Fri 111223 カサは見学の対象ではない カサ・カルベ(バルセロナ滞在記16) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 111223 カサは見学の対象ではない カサ・カルベ(バルセロナ滞在記16)

 こういうふうで(スミマセン、昨日の「カサ・バトリョ」の続きです)、蒸し暑さと狭苦しさと汗臭さにすっかりムクれながら、クマ中納言はカサ・バトリョの外に出た。ムクれた割には珍しく1時間もじっくり見学して、もうヘトヘトである。
 「カサ」なんだから、本来ここは生活空間なのである。海をイメージして直線を徹底的に排除し、歪んだ曲線で万物の運命を暗示した静謐の世界は、ここを生活の場とし、一定以上の時間を継続的に過ごすヒトを前提に設計されている。
 観光客がゴッソリ詰め込まれて酸欠状態になっている真夏のカサを考えたら、ガウディだってめまいがしたに違いない。豪華マンションのモデルルームじゃあるまいし、口をパクパクさせながら1時間かそこいらキョロキョロしただけでは、カサ・バトリョの世界は理解できないはずだ。
まだバトリョ1
(まだカサ・バトリョ 1)

 難しい顔のマジメなお役人は、そういう事情を理解できない。本来、ホントにガウディを愛するなら、1ヶ月か、せめて1週間でもいい、このカサの中に生活の場を移して、食事したり、眠ったり、目覚めたり、居眠りしたり、酔っぱらったり、ケンカしたり、仲直りしたり、そういうことをして一定の時間を過ごしてみるべきなのだ。
 しかし、すでにここは世界遺産であって、いくらオカネをたくさん支払っても、ここで生活することは許されない。世界遺産に指定された瞬間から、本来ガウディが意図したはずのカサの日常は失われてしまったのだ。
 今井君がムクれたのは、その損失の大きさを直観したからである。中での生活や日常を前提に設計した作品を、モデルルームなり芸術鑑賞の対象なりにしてしまえば、そのことで作者の思いは永遠に葬られる。自室に置いて楽しむべき絵画を、美術館の空間に展示した瞬間、絵画の本質は消滅する。それと同じことである。
 「どうです? あなた。海底で生活してみませんか?」とニヤニヤ笑いたかったのに、リーフレット片手に1時間キョロキョロして帰る、その種の観光客しかやってこなくなる。これが建築家として落胆せずにいられるだろうか。
まだバトリョ2
(まだカサ・バトリョ 2)

 まして、それが団体ツアー客だったりすれば、建築家の落胆はさらに大きくなる。カサ・バトリョを出たところで、今井君は日本人の団体ツアーに出会ってしまった。疲労と暑さのせいで中高年男女がみんな口をパクパクさせていると、その前に立った30歳代後半と思われるコンダクターの女性が、
「はーい、ね。ではね、これからね、いったんね、ホテルにチェックイン、していただきますハーイ」
と告げる。「ね」と「ハーイ」の調子がいかにも軽薄。というか、客をコバカにした感じが耳障りである。
カルベ1
(カサ・カルベ 1)

 ヴェネツィアのレストランで見かけたツアーコンダクターもこんな感じだった。疲れ果てたヒトビトをテーブルに並ばせ、料理はみんな自分で注文してしまってから、
「はーい、ね。これからね、イカスミのパスタ、ね。出てまいります。たいへんね、有名なね、お料理にね、なっておりますハーイ」
「では、ね。ハーイ。お飲物ですけどね。みなさん、ね、とりあえずおビールとなっておりますハーイ。ワインがよろしいカタはね、ちょっとね、お手をお上げになってね、いただきますハーイ」
 何なんだ、オマエは。クマ中納言が「ね」と「ハーイ」が大嫌いになっちゃったのは、あのヴェネツィアの2月の夕暮れのことである。それをまたバルセロナで聞かされるとは思わなかった。
カルベ2
(カサ・カルベ 2)

 諸君、若い諸君、特に医師や教師やナースになろうと思っている諸君、「ね」と「ハーイ」がヤタラに挿入される話し方がクセにならないように気をつけたまえ。予備校にもよくいるじゃないか。授業が「ね」と「ハーイ」満載の先生。
「ね。ハーイ。じゃね、この問題ね。解説していきますハーイ。ね。ケッコ難しいんですけど、ね。ちょっとね、テクニックね、使えばね、有利な解き方ね、見つかっていきますハーイ」
「ね。ハーイ、口あいて、ね。あああー、ね。ノドね、赤くなってますハーイ。ハーイ、インフルエンザのね、疑いありますハーイ。ちょっと検査してみますハーイ」
美術館屋上
(カサ・ミラから近いアントニ・タビエス美術館)

 こうして、クマ中納言はますますムクれていく。カサ・バトリョを出て、交差点を斜めに渡れば、そこはもう次に目指すカサ・ミラなのだが、こんなにムクれている時に入ってしまったら、せっかくのカサ・ミラが台無しだ。
 しかもカサ・ミラの前にはバトリョ前を遥かに凌ぐ長蛇の列が出来ている。バトリョの列は日陰だったが、ミラの列は9月上旬のスペインの灼熱の太陽がマトモに照りつけている。「カサの中で客を蒸し焼きにする前に、外で軽く焼き色をつけて」みたいな、邪悪な意図さえ感じられる並ばせ方だ。
カルベ3
(カサ・カルベ 4)

 そこでクマ蔵は、まずその辺をブラブラ歩き回ることにした。すぐ近くにはこれもまたガウディの名作「カサ・カルベ」がある。ガイドブックには「ガウディの中では最もおとなしい作品」とか、あまり積極的な賛辞は書かれていないが、品行方正な今井君はむしろこのおとなしさが気に入った。
 1階はレストラン。このレストランもよさそうだ。バルセロナ滞在中に、「海老大王」や「Ambos Mundos」に飽き飽きするようなことがあれば、一度訪れることになるかもしれない。
 バトリョでも感じた通り、カサはあくまで生活の場。見学ではなく、生活して見ないかぎり、カサの本質は分からない。せめて中でメシでも食べて、生活の一端でもいいから味わってみるのは悪くない。

1E(Cd) Solti & Vienna:WAGNER/DIE WALKÜRE②
2E(Cd) Collard:FAURÉ/13 NOCTURNES①
3E(Cd) Diaz・Soriano:RODRIGO/CONCIERTO DE ARANJUEZ
4E(Cd) Cluytens & パリ音楽院:BERLIOZ/幻想交響曲
5E(Cd) Dave Matthews Band:CRASH
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