Thu 100617 相撲界が、みんな清廉潔白な優等生ばかりだとでも思っていたのか  | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 100617 相撲界が、みんな清廉潔白な優等生ばかりだとでも思っていたのか 

 ほんの半年前、元横綱朝青龍の品格問題が熱を帯びていたころ、ウワバミどんは怒り心頭に発して「ならば、タニマチなるものも一掃しなければならないし、テレビ画面に連日大うつしになる異様な風体の観客も問題視しなければならない」と、このブログに書いたものである。
 久方ぶりの優勝に我を忘れてガッツポーズのパフォーマンスをしたからといって、30歳になるかならぬかの外国人青年を、我々は口をきわめて罵ったのだ。碌に相撲を観たこともないようなテレビ芸人たちが、横綱の品格などという難しい問題を問う能力があったのか。スポーツの世界で、勝って素直にその喜びを全身に表現することを非難されるのは異常である。あれは「気に入らないヤツをみんなで寄ってたかってイビリだす」という、要するに国民的イジメであって、今井君の最も嫌悪する情景であった。
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(そんなに可愛いのに)

 あのとき、難しい顔を並べて「朝青龍という横綱には品も格も欠けている」と論じていたそれこそ品格に欠けるワイドショー芸人たちに、今まさにここで当時の発言を弁明してもらいたいのである。一人の外国人青年を寄ってたかって個人攻撃したのは何故か。もし「相撲は文化であってスポーツではない」と言い張るなら、何故あのときタニマチの存在を批判しなかったのか。何故あのとき、テレビに毎日のように大うつしになる異様な風体の客の存在に言及しなかったのか。
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(どうも最近太くないか?)

 「同じ横綱でも、白鵬は品においても格においてもきわめて優れた横綱である」と断言または絶賛する専門家も、多数存在したはずである。相撲の専門家でありながら、その白鵬という横綱がマネージャーとともに花札賭博に関与していたことを知らなかったのなら、専門家の名に値しないのである。賭博に関与したというなら、今はまさに彼の品格を厳しく問うべき状況のはずだが、どうもそうなりそうにないのは何故なのか。「少額であり常習性はない」というのは、本来なら司直が判断すべきことであって、相撲協会やテレビ芸人が判断すべきことではないはずである。
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(そんなに太っちゃうと)

 ウワバミ君は子供の時からタップリ相撲を観て育ったから、相撲が清廉潔白な文化であるなどと思ったことは一度もない。もちろん「マジメ一方の力士もたくさんいる」という前提の上で言うのだが、持て余すほど大きな身体の若い男子が30人も50人も共同生活をして、食いきれないほどメシを食い、酒も浴びるほど飲み、午後から夜にかけてヒマを持て余したとき、どんな楽しみを求めるかは、人類の歴史5000年を通じてほとんど変化も進歩もない。
 この世界に存在するのは、力士ばかりではない。床山、呼び出し、行司、種々雑多な種類の男たちが入り乱れて、狭い世界でのいろいろな力関係が交錯する。相撲の力だけで力関係が決まるものではないのも当たり前。タニマチのご機嫌、親方やオカミサンとの人間関係、弟分や子分の評判もある。評判を気にすれば、旨いメシも食わせ、旨い酒も飲ませ、酒の後にはいろいろなお楽しみだって付け加えなければ、弟分の評判はどんどん落ちていく。
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(いまに、お相撲さんみたいになっちゃうぞ)

 まさかその状況で、みんなで楽しく英会話の勉強に励むわけはないのだ。セサミストリートやリトルチャロがそこに入り込む余地はない。相撲の歴史の勉強、日本の歴史の復習、神道なり仏教なりの研究、そういう清廉潔白な優等生ばかりがズラリと相撲部屋にそろうのは、それこそ異様な情景である。
 違法なことは決して許されないが、花札だの、賭け麻雀だの、場合によっては賭けゴルフだの、男だらけの蒸し暑い共同生活の中に、昔の言葉で言えば「のむ、うつ、かう」のお楽しみが忍び込むのは当たり前である。白鵬をはじめとして「お咎めなし」の力士がたくさん出てくるのは、そのへんのことを斟酌して「まあ、いいじゃないか、そのぐらい」というナアナアであって、テレビ文化人がどんなにヒタイにシワを寄せて批判しても、そういう批判を押し進めれば相撲文化それ自体を否定することになる。
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(それでもいいの?)

 クマどんが許せないのはダブルスタンダードである。ガッツポーズをした、土俵上で無意味なダメを押した、そういうことでメッタヤタラに品格だ品格だと難しい顔をしていたヒトビトが、今度の件は世間の顔色を見ながらどうしようか決めかねて暗い目を見交わすばかり。現実に花札賭博をした横綱を「品も格も優れた大横綱」と絶賛していたヒトが、相変わらず相撲の専門家を自称しながらニヤニヤ笑ってゴマかしている。
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(なお、今日の写真は一番太っていた頃のニャゴロワです。その後、ダイエット用の食事に切り替えて努力。いまではスッキリカッコいいネコに戻りつつあります)

 だれか、どこかでチャンと謝罪すべきではないか。マンガ家のオジサンでもいい。脚本家のオバサンでもいい。専門家失格でした、何にも知らないのにいい加減な発言を公の場で繰り返していました、観客の中にいろいろなヒトたちが混じっていることも知りませんでした、相撲は清廉潔白な優等生たちの世界だと考えていました。だれか勇気をもって告白すべきだと思うのだ。
 もっと正確に言うなら、「キライな力士に悪口雑言を浴びせてスッキリしたかった」「イジメまくったら、いつかいびりだされると思った」ではないのか。そういう精神構造は「ムシャクシャしたからやった」「誰でもよかった」というヒトたちと余りにそっくりで慄然とするが、日本社会の精神構造の奥底には、その種のイヤな流れが定着しているように思えるのである。「相撲界をよくする」ことを話し合うなどというポーズ自体が、すでにイヤラシいことこの上ない。

1E(Cd) Richter:SCHUBERT/TROUT&WANDERER
2E(Cd) Kirk Whalum:IN THIS LIFE
3E(Cd) Holliger & Brendel:SCHUMANN/WORKS FOR OBOE AND PIANO
4E(Cd) Richter:SCHUBERT/TROUT&WANDERER
5E(Cd) Kirk Whalum:IN THIS LIFE
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