Sun 100509 あまりに見事なオウンゴール あまりに平和なハンガリー国境 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 100509 あまりに見事なオウンゴール あまりに平和なハンガリー国境

 いや、ウィーン紳士への信頼は、最初から揺らいでいたのだ(すみません、昨日の続きです)。間違いなくその揺らぎは、鳩山どん内閣への信頼への揺らぎを遥かに越えるものであった。何しろ、今井君の手の中には「257号車」としっかり印字されたチケットが存在したのだし、その257号車が目の前に横たわっているの関わらず、それでも前に向かって走り出したのは、「前だ、前だ、何でもいいから前なのだ」と優雅に教えてくれるウィーンの紳士を絶望の淵に投げ込まないための窮余の一策だったのである。
 こうして「前だ」「前だ」「何が何でも前に行け」という紳士の指示に従ったクマどんは、わずか5分の間に一気に列車の最前部まで俊足を飛ばした。ハンディ=20kgのスーツケースだから、なかなかその辺の競馬ウマに負けるような馬力ではない。
 その間に、さらに2人のオーストリア人に意見を求めた。「257号車」と印字されたチケットを見せ、「ブダペストに行きたいんだ、車両は257号車だ。どのあたりに車両があるだろうか?」と息を切らせながら尋ねてみた。そのたびに、彼らの回答は「前だ」「前だ」「意地でも前だ」「一点の疑いもなく、それは前だ」「疑うほうがどうかしている。絶対に前だ」だったのである。
 駅員もそう言った。車掌もそう言った。だからクマどんはひたすら前を見て走った。まるで田中マルクス闘莉王のように、ディフェンスの立場を完全に忘却したかのように、前だけを見て走り抜けた。駅員も、車掌も、遥か後方ではゴールキーパー役の「ウィーンの紳士」も、俊足で突っ込むクマどんをニコヤカに見送っていたのである。そしてその先には、257号車はなかった。
レンフェ
(マドリード・アトーチャ駅に並ぶ新幹線レンフェ。コルドバまで2時間半、セビージャまで3時間。スペインの鉄道は予想以上に快適である。2008年11月。なお、もちろん再び本文とはほとんど関係ありません)

 発車1分前、全てをあきらめたクマどんは機関車の後ろ、つまり一番前の車両に席を占めた。1等車のキップで2等車に乗る。座席の権利を持っていた257号車は、一番後ろである。今さら、一番前から一番後ろまで移動するだけの勇気も粘り強さも意地汚さも、ウワバミどんにはない。疲れきった微笑が残るだけ、その喪失感は、あれだけ鮮やかなシュートを決めながら、それ以上に鮮やかなオウンゴールで敗戦を招いてしまった昨夜の闘莉王に勝るとも劣らない。
 いやはや、誰でも認めることだろうが、一昨夜(5月30日)のイングランド戦では、2本のオウンゴールは2本とも、この10年の日本代表が決めた全てのシュートの中で最も鮮やかでエキサイティングなものであった。別に皮肉でも何でもなくて、もしオウンゴールでさえなかったら、これから10年20年の日本サッカーの伝説になって残りそうな、あまりにも鮮やかなゴール。闘莉王のオウンゴールも、中沢のオウンゴールも、伝説になる可能性を十分に秘めていた。
 今井君なんかは素人だから、「南アフリカでベスト4に残る奇跡の秘策は、フォワードとバックスを入れ替えることにあるんじゃないか」とホンキで考えるのであるが、その辺は日本中のシロートオヤジが例外なく、スポーツニュースを見ながら口を揃えて言っていただろうし、昨日のオフィスでのオヤジ第一声は、かなりの確率で「フォワード/バックス入れ替え論」だったはずである。
キングズクロス
(ハリー・ポッターで有名なロンドン・キングズクロス駅。2009年9月。もちろん再び本文とはほとんど関係ありません)

 こうして、ブダペスト行きの列車の先頭車両まで俊足をとばした今井君の前に、目指す257号車は姿を現さなかった。すこぶる当然の話なので、257号車はチャンと1番後ろに存在していたのである。万が一先頭まで走って再び257号車に巡り会うようなことがあれば、その不可思議と不条理とねじ曲がった幸運とは、「オウンゴールだけど、闘莉王くん、中沢くん、あんまり鮮やかだから得点をあげましょう」と称賛されるに等しい。
 こうして氷点下の朝に大汗をかいて、2等の自由席でブダペストに向かうことになった。まずは、おめでたい。とにかくおめでたい。たいへんおめでたい。何がおめでたいのか自分でも納得がいかないが、これだけのことで3人ものウィーン紳士たちと触れ合い、ウィーンにしっかり別れを告げることになった、それもまた悪くないのである。
 ブダペストまで、これといった話はない。車窓は延々と広大な麦畑。国境あたりには風力発電の巨大扇風機が立ち並び、乾いた冬の太陽に白く輝いている。ハンガリーに入っても、別に風景がいきなり荒涼とするわけでもないし、国境に鉄のカーテンが立ちふさがるわけでもない。トルコ支配の名残も、共産主義の名残も見当たらないし、険しい山脈も、長いトンネルすらない。これじゃ川端康成だって困るだろうというぐらいにあっけなくて、ましてや鎌とハンマーを組み合わせたソ連の旗が翻っていたりするわけもない。
ボン
(西ドイツ時代の首都、ボンの駅。2009年5月。冷戦を支点に本文とチョコッと関係します。はっは)

 クマどんの秘かな期待としては、ブレジネフ眉毛にブレジネフ帽子のソ連軍将兵が「そんなにぶら下げたら重くて首が曲がっちゃうぞ」と心配になるほど仰山に勲章をぶら下げて車内を点検して回るのを見たかった。「不潔で狡猾な資本主義の手先」とか「アメリカ帝国主義の傀儡」みたいな恐るべき病原菌を、1匹1匹ケムクジャラの腕でつまみ出しては雪原に投げ捨てるシーンを期待したのである。
 しかし、ここはすでにチャンとしたEU圏内である。パスポートの検査さえない。3年前、イタリアからスイスに入る駅ではあんなに厳重だったのに、である。うにゃにゃ。全然コワくない。あんまりコワさが不足して、「ちょっとコショーとってくれませんか」という気持ちである。うにゃ。しかしそれはスパイスの求めすぎ。カレー屋に入って「極々辛」「激辛」ばかり食べたがるのはシロートであって、一番旨いカレーは「普通の辛口」程度である。

1E(Cd) Kirk Whalum:COLORS
2E(Cd) Larry Carlton:FINFERPRINTS
3E(Cd) Harnoncourt:BEETHOVEN/OVERTURES
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 1/6
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 2/6
total m39 y670 d4769