Sun 101010 「安くて旨い」より「無名で旨い」 下北沢のお好み焼き屋で昭和と出会う | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 101010 「安くて旨い」より「無名で旨い」 下北沢のお好み焼き屋で昭和と出会う

 無事に台風は東海上に抜けた。今井君の大阪出発まで少し時間があるから、約束通り、一昨夜の2軒目の話に移ろう。お好み焼き屋の話である。もっとも、書いてのは大阪出発前だが、ブログとしてアップするのは今夜遅く、大阪のホテルからになりそうだ。
 「下北沢でお好み焼き」ということになると、味の点で期待するより、何か事件が起こることを期待して店に入る。味の勝負になれば、さすがに本家/広島や元祖/大阪にはどうしても1歩も2歩も譲るワケだから、広島と大阪で追求した方がいい。今年の夏の広島でも(Macどんは「広島でも」を「宏までも」と忠実な家来ぶりを発揮してくれたのであるが)、今回の奈良の帰りの大阪でも、お好み焼きだけは確実に楽しんで帰る。
 行き当たりばったりに下北沢のお好み焼き屋に入れば、焼いているのは「この道4ヶ月」のアルバイト君であることも多い。味をやたらに期待するのは、もともと無理がある。「下北沢の隠れた名店」「下北沢で絶品お好み焼き」みたいなグルメをやってもいいのだが、そういう情報は「ぐるなび」とか「食べログ」に任せることにして、クマどんが下北沢のお好み焼き店に期待するものは、例えば「昭和との出会い」である。
 もちろん、下北沢にだって名店はあるし、名店だとわかっていて名店に入れば、おそらく間違いなく旨いのである。しかし「旨いとわかっている店に入って旨い」というのは、余りにも当然の成り行きであって、そこに大した感動はない。大阪のヒトが「高くて旨いは当たり前や」「安くて旨い、やないと意味がない」とおっしゃるのはマコトにもっともであるが、今井どんの発想は、そこのところをもっとずっと濃く煮詰めたものである。
 今井どん曰く「有名で旨いは当たり前。無名で旨いじゃなきゃ」。もう少し詳しく言えば「旨いという定評があって旨いのは当たり前。定評も何にもない飛び込みの店で『意外なに旨い』というのでなければ意味がない」。どうでこざるかの? 気難しいヒト?
ラウンジ1
(奈良への旅1 羽田空港の新しいANAラウンジ。清潔で、広々として、格段に爽快になった)

 「食べログ」で星がたくさんついているとか、サイトのクチコミで絶賛されているとか、ミシュランで星つきとか、行列のできる店に行列して入ったとか、それで旨いのは当たり前である。スポンジを揉んだら柔らかい。梅干しの種をかじったら固い。そういう当たり前のことで感動なんかしない。旨くて当たり前の店なら、旨くても感動はないし、万が一旨くなかったり、客あしらいが悪かったりすれば、前評判に比例してムカつきも大きくなるだけである。
 その点、何の定評も前評判も行列も星もない無名中の無名店に飛び込みで入って、旨い可能性はもちろん格段に下がるけれども、万万が一にでも旨かったら、その嬉しさは比較にならないほど大きい。広島空港のカキの店「かなわ」がその例だったかもしれないが、一昨日の下北沢「松」も、期待しなかったぶん、予想外に旨くてやはり嬉しかった。
 グルメ様について今井君がよくわからないのは「旨いとわかっている店に入って、やっぱり定評通り旨いと確かめるだけの食事が楽しいのか?」「それじゃ単なる確認作業に過ぎないじゃないか」「冒険の楽しさはどこにいったのか?」である。
 黙っていても東大に合格するとわかっている優秀な生徒たちばかり担当して、「ほーら東大に合格したよ」というのでは予備校講師の醍醐味はない。「ダメだダメだ」と言われ続けているダメな受験生たちに基本英文法を教えて、「げ♨奇跡的に英語力がつきました♡」の方が遥かに楽しいはずである。今井どんが「C組」や「B組」が大好きな理由はそこで、当然それは食生活にも通じる話である。超名門高校の生徒たちばかり教えていても、東大合格が当たり前すぎて余り感動はないのだ。
ラウンジ2
(奈良への旅1 羽田空港の新しいANAラウンジ。保安検査場Bから入ると近い)

 で、10月29日の下北沢では、驚くべき昭和との出会いがあった。今井君が「広島焼き・イカ入り」を焼いてもらいながら、カウンター席でニコニコしていたときに「イカにも常連さん」という笑顔で入ってきたのが彼女である。25歳から30歳の中間ぐらいか。席に座ると「イカにも常連さん」という態度で「いつもの、おねがーい♡」ときた。
 おお、「いつもの」である♨ 今井君は高校生のころから、「イカにも常連さん」がカウンターに座るか座らないかに「いつもの、お願いね」というのに憧れて育った。テレビドラマに登場する常連さんは、いつでもちょっと横柄に「いつもの、ね」と言うものである。
 いつかは自分も「いつもの、お願いね」をやってみたくて、やってみたくて、たまらなかったが、結局そういうふうになれない内気な人間のまま中年になってしまった。いまだに「いつもの、ね」はムリ。どうしても出来ない。まあ馴染みの店がないでもないが、「いつもの」と言う代わりに「すみません、八海山、1合ください」「出羽桜の冷酒、2合お願いします」のほうが内気なボクチンには向いているのだ。
 店員さんが「いつもの」を黙って焼き始めると(明石焼と焼きそばだったが)、下北沢のお馴染み♨彼女は、やおらバッグの中からオレンジ色の編み物を取り出した。おお、おお、おお、マフラーを編み出した。セーターかも。「着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます」なのかも。おお、お好み焼き屋さんのカウンターで、「イカにも常連さん」がマフラー編んでる!! セーター編みながら、店員さんたちとタメグチを聞いてる!!! 「昭和、ここに極まれり!!! 昭和は下北沢で生きていた!!! しっかり、生きていた。昭和バンザイ」である。
 ビールを噴き出しそうになって、今井君はもう広島焼きどころではなくなった。彼女のタメグチは店員さんとだけではない。他の客にもタメグチ。「きのう、あれからどうなったの?」「西川さんは、今日はいないの?」である。
瓢箪山1
(奈良への旅 「ひょっこりひょうたん島」のヒントになったと思われる「ひょうたんやま」。難波から近鉄に乗って、生駒の手前である)

 しかもこのヒト、あまり店のヒトたちに歓迎されていない。店のヒトも、西川さんも、他の半常連さんたちも、向けられた問いに生返事をするだけなのだ。「ああ」に「ううん」に「へえ」に「あー」である。ケータイを眺めて、軽く噴き出して見せ「カレから、メール来てる」と言うのだが、誰ひとり興味を示さない。
 仕方なしに彼女は、「普段見かけないイチゲンのお客さん」である今井君に、敵対的な視線&微妙な笑顔を向けてくる。「おや、知らないヒトがいるけど?」「一言、挨拶ぐらいないの?」である。おお、昭和のヒトが生きていた。こんなところにまだ棲息していたのだ!!
 自分でも何をそんなに感動しているのかわからないうちに、広島焼きを大急ぎで飲み込んだ。要するにお好み焼きは、キャベツばっかりムッチリ詰まっていて、ちっとも旨くなかったのだ。キャベツはすっかり蒸れてグーニャグニャのムーレムレ。モヤシも入っていない広島焼きなんか、広島焼きの名に値しない。
 いちげん♨温厚♡クマさんは、笑いながらさっさとお勘定を済ませた。ビール中ジョッキも入れて2000円。たった2000円で、「昭和のイカにも常連姉さん」に出会えた。この出会いがあれば、お好み焼き自体はまあどうでもいいのである。素晴らしい一夜だった。