Mon 120227 英語の発音復旧とトルコ語と ハイドパークを散策(ロンドン滞在記19) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 120227 英語の発音復旧とトルコ語と ハイドパークを散策(ロンドン滞在記19)

 リセットとかリニューアルということになれば、3月31日までにしっかり決意を固め、周囲のヒトビトにもリセット宣言をして、「明日から新年度。4月1日からはキチンとリニューアルして、3月までの挽回を期する」という旨の決意文ぐらいは書いたほうがいい。
 今井君はたいへん用意周到だから、すでに3日も4日も前から着々と決意文を書き続けてきた。ブログのリニューアルを宣言し、協力してくれるヒトたちやネコたちにもいろいろお願いして、4月下旬までのリニューアル完成を目指している。
 もっとも、「タイトルを変更しなければならないかどうか」は微妙。このまま「風吹かば倒るの記」で続ける可能性もあり、やっぱり変更に踏み切ることになるかもしれず、その行方は「もう少し様子を見て」ということになりそうである。
読書中のサンタ
(ハイドパーク サンタクロースは読書中かと思ったら、アドレス帳の確認であった)

 本職である英語の授業についても、若干のリニューアルが必要かもしれない。さすがにこの2ヶ月ほど、ナマの英語に触れる時間が著しく減少している。映画なりTVドラマなり、CNNやBBCのニュースなり、バスケやアメフトの生中継でもいいのだが、忙しすぎてサッパリ見る時間がない。こうなると、必然的に発音が劣化し始める。
 来る日も来る日も、長距離移動→打ち合わせ→公開授業→大祝勝会→バタンキュー→またまた長距離移動の連続。あっという間に2ヶ月が過ぎた。ナマの言葉にほとんど触れずに2ヶ月が過ぎれば、外国語の発音は急激に劣化して母国語訛りになる。そのあたりが「オトナになってから習った外国語」の悲しさである。
サーペンタイン橋
(ハイドパーク サーペンタイン橋)

 乳児のころから環境に外国語が満ちあふれ、母国語同然に身につけた言葉なら、たった2ヶ月やそこらで発音が劣化するなど、普通はありえない。ところが、今井君の英語事始めは12歳9ヶ月、中1の4月である。
 しかも先生はみんな秋田訛りの英語。マトモな発音で聞ける英語は、NHKラジオ「基礎英語」「英語会話」と、先生が授業中にオープンリールのテープレコーダーで聞かせてくれるネイティブの朗読だけであった。
ノッティングヒル
(ロンドン ノッティングヒル付近で)

 焦った14歳のチュー坊・今井は、英語なら何でもかんでも聞きまくった。あの当時、NHKラジオ第2放送で「カレントトピックス」という英語ニュースをやっていたが、中学生にはチンプンカンプンもいいところ。しかしそれでも午後7時から15分、毎日頑張って聴き続けた。
 とにかく異様にチンプンカンプンであるが、悲しいことにキャスターの発音は完全に日本語訛り。タマルセイゾウというオジサマで、番組の締めくくりに「セイゾー、タマル」と名乗りを上げる。そのタマルの「ル」が激しい巻き舌で発音されると、秋田の中学生でも「物悲しいこと限りなし」なのであった。
 おそらく「田丸誠三」であって、Mac君の変換みたいに「田丸製造」ではないはずだが、「これって、アメリカ人が聴いて英語と認識するんだろうか?」と疑いながらのチンプンカンプンは、何とも言えずつらかった。しかし、せんかたなし。それ以外の素材は昭和の秋田には転がっていなかった。
リス君後ろ姿
(ハイドパークのリス君、後ろ姿)

 そういう思い出にふけりつつ、「2012年の授業収録が始まる前に、発音を元通りに鍛え直し、復旧しておかなきゃな」と考えた。乳児からの英語でない今井君にとって、まるまる2ヶ月のブランクは大きい。完全にモトに戻るには、おそらく2~3週間の努力が必要なのである。
リス君正面図
(リス君、正面図)

 ついでに、5月中旬から下旬にかけて、2週間ほどイスタンブールに行ってくる。クマ蔵としては、イスタンブールというよりコンスタンチノープルであり、あるいはビザンチンであって、旅行記を書くときは「コンスタンチノープル滞在記」とする予定であるが、それならば少しはトルコ語もかじっておきたい。
 は? トルコ語? もちろん、ホテルや航空会社のヒトとのやりとりは英語以外考えられないけれども、せっかくコンスタンチノープルで2週間も過ごすなら、挨拶やレストランでの注文ぐらいは、意地でもトルコ語でやってみたいじゃないか。
 すると、明日から始まる2012年度のクマ蔵は、言語道断に忙しくなる。英語の発音を復旧する努力。トルコ語の基礎。5kg減を目指すダイエット。そのためには、もちろん禁酒。忙しいというか、厳しい節制の日々になりそうだ。ま、それも楽しいと言えば楽しいはず。今日の「遅れてきた春一番」だって、十分楽しめるのと同じことである。
白鳥さんたち
(ハイドパークの白鳥さんたち)

 さて、ロンドンのクマ蔵はどうしているであろうか。ついに恐れていた「12月24日のロンドン」がやってきたのである。
 24日のクリスマスイブ、25日のクリスマス本体、さらに26日のボクシングデー。この3日についてガイドブックは「地下鉄もバスも止まり、駅は閉鎖。店もシャッターをおろしてしまい、観光はほとんど不可能」としているし、ネット情報もほぼ同様である。
アルバート公記念碑
(ハイドパーク アルバート公記念碑)

 しかしクマ蔵は意外に元気だ。24日はハイドパーク散策で1日過ごすことに決めていたし、25日は徒歩でロンドン基本コース総復習の予定。むしろ26日のボクシングデーが一番厄介であるが、幸い26日の午後にはヒースローから帰国の予定である。
 昨日の深夜、インド人経営の小さなスーパーで食料も飲み物もタップリ仕入れてあるから、万が一強い雨でも降ってハイドパーク散策を楽しめなくなっても、「充実のホテルライフ」をやればいいわけだ。旅の途中から、事情で大きめの部屋に移動させてもらった。ホテルライフだって、充実して当然である。
ケンジントン宮殿付近
(ハイドパーク ケンジントン宮殿付近で)

 12月24日のハイドパークは一日中冷たい風が吹き荒れた。しかし、本格的な雨にはならない。時おり晴れ間も見えて、思った以上に過ごしやすい。考えてみればこの2週間、天候には大いに恵まれていて、雨に降られたのは2日目のタワーブリッジ散策中ぐらいのものだった。
 午後遅くまでリスや鳥たちと戯れ、散歩中のおじいちゃんやおばあちゃんを眺めて過ごした。疲労が蓄積した旅の終盤、こういう1日は決して悪くない。クリスマス休暇にロンドンにやってきたオノボリサン家族の様子も、またホノボノとしていいものである。クマ蔵はハイドパークをゆっくりと時計回りに回り、ケンジントン宮殿から北上してクウィーンズウェイのあたりでハイドパークの外に出た。
サーペンタイン湖
(ハイドパーク 水鳥と戯れるヒトビト)

 さて、腹が減った。問題は晩メシをどうするかであるが、確かに開いている店はほとんど見当たらない。街は閑散として、道ゆくヒトも余り見かけない。クルマの数もメッキリ減って、「さあ、いよいよ来たか」である。ハイドパークの北側、ベイズウォーター・ロードを東の端から西に向かって延々と歩いてみたが、営業中の飲食店には出会わない。
 北東側からハイドパークに入れば、有名なスピーカーズ・コーナー。今井君が中2の時、英語の教科書で習った、「日曜日に誰でも自由に演説できるコーナーである。教科書の登場人物はBenとLucy。自慢げにスピーカーズ・コーナーを紹介する2人の会話を30回も40回も音読して、タマルセイゾウを早く追い抜こうとしていた頃である。
ハイドパーク
(いやはや、寒かった)

 夕暮れ近く、すっかりヘトヘトになったクマ蔵を救ってくれたのは、意外にもアラブ人街であった。モロッコ料理店、リビア料理店、レバノン料理店。アラブ各国料理の店が、ロンドンの薄やみの中に軒を並べている。
 しかし、この話をこれ以上続けると、今日のブログもまた非常識な長大さになってしまう。このあとクマがどうなったか。それは明日の記事に詳細に記録することにする。明日は出来るだけ早く記事をアップするから、期待して待っていてくれたまえ。というか、アップは本日23時ごろになりそうだ。

1E(Cd) Savall:ALFONS V EL MAGNÀNIM/EL CANCIONERO DE MONTECASSINO 2/2
2E(Cd) RUSSIAN MEDIEVAL CHANT
3E(Cd) Philip Cave:CONONATION OF THE FIRST ELIZABETH
4E(Cd) Rachel Podger:TELEMANN/12 FANTASIES FOR SOLO VIOLON
5E(Cd) CHOPIN FAVORITE PIANO PIECES
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