Fri 111014 ゼウス神殿からプラカ地区へ アレカの店でネコを撫でる(ギリシャ紀行8) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 111014 ゼウス神殿からプラカ地区へ アレカの店でネコを撫でる(ギリシャ紀行8)

 8月25日、ゼウス神殿には結局2時間近くいただろうか。空には雲一つなくて、その青さといったら、これ以上青いものを考えることさえ困難なぐらい青いのである。
 こういう表現にはふつう確実に誇張があって、「この上なく」という最上級は一般にウソである。しかし8月25日のアテネの空は、ヨーロッパ全体を真綿のように締めつける深く静かな危機感を、一切忘れさせるに十分なほど青かった。
 もちろん、最上級を惜しげもなく使えるものには必ず危険が伴うのであって、この場合「木陰を出れば焼け死ぬ恐れ」、もう少し控えめに言えば「木陰を出れば日射病&熱中症は確実」という危険である。
ゼウス神殿
(反対サイドから見たゼウス神殿。あれれ、柱が1本倒れかけてるような)

 実際、ゼウス神殿の周囲の木陰に点々と置かれた粗末なベンチをめぐって、観光客どうしで熾烈な争奪戦が繰り広げられる。争奪戦の原因は「すわりたい」という怠惰な欲求ではなくて、「灼熱の太陽から逃れたい」「さもなければ命の危険にさらされる」という危機感である。
 クマ蔵はベンチからベンチへ、神殿を中心に時計回りの円を描きながら、2時間かけて着実に前進した。20世紀の小説家なら「太陽神アポロの矢を巧みに避けながら匍匐前進した」と書くところである。
 黒いサングラスを透して、かなたのパルテノン神殿が美しい。反対側にはリカヴィトスの丘が、真っ青な空を背景に勇姿を見せる。「うぉ、ホントにギリシャにいるんだ」の感激が激しく迫ってくる2時間であった。
ゼウスとリカヴィトス
(ゼウス神殿とリカヴィトスの丘)

 午後2時、プラカ地区の土産物屋をノンビリのぞきながら、今日の昼食にヨサゲな店を探す。もうゼウス神殿をタップリ堪能したんだから、今日の観光はこれで終わりにしてもいい。店に入って、Mythosと白ワインで一休みすることに決めた。
 は? 正午近くにホテルを出て、たった1カ所の観光地で2時間トグロを巻いて、それでもう終わりなんですか? 日本人の旅行感覚からは信じられない怠惰だろうけれども、「はい、まさにその通り」。こういう旅行だからこそ、2週間も無事に笑顔で過ごせるし、アテネの陽光に焼かれて焼け死ぬこともない。
トラム
(ゼウス神殿付近を走るトラム)

 選んだのは「ALEKA’S TAVERN」。プラカ地区からパルテノン神殿に向かう階段状の坂道に、数軒の平凡なタベルナが並んでいる。そのうちの1軒である。
 それぞれの店の前に、店主やウェイターがメニューを手に立っている。彼らの中から、「一番愛想のいいヒトを選ぶ」のが一般的なのだろうが、クマ蔵はちょっと違って、一番テキパキ店内に導いてくれるヒトを選ぶ。愛想の良さは、何かのハズミで一変しかねないからである。
 欧米人はもっとずっと気難しい。どんなに愛想がよくても、どんなにテキパキしていても、滅多なことでクマ蔵みたいにカンタンに店を選ばない。差し出されたメニューを矯めつ眇めつ(ためつすがめつ)、2~3の質問を投げかけ、たいていの場合は肩をすくめ、「やっぱりヤメておく」と断って、さっさと立ち去ってしまう。
 断られたほうも、あまり心外そうにはしない。こっちも肩をすくめて、仲間どうしちょっと目配せして終わりである。その目配せがどのぐらいの内容を含むのか、クマ蔵には分からない。「イヤな客じゃないか」「ちぇっ」かもしれないし「景気悪いね」「うまくいかないけど、いつものことだ」程度かもしれない。
看板
(アレカの店、何ともユルい看板)

 諸君、このやる気のない看板を見てみたまえ。黄色い壁に画鋲で留めた「ALEKA’S TAVERN」。おそらく前には同じような紙の看板を両面テープでとめていたのだろう。壁の塗料がテープの形に剥がれているが、それを塗り直す気力もない。屋号も何の工夫もなく「アレカの店」。店主は店の前の椅子にダラしなく座って、きわめて受動的に客の来訪を待ち受けるだけである。
アレカ付近
(アレカの店付近。客を待つ店主たち)

 それでも今井君は、この坂道のノンビリ和やかな雰囲気と、緩んで緩みきったヌルい空気がたまらない。ニューヨークみたいにオシャレすぎると、毛むくじゃらのクマさんは店のドアを開ける勇気が出ない。アテネやリスボンの裏町で、灼熱の危険な日差しが少し緩み、「どれ、そろそろ1杯やりますか」と、みんなお互いニヤニヤしはじめる時間帯こそ、南欧の真骨頂なのである。
 隣のテーブルからはフランス語が聞こえてくる。50歳代の夫婦と、20歳代前半と思われる息子の3人連れである。パパが食べているのは「おすすめメニュー」のStuffed Tomato。くり抜いたトマトとピーマンに、野菜タップリのチャーハンみたいなものを詰め込んで、詰め込んでからもう1回焼いた料理である。
アレカの店
(アレカの店で。背中が写っているのがフランス人家族)

 なかなか旨そうだが、パパはその大きさに「こりゃデカすぎる、食べきれん」と嘆声をあげた。ママと息子が何を食べているのかは分からないが、3人でワインのデキャンタを大切そうに注ぎ合って、たいへん和やかである。そろそろパパに代わって長男が家族の意見を代表するようになりかけた頃の、ちょっと哀愁を含んだ和やかさが、街の雰囲気にピッタリだ。
 今井君は、「あのパパのStuffed Tomatoも悪くないな」とヨダレを垂らしながら迷ったが、「まだアテネ3日目だ、イカとタコにミサオを立てなきゃ」と考え直した。
 明日からはいったんミコノス島とサントリーニ島を回るが、1週間したらまたアテネに戻ってくる。その頃には口内炎もできて、イカやタコを食べるのがつらくなっているだろう。そしたらまたこの店に来て、コメをタップリ詰め込んだトマトやピーマンを食べて、つらい口内炎を癒せばいい。
完食
(今日も、平らげた)

 プラカ地区は、ネコの街である。お客の足許に野良猫が寄ってくるし、店のヒトたちもネコたちを可愛がっている。クマ蔵は普段から2匹のネコと暮らしていて、着ている服にもニャゴロワとナデシコの匂いが染みついているから、ギリシャ語しか分からないはずのギリシャ猫も、実に積極的にクマ蔵に挨拶にくる。
ネコ
(アレカの店で頭を撫でたネコ)

 口の中はイカとタコ、指先はテーブルの下に潜り込んできたギリシャ猫の頭を撫でながら、この日もまずギリシャビールMythosと白ワインボトル1本をカンタンに飲み干した。最後にエスプレッソを注文したところ、ウェイターが「たくさん飲んでくれたから」と食後酒を1杯おごってくれた。諸君、たくさん食べてたくさん飲めば、いろいろいいことが起こるものだ。
サービスのお酒
(食後酒をおごってもらった)

 時計を見ると午後4時。体力もすっかり回復したし、日差しも弱くなった。「もう1カ所ぐらい、観光地を訪ねてもバチはあたらないだろう」と考えた今井君は、夕暮れが近づいてますますヌルい空気の坂道を降り、アゴラ方面に向かうことにした。

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