎる。すると「そろそろ修士論文にかからなきゃ」というプレッシャーが、教官からも仲間からも先輩からもヒシヒシとかかってくる。
ホタテハウス
(サラマンカ、ホタテ貝の家)

 論文のテーマを決めると、「そんな大きなテーマを修士で扱えるはずありません」とドクターコースのヒトが断言する。M(修士)とD(博士)との間には、師匠と弟子の関係というよりむしろご主人様と奴婢の関係に近い、截然とした主従関係があったりする。
 もちろん教官は神であって、D2とかD3のヒトを通さなければ直接口をきくことも容易ではない。「キミはM1?」「私はD2」という会話で、修士1年目vs博士2年目の関係が明らかになれば、「ははっ!!」「ご無理、ごもっとも」「ひかえおろう!!」「ズが高いっ!!」の世界が現出する。
 大学院生が「学部生」という言葉を口にするとき、その響きには厳しい侮蔑が含まれていることがある。「まだ可愛いね、この厳しさを知らないなんて」「ま、こんな厳しい世界を知らずに、早く社会に出た方が幸せだね」という、「超々上から目線」をお互いに交わしあうわけだ。
 こういう世界が、今井君の性格からして耐えられるはずはない。人間関係のことはともかくとしても、まず書きたくもないレポートを1週間に1本ずつ書き続ける忍耐力がない。聞きたくもない仲間の発表を(実際には「レジュメの音読」を)アクビを噛み殺しながら聞き続け、飛ぶように過ぎ去る日々に耐えられるほど、我慢強くはない。
ホタテハウス拡大図
(ホタテ貝の家、拡大図。巡礼予行の旅としては、巡礼の象徴・ホタテはまさにピッタリだ)

 もちろん、21世紀も序盤が終わろうとしている今の日本で、そんな前近代的な徒弟制度みたいなものが残っているとは思えないが、今井君の周囲には、かつてそういう話が溢れていた。むかしの駿台の講師には「ドクターコース在学中」というヒトも少なくなかったから、酒の席でほとんど涙ながらに大学への幻滅を語られたこともある。
 こうして、今井君はごく普通に就職して社会に出る道を選択。ところがそこでもまた実にカンタンにドロップアウトして、現在に至る。ドロップアウトでは聞こえが悪いから、スピンアウトと言いかえてゴマカしたりするが、スピンアウトすればするほど保守本流への憧れは強くなる。
風雨1
(激しい風雨の1日だった)

 いまだに大学への憧れは強くて、旅行中でも、ふと気がつくと何故か大学構内を散歩している。オックスフォードにケンブリッジは当たり前だが、NY旅行でわざわざコロンビア大学に立ち寄るヒトは多くないだろう。ボローニャにはわざわざ1週間も滞在して、世界最古のボローニャ大学周辺を未練がましくウロウロし続けた。
 ダブリンに行けばトリニティカレッジ、ポルトガルに行ってもエボラ大学にコインブラ大学に足が向いた。特にコインブラ大学は1985年に発足したヨーロッパ総合大学連合「コインブラ・グループ」の総本山。オックスフォードにケンブリッジ、トリニティカレッジにハイデルベルグ、要するにヨーロッパの名門大学のほとんどがこのグループに参加している。
サラマンカ大聖堂
(サラマンカのカテドラル。糸杉の様子を見れば、この日の風の凄まじさがわかる)

 12月16日、今井君が訪れたサラマンカ大学も、もちろんコインブラ・グループの一員である。サラマンカは、大学を除けば特に見るところもない完全な大学町であって、大学創立は1218年。レコンキスタ完成より250年も前、イベリア半島でキリスト教徒とイスラム教徒が激しい戦いを繰り広げている最中の創立である。
 マドリードも重苦しい雲に覆われていたが、高速バスで約3時間、サラマンカの町に着くと、冷たい強風が吹き荒れて雨も降り出した。雨まじりの強風の中、夢のように大きなプラタナスの枯れ葉が大量に舞っていた。
 そもそもスペインを旅する時に、こういう天候を予測する者は少ない。染まるほど青い空、冬でも思わずヒタイの汗を拭いたくなる強烈な日差し、乾燥した空気の中でカサカサ乾いた音をたてるプラタナス。この日のサラマンカにはそういうステレオタイプなものは一切なくて、赤茶けて寂れた中世風の町に、観光客の姿はまばらである。
風雨2
(冬の嵐が吹き荒れるスペインの荒野で、古い城を発見する)

 スペインの荒野に吹きすさぶ風と冷たい雨のイメージは、10年前の映画「グラディエーター」で追体験してくれたまえ。皇帝マルクス・アウレリウスの急死後、危機に陥ったスペイン人将軍マキシマスが、スペインの雷雨をついて故郷を目指して馬を走らせる。映画が始まって30分ぐらいのシーンである。
 たいへんフシギな映画で、スペイン人もアフリカ人もアラブ系のヒトビトも、ローマの民衆から貴族まで、みんな流暢な英語で語り合い、愛し合い、憎しみあう。ああいうのを観て英語国民はどんな感覚になるのか、今井君にはちょっと想像がつかないが、ま、サラマンカについての詳しい話が、明日に延期になってしまったことだけは確かである。

1E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑤
2E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES⑥
3E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES①
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES②
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES③
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