Wed 100526 レストラン・ムゼウム 再び表六玉 予備校の3学期 どうやって帰ったんだ? | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 100526 レストラン・ムゼウム 再び表六玉 予備校の3学期 どうやって帰ったんだ?

 12月19日18時過ぎ、夕食に出かけたのは、国立博物館近くの「Museum」。予想した通りの「早すぎたヒョーロクダマ」である。「ええっ、この大雪なのに、ホントにメシ食いにきたの? 日本人、まさに恐るべしですな」という驚きの表情での応対であった。
 見渡したところ、4人掛けのテーブルが50弱並んで、相当の人数を収容できる高級レストランであるが、今井君が入店した時は、まだ他の客はゼロ。単にゼロなのではなくて、「これからも当分は誰も来ないだろう」「来ないなら、誰も来なくてかまわない」という諦めが従業員たちの支配的な雰囲気だった。
 むしろ「誰も来なければ今晩一晩をラクに気ままに過ごせる」という期待感があって、それを今井君の来訪によって台無しにされたという、軽い怒りや苛立ちさえ感じないことはない。あいかわらず雪は降りしきり、夜になってますます激しくなっていく。その大雪を、従業員が皆で窓際に集まって、嬉しそうに眺めているところだったのだ。
ブダペストの大雪
(ブダペストの大雪。これではレストランに客は来なそうだ)

 旧カニ蔵にも似たような記憶があって、予備校の3学期、浪人生のレギュラー授業を前にした講師たちの様子が、まさにこれとそっくりである。特にセンター試験の翌日は出席率がヒドくいので、午前8時半の講師たちは不安と期待で落ち着かない。「さあて、何人来るかな?」「誰も来ないんじゃないか?」「誰もいなかったら、講師室に帰ってきていいんでしょ?」と不安げな目でお互いに語り合う。出席者がゼロだった場合に、天からのプレゼントのように突如出現する90分の休憩を思って、ウットリしたりする。
 予備校経営者だって「浪人生の3学期」などというものは「どうでもいい」と投げやりに考えている。たった2週間の「3学期」を設定しないと、当局から睨まれて「学校法人認可」を取り消されたり、ケチを付けられたりするから、損を覚悟で仕方なくやっているに過ぎない。その証拠が3学期テキストの投げヤリぶりであって、表紙はモゾウ紙を切ってコビー機で印刷したようなシロモノ、中身なんか10年も15年も同じものを使い回していたりする。
ムゼウム
(他の客は来ない。恐るべき静寂の中「ムゼウム」の夜は更ける)

 投げヤリな姿勢は講師にも伝染して、「もし生徒がゼロだったら」とウットリする講師は多い。本来ゼロなら講師としての立場もマズいわけだし、下手をすればクビになりかねなくても、「3学期なら文句も言われないだろう」とあくまで投げヤリである。ところが、教室に行ってみると、必ず1人か2人か3人が出席していて、200人も300人も入る大教室の、真ん中からちょっと後ろあたりの席で恥ずかしそうにニヤニヤ笑っている。
 今井君の場合は、幸いなことに3学期のレギュラー授業でも何とか100人ぐらいの出席を確保していたけれども、ちょっと覗いた別のセンセイの教室で、「200人教室でマンツーマン」「それでもマイクで授業中」「空調の音だけが空しく響く」という地獄のような光景を目撃したことは、5度や6度ではない。
 意地悪な生徒が、そういうマンツーマン教室をわざわざ覗きにきて、ドアの外で爆笑しているなどというのも、その時期の風物詩。「笑い転げていられるのも、あとわずかだゼ」と思いつつも、自分の教室がどうなっているかのほうが不安で、講師たちは黙々と急ぎ足で去っていく。
パーリンカ
(ウェイターにパーリンカを注いでもらう)

 12月19日、Museumの従業員たちに感じたのも、これと同じ空気である。「せっかくの大雪だ、いつまでも窓の外を眺めてのんびり深夜まで過ごしたい」がウェイター諸君の総意。そんなことでは、店の経営としても体面としても明らかにマズいわけだが、それはオーナーの問題であって、従業員としては給料さえもらえるなら別に毎日満員で超多忙である必要はない。第一、客の数や多忙さがそのまま給与に反映されるものでもないだろう。
ローズガーデン
(ローズガーデン・スープ。「ニンジンの輪切りが薔薇の花に見えるだろう」という驚きのスープ。こりゃ失敗したよん)

 そういうふうで、「今夜は大雪、のんびりするべ」と決めた瞬間、東洋のウワバミ、またの名を旧カニ蔵、傘地蔵のように全身に雪をかぶったヒョーロクダマが闖入してきたのだ。「あーあ、来ちゃったよ、ジャパン人って、ダメだねえ。イヤんなっちゃう。あーあ」ということになってしまった。最初のサービスぶりが大いに不承不承だったのも、うなずけないことではない。
ベニゾン
(venison。東洋のクマどんは野蛮にシカの肉にかぶりついた)

 もっとも、ブダペスト人はたくましい。これほどの大雪でも、今井君が店を出るまでに他に3組の客が来てくれて、今井どんのヒョーロクダマぶりをいくらか和らげてくれた。しかも、こんな大雪でも市電はチャンと動いている。食事をしながら、ほぼ等間隔の時間を置いて市電が走りすぎるたくましい音が聞こえてくる。
夜の市電
(大雪の中を走る夜の市電)

 まず食前酒のパーリンカを飲み、そのアプリコット風味を味わいつつ、「こんな強いのをガンガン飲んでいたら、確実に病気になる」という恐怖を感じた。ウェイターは大マジメで注いでくれるのだが、一口飲んで「こりゃダメだ」である。何の責任も感じなかった30歳代前半なら、1時間で一瓶空けてしまったかもしれないが、まあ今はたくさんの受験生が今井君の授業を受講中。「ハンガリーから帰れなくなりました」では済まされない。
 ただ、結果としては同じだったかもしれない。ローズガーデンスープをすすり、シカの肉にかぶりつき、トカイワインをがぶ飲みし、パーリンカやビールで何度か口をすすぎ、そういうことをしているうちにさすがにほとんど正気を失って、白状すれば帰り道をよく記憶していない。
大雪の夜
(深夜、雪は小やみになった)

 それでも切れ切れの記憶は残っている。ホテルに帰る頃はようやく雪が小やみになり、ホテル横のクリスマス市はますます活気を増していた。大きなクリスマスツリーの横でおそらくイギリス人のカップルに「写真を撮ってください」と言われた記憶もある。雪が止んで大気は冷え冷えと冴えわたり、むしろ清々しいほどだが、カップルの女性のほうが写真を確認して、何が気に入らなかったか顔をちょっと顰め、「I think this is not」と呟いたのも記憶にある。うにゃ、イヤなヤツである。
清々しい
(イギリス人カップルと出会ったクリスマスツリー)

 まあ無理もない。こっちは超ご機嫌日本人である。昼間からホットワイン、夕方3時にはクリスマス市で再びホットワイン。いったい何杯飲んだか、数えることもできない。最後はパーリンカ2杯、トカイワインをボトルで1本、ビール2本。あの大雪の中、再び地下鉄に乗って帰ったはずではあるが、ハッキリとした記憶もなしにベッドに起き上がった時には、すでに翌朝4時を過ぎていた。

1E(Cd) Schiff:BACH/GOLDBERG VARIATIONS
2E(Cd) Barenboim/Zukerman/Du Pré:BEETHOVEN/PIANOTRIOS 1/9
3E(Cd) Barenboim/Zukerman/Du Pré:BEETHOVEN/PIANOTRIOS 2/9
4E(Cd) Rubinstein:CHOPIN/MAZURKAS1/2
total m123 y754 d4853