Wed 100519 ブダペストのクリスマス市 煙突パンからモウモウと立ちのぼる湯気 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 100519 ブダペストのクリスマス市 煙突パンからモウモウと立ちのぼる湯気

 外見から判断するかぎり、ブダペストの街はあまりやはり豊かではなさそうである。この1日の晴天で道路の雪が融けてしまい、雪と混じった泥がはねて、クルマもバスも路肩もみんなクスんだ泥の色に染まっている。むかし雪がまだたくさん降った頃の秋田の3月は、こんな色をしていたように思う。
 仲間うちでバカにされていた運転手が、突然うれしそうに右の窓を指差して「シナゴーグだ、シナゴーグだ」と繰り返した。地図を見ると確かにシナゴーグである。この運転手は熱心にシナゴーグに通うヒトであるらしい。あれから半年が経過した6月7日、ハンガリーの経済危機がユーロを再び急落させているが、おそらく彼はそんなこととは全く無関係に、仲間に罵られつつ、昨日も今日もキチンとお祈りを続けているだろうと思う。
であーくバス
(ブダペストで「最も賑やかな」デアーク広場。バスも泥だらけである)

 ホテル「ル・メリディアン」は昨日書いた通り「高級すぎない」という意味でたいへん快適である。宿泊客はあまり多くなさそうだが、それはむしろこんな時期にのんきにブダペストを旅行している今井君がいけないのであって、何より清潔で安全なのがいい。ロビーはクリスマス間近らしいオブジェで飾られ、夜になると蛇口をひねればいくらでもホットワインの出てくる機械も設置される。無料でインターネットに接続できるホットスポットがフロント近くにあって、ホットワインをいくらでも飲みながらブログをアップすることもできた。
ホテルオブジェ
(ホテル・ル・メリディアンのロビーで)

 フロントクラークの気さくさもよかった。「ホテルのすぐ裏がクリスマス市になっている」と教えられて、早速出かけてみた。規模はそれほど大きくないが、観光客のあまりいない、地元のヒトが観光客に気兼ねせずに満喫できる、ホンモノのクリスマス市である。ブダペストに到着した日はまだ大雪にはなっていなかったから、のんびりクリスマス市を歩いて緊張感を和らげることにした。
まろーに
(クリスマス市の焼きグリ屋。まだヒマそうである)

 ここで何より驚いたのは、直径15cmほどの煙突のような巨大なパンである。正式名称はわからないが、とにかく地元のおばあちゃんが、ホントに心から嬉しそうな顔で煙突パンを持ち、煙突の内部からモウモウと立ち上る湯気に鼻先を突っ込んで歩いている。まさに破顔一笑という感じの笑顔、シワクチャの顔が湯気で元に戻りそうな勢いである。心の底から湧き出るような、ニカーッと顔がとろけるような、見ていてこちらも嬉しくて融けそうになる、無条件の笑顔なのだ。
煙突1
(煙突パンを焼く屋台)

 確かに、ブダペストの寒さはタダゴトではない。ウィーンだって痛くなるほど寒かったが、ブダペストは「ウカウカすればアッと言う間に凍死しかねない」という痛さである。この寒さでは、煙突パンからモウモウと立ち上る湯気に顔を浸して、それが極上の幸せに思えるのも不思議はない。おばあちゃんを眺めるヒトビトが、みんな羨ましくて羨ましくて「それ、どこで売ってるんですか?」と命をかけてでも尋ねたくなるような、そういう濃厚な湯気が上がっている。
 最初見かけたとき、クマどんは煙突パンの中にスープが入っているんだと思った。濃いめのコンソメスープ、またはハンガリー名物のグヤーシュスープみたいなもの、出来ればサラサラスープよりもドロドロタイプのスープであってほしい。
 もしもそういうスープがあの煙突パンの中にタップリ入っていて、おばあちゃんの手の中でそのスープがタプントプンと揺れ動くのが感じられたら、それだけで周囲のヒトがみんな幸せになれるだろう。あんなに自慢気に湯気の中に顔をつっこんでいるところをみれば、おばあちゃんはもうスープの湯気で窒息してもかまわないほど幸せなのに違いない。
煙突くん2
(夜が更けると、ますます煙突パンが旨そうに見える。ただし、まだ午後5時である)

 あとでわかったことだが、煙突パンの中はがらんどうで、別にスープなんか入っていないのだ。そりゃそうだんべ。パンの中にモウモウと湯気が上がるほどスープなんか入っていたら、不注意なヒトたちがそこら中で大ヤケドしてしまうべさ。
 実はお砂糖がタップリぬられた甘い甘いパンで、それを炭火でじっくり焼いた巨大お菓子なのである。ちょうどそれを焼いている屋台を見つけたので、写真を何枚かとってみたが、暗闇の中なのでうまく写っていないかもしれない。
 焼きグリ屋も盛況。ホットワイン屋も盛況。ソーセージ屋も盛況。「そんなデカイの食べちゃったら、晩飯が入らなくなるだろう」、それどころか「そんなの食ったら2~3日は何にも食べたくなくなるだろう」というデカくて真っ黒なソーセージを山ほど焼いたり、スープで煮込んだり(またはお湯で煮込んでいるうちにお湯がスープになったり)している。おそらくブタの血で作った日本人向きでないグロテスクなシロモノから、油タップリの湯気をぶんぶんさせて、ニヤニヤしながら売り、ニヤニヤしながら買っている。「豊かではなさそう」などという第一印象は、このクリスマス市を一回りしただけで吹き飛んでしまった。
煙突3
(煙突パンを焼く炎が真っ赤で、それだけでも嬉しい。午後5時、長い行列ができていた)

 要するに、寒ければ寒いほど、旨いものがますます旨くなるのである。旨いものが旨ければ、貧しいなどというつまらない価値基準は目の前から消えてしまう。ホットワインは生暖かい都市の真ん中で飲めば旨くないが、煙突パンから立ちのぼる湯気に鼻も顔も全部突っ込みたいほどの寒さの中では、おそらくこれ以上旨いものは他にない。あったとして、ヒツジの肉のタップリ入れておばあちゃんがトロトロかき混ぜてくれるグヤーシュスープぐらいである。
 そう思った瞬間、ウィーンから移動してくる列車の車窓に見えた1軒の家の煙突を思い出した。お昼過ぎの煙突からは豊かに煙が立ちのぼり、あれはおそらく昼食に帰った孫たちをテーブルに並べて、おばあちゃんが自慢のスープをゆっくりとかき混ぜていた煙なのである。どうも、ハンガリーという国は、おばあちゃんの自慢げな笑顔が似合う国のようだ。難しい顔のジイサンたちも、食べ慣れたバアサンのスープが大好きなのだ。そういうことを考えながら、クマどんもそろそろ晩飯に出かけることにした。

1E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré
:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 8/9
2E(Cd) Barenboim, Zukerman & Du Pré
:BEETHOVEN/PIANO TRIOS, VIOLIN AND CELLO SONATAS 9/9
3E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 1/10
4E(Cd) Barenboim:BEETHOVEN/PIANO SONATAS 2/10
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