Mon 100621 キャンデー「ネロ」 寸暇を惜しむか、口を開けているか プラハ到着 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 100621 キャンデー「ネロ」 寸暇を惜しむか、口を開けているか プラハ到着

 あとは(すみません、いつもの「前回の続き」です)、プラハに向かう平和な列車内で特に取り上げるべき話題もなく、7時間はごく平凡かつ平穏に過ぎていった。列車内での食料は、ブダペスト駅の売店で購入した東欧名物のキャンデー「ネロ」とミネラルウォーターのみである。
 「ネロ」はガイドブックにも掲載されている名物ではあるが、実に「ヨーロッパ臭い」キャンデー。口から鼻に抜けていくカホリは、昭和日本のトイレ消臭剤のカホリとそっくりである。平成生まれのヒトビトはおそらく嗅いだことのないカホリ、おばーちゃんちやおじーちゃんちの懐かしいトイレのカホリ、汲取式から水洗式に移行した直後の水洗トイレのカホリ、それを昔は「樟脳(しょうのう)」と呼んだ。
 窓の外はつい20年前まで社会主義だった国の国境地帯。口の中は20年前まで田舎のトイレを支配していた樟脳のカホリ。内も外も20年前に戻った妙竹林な気分で、まずはハンガリーとスロバキアの国境を越えた。ハンガリーとスロバキアの国境の街がSzob。列車が鉄道の継ぎ目を踏んでいくリズムが、Szobの駅で明らかに変わって、スロバキアからは1本のレールがぐっと短くなったようである。短くコトコトコトコト連続する音が、ハンガリーよりずっと明るいリズムに変化した。
壁を愛する1
(壁を愛する 1)

 このあたりから、天候も変わった。重い曇天の間から冬の太陽が顔を出し、時おり青空ものぞいて風景は明るくなった。やがて午後3時を過ぎると夕暮れがやってきたが、その夕暮れも雲が赤く染まって、6日前に大寒波の迫るブダペストに接近していった時とは雰囲気が全く違う。地形的には深い山と谷間をウネウネと通過する重苦しいものであったが、空の色が違えば心も軽いものである。
 チェコに入ってすっかり夜になったから、もう車窓を楽しむこともできない。コンパートメントの中でデカイ身体をゴソゴソ動かしながら、ダラしなく口を開けて呼吸しているしかない。こういう怠惰な旅の楽しさは格別である。勤勉な日本のヒトビトは、なかなかこういう怠惰な時間の過ごし方をしない。寸暇を惜しんで読書に励むか、寸暇を惜しんでケータイをいじるか、とにかくやたらに寸暇を惜しむ。
壁を愛する2
(壁を愛する 2)

 寸暇なんか惜しんでいるから、気分がコセコセというかセコセコして、せっかく大きな時間が与えられた時にその使い道に右往左往してしまうんじゃないか。せっかくの大きな時間も小さく切り刻んで、十数個の寸暇にしてしまう。すると、やっぱり寸暇だから、ケータイをいじっているうちにいつの間にか終わってしまう。クマどんはそんなふうに愚考する。
 日曜の夕方、「サザエさん」なり「まる子ちゃん」なりをボンヤリ眺めながら、ふと悲しくなって「あーあ、また週末も終わりだな」「あーあ、また1週間仕事か」と呟くのは、毎日毎日寸暇を惜しんでいるマジメなサラリーマンに多いはずだ。諸君、大きな時間を切り刻むのはヤメにしたほうがいい。寸暇を惜しむより、寸暇は寸暇で、口を開けてボンヤリ息を吸ったり吐いたり、「おお、オレは(私は)怠けているねえ」「おお、何にもしてないねえ」と呟いてみたまえ。プーさんの得意ワザ「『何にもしない』をしているところ」というのは、大きな時間を切り刻まずに大きく使うコツなのである。
壁を愛する3
(壁を愛する 3)

 電車に乗っても飛行機に乗っても、周囲の大人たちはメッタヤタラに読書に励むので、ウワバミどんは何だか申し訳ない気持ちになる。殺気立った様子で電車に乗りこみ、吊り革につかまって、難しい顔をして周囲を睨み回しながら、汗も拭かずに意地でも読んでいる本をちらりと覗いてみると、だいたい「信長」「秀吉」「光秀」「家康」がお互いにファーストネームで呼び合うようなバカげた時代物。最近は「龍馬」と「秋山兄弟」も多い。うーん、「家で読めば?」と言いたくなってたまらない。
 ワンセンテンスごとにパラグラフが変わってしまうような、まるで詩のような小説本を読んでいるオジサマも多い。会話と擬音だけで出来たお色気小説に没頭しているオジサマも少なくない。渋谷と恵比寿の一駅区間たった2分を、どうしてそんなお色気小説や「信玄、行くぞ」「臆したか、謙信」で寸暇を惜しまなければいけないのか、クマどんは不思議である。
パレスホテル
(PALACE HOTEL PRAHAのエントランス)

 飛行機での状況も同じである。わずか1時間の国内線で、「シートベルトをお締めください」を20回も聞かされ、「電子機器のご利用は禁止されております」も20回聞かされ、決して静寂を与えてもらえない。そんな環境の中で、それでもやっぱり寸暇を惜しんで、難しい顔で何を読んでいるかと思えば、スポーツ新聞のお色気欄だったりする。
 いいから、口を開けて息を吸ったり吐いたりして、のんきに「何にもしない」をしたまえ。今や、時代は「寸暇を惜しんで努力する」「チリも積もれば山となる」をプラス評価するような、二宮尊徳の時代ではない。その意味で、書店に山と積まれた「勉強法」の本のほとんどは、ヒトを幸せにしてくれるとは思えない。大きな時間を切り刻まない。寸暇は何にもしないをする。いつもピリピリしていて、それで獲得できる幸福は、いくらチリが積もっても、あっという間に崩壊する脆弱きわまりないものにすぎない。
 プラハ着17時過ぎ。すでにトップリと日も暮れて、予約したホテルへの道はなかなか見つからない。冬の中欧東欧旅行の最終目的地に到着したクマどんは相変わらずおっかなびっくりである。おっかなびっくりだけは、最後まで変わらない。宿泊先はPLACE HOTEL PRAHA。ここに5泊して、中欧東欧旅行を締めくくることになる。

1E(Cd) Richter & Münchener:BACH/BRANDENBURGISCHE KONZERTE 1/2
2E(Cd) Hungarian:BRAHMS/CLARINET QUINTET & PIANO QUINTET
3E(Cd) Muti:VERDI/FOUR SACRED PIECES
4E(Cd) George Benson:STANDING TOGETHER
5E(Cd) Hungarian:BRAHMS/CLARINET QUINTET & PIANO QUINTET
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