Tue 100831 世論は成熟していた 「領土問題は存在しない」だけ繰り返すのではなくて | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 100831 世論は成熟していた 「領土問題は存在しない」だけ繰り返すのではなくて

 この一週間、尖閣諸島問題を眺めてきて、「どうも日本というのは思っていたより力量のある国だ」と感じ、どうしようもないのは政治家とメディアの言動だけで、国民全体の世論は誠に健全で的を射た方向に進んでいるのを実感する。戦後教育は言われているほど間違ったものではなかったのである。
 まず、「もはや中国では意味がない」という経済界からの発言。何でもかんでも中国一辺倒で、「躍進する中国」「台頭著しい中国」「奔流中国」「疾走する中国」、そういう言葉で中国を囃し立てていたのはメディアだけだったのだ。レアアース禁輸に関して、総合商社大手の幹部が早速「もはや中国では意味がない」と発言し、それに呼応するように新聞の投書欄などにも同じような危機意識の表明が多く寄せられている。
 「リスクの分散」は経営のイロハであるが、軽薄なメディアがそれを忘れさせ、コスト意識優先でリスク分散をないがしろにする原因を作ってきた。わかりやすく予備校経営になぞらえて言えば、生物と地学と地理の授業が1人の人気講師に集中すれば、たった1人の講師の病気や不慮の事故で予備校経営は明日にでもたちまち行き詰まる。レアなものほどリスクの分散は不可欠であって、「もはや中国では意味がない」である。
 ただし、こうした発言の片隅には、チラリと傲慢な中国への恨みつらみが見え隠れしないこともない。「もはや中国だけでは意味がない」というふうに「だけでは」の限定詞が入らないと、感情論の色濃い古臭いナショナリズムの残滓を感じさせてしまう。
熟慮する賢いネコ
(熟慮するかしこいネコ)

 世論には最初からそうしたナショナリズムの台頭への躊躇も感じられ、そこがまた「おお、日本も大人になったね」と海外に印象づける手助けになったようである。日本と中国の世論の動向は、世界にも注視されていた。中国側は、高官も民衆も眉を逆立てて強硬な発言を繰り返し、マインドコントロールされた若者たちが日の丸を踏みつけ、炎の回りで歓喜の奇声を上げ、我を忘れて踊り、マイクを向けられた若者は「もっと日本を懲らしめなければならない」と発言。おお、「懲らしめる」は余りにひどかった。
 そういう前世紀の遺物のような野蛮な世論の有り様を、世界中が驚きと嫌悪を目で見守っていたのと比較すると、日本の世論の成長ぶりは大差を感じさせた。日本の人々は冷静にナショナリズムの暴発を抑制し、いわゆる「事態を冷静に見守る」「解決の糸口を模索する」という、先進国の国民に必須の態度をとりつづけることが出来たのである。おお、大人である。
頭をすりつける
(わからない問題は、頭をすりつけて考える。ニャゴロワは努力家のネコである)

 ただし、ああいう野蛮な世論の方向性が中国国民の主流だったかについては、やはり大人の態度でしっかりメディアを監視する必要がある。メディアとしては、もちろん中国国民の反応全てを取り上げて正確に報道することは出来ない。事件ともいえるような極端な反応、例えば日本製品をたたき壊すとか、日の丸を燃やして唾を吐きかけるとか、「懲らしめなければ」とか、Vサインをかざして「勝利だ、謝罪だ、賠償だ」と叫ぶとか、そういう画面を制作して垂れ流し、ついでにニュースショー芸人がナショナリズム高揚をそそのかす無責任発言でもするほうが、少なくとも視聴率は稼げるはずだ。
 北京なり上海なりの街角で100人の若者にインタビューし、実際に放送したのはそのうち2~3人の若者の発言のみである。サンプリングされた2%の若者が「懲らしめなければ」発言をしているだけで、残り98%の若者が「日本を懲らしめるべきだ」と考えているとは限らないし、おそらくそう思うのはメディアにダマされた愚かな反応にすぎない。ところが、日本の国民世論はメディアのずっと上を行っていて、今井ごときにそんなことを指摘されるまでもなく、とうの昔にメディアのカラクリを見抜いて、冷静に反応したのであった。
目を閉じて熟慮すること
(目を閉じて沈思黙考するナデシコ。こうして冷静になれば、必ず解決策は見つかる)

 ビデオを見せる見せないで紛糾している国会であるが、「あああ、あのヒトたちを選んじゃったのか」という反省さえ忘れなければいいので、ビデオはもちろん見るだけでなく見せるべきであり、見せる対象は国民ではなくて世界である。見せてもらったら、我々の手でどんどん世界に見せる努力をすればいいので、YouTube♡はそのために存在する♨。せっかくのYouTubeで予備校講師のCMやそのパロディやネコの滑り台ばっかり見ていてはならない(この段落、後半は冗談です)。
 「2国間に領土問題は存在しない」という木で鼻を括ったような断定ばかりしていたのでは、相手国は苛立ち、世界も苛立ち、苛立った世界はやがてこちらの言い分に背を向ける。苛立ちを隠さず、子供のようにひたすら苛立っているのはやはり幼稚なのであって、そういうことは菅首相ひとりが続けていればそれでいい。
 相手方が既成事実を重ねて実効支配に見せかける常套手段に訴えるなら、国際法上確固とした領有権をもつ側としては、しっかり国際法の土俵の上で領有権の根拠を詳細に説明すればいい。他国の領海に漁船を大量に送り込んで、漁船を守るために漁業監視船という名の警察権力を浸透させる。中国おなじみの常套手段であり、警察権力が入って実効支配しているから「ここは我々の領土領海だ」というのである。
 こういうオスマントルコみたいな卑怯で奇妙奇天烈な侵略に、キチンとNoを突きつけるのが現代国家の役割である。南シナ海で同じような侵略に悩まされる国々が、「日本って、チャンとNoという国なのかな」「頼りになるかな」と見守っているし、ロシアもカザフスタンもインドも、国境を接する国はみな同じことである。うんにゃ、領海を接する国の全てだとすれば、要するに世界中が見守っているのである。
 法が支配する秩序の中で、その秩序を力づくで変えようとするのは、少なくとも21世紀の正義ではない。非正義に立ち向かう時は、「キチンと言うべきことを言う」、しかも「詳細に誠意を持って説明する」のが常道。「領土問題は存在しない」「あれは固有の領土だ」では、言葉が足りなすぎる。というより、プラカードやアドバルーンにも書ける程度のスローガンに過ぎない。スローガンを掲げたら、スローガンをみんなに理解してもらうのが、これもまた常道である。
落書きは
(プラハ王宮前で発見した落書き。落書きはヤメましょう。プーチンとメドベージェフを括弧でくくって、チェコ語で悪口が書かれている。領土拡張主義への反発であり、木で鼻をくくった発言ばかりしていると、こういう反発を招くという一例でもある)

 20世紀、日本はソ連との北方領土交渉で延々と空しい思いをさせられた。ブレジネフ、グロムイコ、エリツィン、それどころかプーチン、メドベージェフに至るまで「領土問題は存在しない」だけ言い放って、それでニヤニヤ交渉の席を立って帰ってしまう。今井君が小学生の頃「ソビエト連邦なんか大キライだ」という反ソ人間だったのは、そのせいでもある。大学学部時代になってもソ連を天国のようにいい、「ソ連こそ日本が目標にすべき理想社会だ」みたいな発言をする青年は友人の中にも少なくなかったが、今井君は絶対にキライ。「だって、『領土問題は存在しない』だぜ」であった。
 いまや、民主党政権がそれを毎日やっている。「領土問題は、存在しないと承知している」だ? 何なんだ、「承知している」ってのは。現代語で話してほしいし、現代語で意を尽くし細をうがって話さないと、国際世論はむしろこちらに背を向ける。急を要することのように思うので、おお、いつもにも増して長くなったし、いつもからは考えられないほどKUSO-MAJIMEな記事になってしもた。こら、えろう、すみまへんな。おわびいたしやすです、ハイ。

1E(Cd) Avner Arad:THE PIANO WORKS OF LEOŠ JANÁĈEK
2E(Cd) Akiko Suwanai:INTERMEZZO
3E(Cd) Akiko Suwanai:BRUCH/CONCERTO No.1 SCOTTISH FANTASY
4E(Cd) Akiko Suwanai:SOUVENIR
7D(DMv) ELIZABETH … THE GOLDEN AGE
157STAY Barcelona 100902 100916
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