Fri 120203 写真の順列組み合わせ オックスフォードの校風を思う(ロンドン滞在記10) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 120203 写真の順列組み合わせ オックスフォードの校風を思う(ロンドン滞在記10)

 ケンブリッジと違って、オックスフォードの駅からカレッジ群はあまり遠くない。駅の外に出ると、駅前にはもう大学町らしい花やいだ雰囲気があって、悪く言えば少なからず観光地化した下世話な雰囲気が流れている。最初の空気を吸い込んだだけで「大学町としては、ケンブリッジの方が尖っているな」と感じたものだった。
カーファクス
(オックスフォード、カーファクスの塔)

 「映画『ハリー・ポッター』のロケ地になった」というのが、観光地化の直接の原因と思われる。妙に花やいだ空気もどうやらそのせい。幼いコドモを連れた家族連れとか、大型ツアーバスで訪れたアジア人の団体とか、ケンブリッジでは見かけなかった類いのヒトビトを多く見かけた。
 もちろんそういう観光のありかたも悪くない。映画の有名なシーンが撮影された現場に出かけ、主人公と同じポーズで数枚の写真を撮って帰る。日本人みたいに控えめに1~2枚で我慢するヒトビトもいるが、中国からの団体にいったん占拠されると、もうそこは彼らの天下。中国語の歓声と笑い声に満たされて、ここがヨーロッパであることを忘れるほどである。
カレッジ群1
(オックスフォード、カレッジ群 1)

 イタリア人なんかだと、もうワンランク話が面倒である。4人のイタリア人グループが楽し気に談笑しながら写真を撮りはじめたら、まあ30分はかかると覚悟したほうがいい。彼ら彼女らは、とにかく考えつく限り、ありとあらゆる写真を撮りまくる、
 まずは、個人写真。1人について少なくとも5~6枚。次に2人ずつ肩を組み合ったり、男女かまわず抱き合って寸止めキスのポーズをとったり、ハイタッチしたり、考えつく限り工夫して5~6枚。ほとんど「順列組み合わせの問題」であるが、4人の中から2人を取る組み合わせの数だけ撮影は続く。
 読者はもう気づいただろうが、このあと「4人の中から3人を選んで、3人で5~6枚ずつ」が開始される。4人の中から3人を選ぶ組み合わせがいくつあるか、まあその計算は、数学の得意な諸君に任せることにする。
カレッジ群2
(オックスフォード、カレッジ群 2)

 もちろん最後に、4人全員揃った写真も必要だ。4人から4人を選ぶ組み合わせはもちろん1通りしか存在しないが、驚くなかれ今度は「4人の並び方」が問題になる。恐るべしイタリア人。左から右へ、
 ① ジョゼッペ→ジョバンニ→キアラ→ジュリア
 ② ジョゼッペ→ジョバンニ→ジュリア→キアラ
 ③ ジョゼッペ→キアラ→ジョバンニ→ジュリア
 ④ ジョゼッペ→キアラ→ジュリア→ジョバンニ
 ⑤ ジョゼッペ→ジュリア→キアラ→ジョバンニ
 ⑥ ジョゼッペ→ジュリア→ジョバンニ→キアラ
こんなふうで、今井君みたいな理系音痴には、このままいつまで順列組み合わせの世界が繰り広げられるのか、ほとんど見当がつかない。とにかくあらゆる並び方を試してみないと、彼ら彼女らは満足しない。
ブックショップ
(OXFORD UNIVERSITY PRESS)

 しかも、再び三たび恐るべし!!イタリア人。諸君も気づいたと思うが、4人グループが4人並んで写真に収まっているということは、シャッターを切っているのは通りかかったヨソのヒト。「ペル♡ファボーレ」とみんなでニコニコしてお願いしてしまえば、そのヨソのヒトの迷惑がどうこう言うより、自分たちがあらゆる順列♨組み合わせで写真に収まること≒自分たちが楽しい思い出を残せることだけを、ひたすら追求するのだ。
カレッジ内1
(ここで多くのヒトが夢中で写真を撮っていた 1)

 こういう傾向は、すでに世界中に広がっていて、決してイタリア人に限ったことではない。中国の団体もほぼ似たような行動をとる。そしてみんな、カメラが向けられた瞬間に驚くほどタレント的笑顔を作ってみせる。直前にどんな激しい口喧嘩をしていても、カメラが向けられた瞬間、アイドルみたいに巧みに歯を剥き出してみせる。
カレッジ内2
(ここで多くのヒトが夢中で写真を撮っていた 2)

 グラビアを飾るアイドルなら、そういう笑顔もまあ悪くはないのかもしれない。しかしアイドルでも何でもないオニーサンにオネーサン、果てはオジサマ&オバサマ、小学校低学年と思われる幼いボクやアタシまで、歯を剥き出してニーッと力のこもった笑顔を作ってみせる。女子は例外なくモデル足。それを有名観光地で次から次へと眺めていると、何だか可哀想になってくる。
カレッジ内のチャペル1
(カレッジ内のチャペルで 1)

 オックスフォードに滞在した1日の前半は、ずっと以上のような光景に囲まれていた。耳に入ってくるのは「ハリー・ポッター」「ここだ、ここだ」「わう」の類いの絶叫ばかり。いったん「ここだ」「わう」ということになると、グラビアアイドル並みのポーズをとったグループ撮影会。ケンブリッジでのような学問の場の張りつめた緊張感は、ほとんど感じないままに半日が過ぎていった。
カレッジ内のチャペル2
(カレッジ内のチャペルで 2)

 オックスフォード出身の超有名人は、ラスキ/ハッブル/ホッブズ/ヒックス/アダム・スミス/スウィフト/ルイス・キャロル/トールキン/R.ベーコン/サッチャー/ブレアなど。まあ、さすがである。アダム・スミスにホッブズにスウィフトとは、さすがに恐れ入る。
 しかし、あくまでアホなクマのタワゴトに過ぎないが、この顔ぶれって、世界でおそらく1番有名な大学にしては、何だか物足りなくないか。ついこの間、ケンブリッジ出身者をズラッと書き出してみたときの「世界史級」、ニュートン/ダーウィン/ケインズ/ウィトゲンシュタインみたいな、メガトン級なパンチ力に欠けていると思わないか。
カレッジ内のチャペル3
(カレッジ内のチャペルで 3)

 諸君、オックスフォードとケンブリッジには、並び称される名門と言っても、どうやら校風にも卒業生の特色にも明らかな違いがあるようなのだ。ヒュー・グラントもオックスフォードだが、クマ蔵がオックスフォードで感じたことをごく分かりやすく書いておけば、どうもオックスフォードの校風は、ヒュー・グラントの困り果てた苦笑に如実に表されているように感じる。
 本業の数学から懸け離れたところで名声を残したルイス・キャロルを思ってみたまえ。スウィフトの「ガリバー旅行記」を読むなら、小人の国や巨人国ではなく、むしろ「ラピュタ」「馬の国」を熟読してみたまえ。ホッブズやアダム・スミスを、勉強したりレポートを書くためではなく、小説本を読むつもりで笑いながら読んでみたまえ。
カレッジ内のチャペル4
(カレッジ内のチャペルで 4)

 ひたすら1本の道を突き進んで世界史級の業績を残すことにも、オックスフォードはもちろん世界超一級ではあるのだ。しかし彼ら彼女らの本領は、むしろ1本の道を突き進んで満足しないこと、おどろくほど多元的複眼的であること、皮肉に苦笑しながら、自らの専門領域以外への鋭利な視線を絶やさないことにあるように思えるのだ。
 そうなるとオックスフォードは、花やいだ観光地、いつも観光客でいっぱいの映画ロケ地であることにも、当然ケンブリッジより寛容になれる。だからこそ、スウィフトやルイス・キャロルやホッブズの花が咲く。どこまでも垂直に高みを目指す樹木は美しいが、倒れたところから再び根を伸ばす倒木の強靭さもまた捨てがたい。
カレッジ内のチャペル5
(カレッジ内のチャペルで 5)

 「いったい何が専門なのかね?」と尋ねられ、「たった1つの専門にすがって生きるほど、人生をあきらめていません」と、心の中でニヤニヤ笑う。専門家以上に熟知した領域が5つでも6つでもあって、その数はさらに急ピッチで増え続けている。そのどの領域でも、権威ある専門家をカンタンに論破してしまう。イヤがられ、嫌われ、しかし誰も無視できない。
 今井君がオックスフォードで小室直樹のことを思っていたのは、実はこういう理由によるのである。小室直樹について書くスペースがなくなってしまった。今日はこれ以上の言及を遠慮しておく。
 このブログを「風吹かば倒るの記」と名付けたのも、ほんの少しこの辺と通じているところがあるらしいと、ウスウス感じてもらってかまわない。余りにも生真面目に垂直に背伸びを続けるより、風が吹いたら素直に倒れてそこからまた根を伸ばすほうが人生の楽しみの奥行きは広がりやすいものである。

1E(Cd) Bill Evans & Jim Hall:INTERMODULATION
2E(Cd) John Dankworth:MOVIES ’N’ ME
3E(Cd) Duke Ellington: THE ELLINGTON SUITES
4E(Cd) Bill Evans Trio:WALTZ FOR DEBBY
5E(Cd) Anastasia:SOUVENIR DE MOSCOW
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