Thu 111230 バレンシア日帰りの旅 オルチャータを試してみる(バルセロナ滞在記22) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 111230 バレンシア日帰りの旅 オルチャータを試してみる(バルセロナ滞在記22)

 スペインでもイタリアでも、鉄道で近距離や中距離の移動を試みると「ああ、この国の経済はうまくいってないな」と実感する。チケットを買うのに長蛇の列に並ばされるのもそうだし、電車も駅も言語道断に汚いことが多くて、放置された落書きと黒ずんだシートに愕然とするばかりである。
 しかし「灯台モト暗し」であって、日本ももしかするとそうなのかも知れない。新幹線をみれば実によく分かるが、「のぞみ」や「はやぶさ」の22世紀的な精悍さに比べる時、各駅停車「こだま」「なすの」「たにがわ」の前近代的な風情に愕然とするのは今井君だけではないと思う。
 「近くへの移動だからいいだろう」「檜舞台は長距離移動」という発想は分からなくもない。しかし、東北新幹線が開通した1980年代に「緑の疾風」ともてはやされた電車が今も現役だとしたら、何となく問題を感じないこともない。
 クマ蔵は鉄道オタクではないから正確ではないが、ペンキを塗り替えただけのおじいちゃん電車が、上越新幹線「たにがわ」として今も現役で活躍しているのに出会うことがある。埼玉県熊谷で講演会があるたびに、今井君は走るおじいちゃんの背中に乗って、何だか可哀想でならない。
アルヴィア
(バレンシア行きALVIA)

 フィゲラスへの中距離移動で疲れたクマ蔵は、「この際、花やかな長距離移動を満喫しよう」と考え、バルセロナからバレンシアへの小旅行を決意した。バレンシア州の州都バレンシアは、人口80万の大都市である。
 3月中旬に開催されるバレンシアの火祭り「ラス・ファジャス」は余りにも有名。スペイン旅行用の暗記例文集にも登場するほどである。8月末、近くの町ブニョールではトマト祭があって、大量の完熟トマトを投げあうトマトまみれな光景が繰り広げられる。トマト大嫌いなクマ蔵にとって、これほど身の毛のよだつ世界があるだろうか。
 バルセロナからバレンシアへは、スペインの誇る新幹線AVEやALVIAを利用しても3時間半かかる。日本で言えば、東京-新大阪の移動とほぼ同格であって、至れり尽くせりの車両と、至れり尽くせりのサービスを期待できる。
カテドラル
(バレンシアのカテドラル)

 実際、サービスは期待通り。バルセロナ・サンツ駅を発車してすぐに、乗客一人一人にイヤホンが配られ、車内で映画の上映が始まる。エスプレッソや紅茶のサービスもあり、ビュッフェではボカディージョも買えて、まさにサービスは飛行機以上である。
 しかし、火祭りやトマトまみれの時期を外してバレンシアを訪れると、することが全くなくて呆然とせざるを得ない。マバラな観光客に道ゆく地元のヒトビトも冷たい視線を走らせ、「何でこんな街に来たの?」「ホント、何もないでしょ?」という怪訝そうな表情を見せる。
 ねぶたの頃の青森、竿燈の頃の秋田、七夕の平塚、そういう祭りの街を訪ねるのは楽しいが、何もない時期の秋田や青森や平塚に出かけても、唖然&呆然とするしかない、それと話はほとんど同じである。
ノルド駅
(バレンシア・ノルド駅)

 駅前には古い大きな闘牛場があり、闘牛場の周囲では動物愛護団体のヒトビトが「ウシの命を救え」「ウシさんたちが可哀想」のチラシを配っている。灼熱の太陽が照りつけて、駅前は炎暑のあまり静寂に包まれている。道ゆくヒトはみんな足早、治安はあまり良さそうではない。この段階で「ああ、あれか」「おお、いつもの表六玉だ」なのである。
 バレンシア・ノルドの駅に降りて、今井君はすぐに気づいた。「何でこんなところに来たの?」という怪訝な視線の餌食になるしかないのだ。しかし、それこそまさに今井君の独壇場。見るべきもののない場所で見るべきものを発見し、見るべきものがないことを逆手にとってその場所を満喫するのは、クマ蔵の得意技である。
闘牛場
(バレンシア闘牛場)

 ただしこの日の今井君は、あまりの表六玉ぶりに途方に暮れるばかりだった。確かに世界遺産「ラ・ロンハ」はある。イスラム王宮跡に立てられた15世紀の商品取引所で、ガイドブックには「フランボワイヤン・ゴシック様式」とか、ワケの分からない賛辞が溢れているし、畏れ多くも世界遺産なのだが、要するに今はガランドーの廃墟の一種に過ぎない。
ラロンハ
(世界遺産 ラ・ロンハ)

 「イエス・キリストが最後の晩餐で使った」という恐るべき聖杯のあるカテドラルは、夏期修復工事の最中で、複数の大きなドリルの回る音がスペインの炎暑をかきまぜている。むしろ今井君は、お隣の名もない教会の静寂の中に深い安息を発見するほどであった。
こっちの教会になごむ
(メルカード広場の脇 「名もない教会」の塔)

 こういう時は全てうまくいかないもので、「じゃ、昼飯でも食うかね」と入った店も「ハズレ」。パラソルの位置がちょっとズレていて、テーブルにも背中にも日光がマトモに当たり、ハエばかりブンブンたくさん飛んできて、料理もワインも旨くない。
ミゲレテの塔
(カテドラル・ミゲレテの塔)

 業を煮やして「ならば店をかえちゃおう」と決意したちょうどその時、バレンシアのシエスタが始まって、目星をつけていたメシ屋も飲み屋も一斉にシャッターを下ろしはじめた。3時過ぎ、店をあけているのはバレンシア名物「オルチャータ」の店ぐらいである。
 オルチャータとは、カヤツリの根から作って甘く冷やしたノンアルコール飲料。スペイン版甘酒or白酒からアルコールを抜き取ったものと考えれば、その概要は分かる。
 ヒマだからガイドブックを開いてみたら、欄外に「バレンシア名物だから、Hay orchata(オルチャータあります)の看板を見たら、ぜひ試してみよう」とある。ま、他に入るべき店もないから、カテドラル近くのオルチャーテリアに入ってみた。
オルチャテリア
(オルチャータの店)

 店先のタイル絵は、自慢気にオルチャータを注ぐオバサマの笑顔。オバサマとオバーチャマの中間、いかにも「料理自慢」「お弁当は任せなさい」な笑顔でオルチャータを器に注いでいる。まあ、オルチャータおばさまというところ。「どうしても、おいしいと言わせたい」「家族や友人を和ませたい」という自信たっぷりな笑顔である。
おばさま
(オルチャータおばさま)

 男子というのは妙竹林な生き物で、そういう癒し系や和み系がメンドクてメンドクてたまらない気分になることがある。もちろん、普段なら癒し系や和み系は大歓迎なのだが、何をやっても物事がうまくいかない最中、あるいは空気がネバネバするほど蒸し暑い午後、男子の多くは豹変し、ひたすら「メンドイ」「ウゼ」と叫び続けたくなるのだ。
 こういう時の男子は、料理自慢な癒し系ママや手芸得意な優しいオバーチャンに向かって、信じがたいほど激しい罵声を浴びせてしまう。「ウゼんだよ」「メンドクね?」の類いの罵声を発した息子や孫をみて、ママもおばあちゃんも愕然&呆然、「男の子って、どうしてこうなの?」と呟くしかないのだが、つまりそれが男子の多くの実態である。
おばさま拡大図
(オルチャータおばさま、拡大図)

 年は取っても今井君は男子中の男子、男子の2乗3乗なぐらい男子、激しく男子&男子なので、男子の特徴「メンドイんだよ!!」をバレンシアのオルチャーテリアで破裂させそうになった。
 せっかくオルチャータ自慢の店なのに、「ビアはありますか?」と不機嫌な顔で尋ね、「いや、アルコールはありません」と告げられるに至って、「じゃ、いいです」と憤然と椅子を蹴って店を出そうになった。その今井君が「待て待て」と自制できたのは、「今はシエスタの時間だ」「この店を出たら、他はどこも開いてないぞ」という内心の声のおかげである。
オルチャータ
(実際のオルチャータ。ボケちゃってスミマセン)

 こういうふうで、せっかく特急ALVIAで3時間半かけて訪ねたバレンシアは、何の感激もないままに終わってしまうことになった。窮余の一策で市場にも行ってみたが、午後遅い時間帯の市場なんか、「ゆるくぬるびもてゆきて、わろし」の最上級。巨大なパエ-ジャ用鍋(パエジェラ)を見たり、たくさん並んだブタさんたちを見ても、そんなに長い時間がかかるわけではない。最後は駅のベンチで1時間も居眠りして時間を潰すハメになった。
パエジェラ
(巨大なパエジェラに驚く)

 確かに、バレンシアについて知っていることと言えば「チェーザレ・ボルジアが若い頃、バレンシアの司教だったこと」ぐらい。予習不足の行き当たりばったりが、常に実を結ぶとは限らない。
 帰りの電車も散々であって、通路をはさんで向こう側に席を占めた男性同士のカップルが、3時間半にわたって延々とケータイで話す大きな声に悩まされ、居眠りすることさえ出来ない。
 イタリアでもスペインでも電車内のケータイマナーは、「いくらでも通話していい」「どんな大声で話してもいい」「むしろ、それを不快に思って注意したりするのはマナー違反」という状況。もし業を煮やした今井君が立ち上がって「ウゼんだよ」と注意したりなんかすれば、今井君のほうに問題アリと判断される。
ぶたさん
(ブタさんたちの記憶)

 そして、この小旅行の最後の最後に驚くべき事態が持ち上がった。事態の本質は「今井君の席の窓枠が外れた」である。
 進行方向右側に座ったクマ蔵は、右の窓に頬をくっつけ、肱を窓枠に置いて、ケータイの騒音にじっと耐えていた。ところが、ふと気づくと、その窓枠がいつの間にか斜めになっている。
 諸君、窓枠とは地面に垂直な直線2本と、地面に平行な直線2本で構成されているはずだ。それなのにトランプのダイヤの姿勢で頼りなげに窓に引っかかっている状況が、どれほど大きな驚嘆をもたらすか、ちょっと想像してみたまえ。スペイン人男性カップルもすぐにそれに気づき、ニヤニヤしながら指をたてて軽いピースサインを送ってきた。
 今井君もさるもの、滅多なことでは慌てふためかない中年グマだっチューネン♨ 落ち着き払って窓枠を外し、そのままそっと床に置いて放置した。見れば、もともと杜撰に組み立てたものに、木切れのペグをたくさん挟んでゴマかしてある。窓枠がいきなり外れたのは、木の止めクギが古くなってとれちゃったからなのだ。
 盛んな財政出動で鉄道や道路やハコモノを次々と作り、公共事業を活発に動かして経済再生を図ろうとする。2010年秋のスペインはそういう政策推進の真っ最中だったが、こういう手抜き工事が日常茶飯事となっていたのなら、現在の欧州危機はまさにこういうところに原因があったのである。

1E(Cd) John Coltrane:IMPRESSION
2E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART/46 SYMPHONIEN⑤
3E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART/46 SYMPHONIEN⑥
4E(Cd) Böhm & Berliner:MOZART/46 SYMPHONIEN⑦
5E(Cd) Sinitta:TOY BOY
total m146 y1782 d7739