Wed 100217 「個性のないカレー」という個性 加藤周一と、チェレと「ひだるま」 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 100217 「個性のないカレー」という個性 加藤周一と、チェレと「ひだるま」

 しかし、今日(3月1日、昨日の続きでございます)は仕事の日ではない。渋谷には、あくまで映画を観にきたのである。渋谷校を出てから最初に頭に浮かんだのは「カレーに生ビール」。これからたいへん難しい映画を見るのに、それでもカレー屋で「生ビール!!」の叫びを我慢できないのもまた、中年オジサンの不思議さである。
 平日の3時、「シネマ・アンジェリカ」に向かって、まことに妖しい店の建ち並ぶ渋谷の道玄坂をのぼりつつ、こりゃカレーと生ビール以外ありえないと思い、いったんそう思いついたら、もう「何が何でも」に変わり、それなしで加藤周一の幽霊と語り合う熱意なんかなくなっているのである。目指す映画館は定員100名ほどの「シネマアンジェリカ」。おお、むかしなつかしい「いかにも場末」という感じ、入ったカレー屋はそのすぐそばの「カイラス」である。
 今井の前に客が2名いて、2名とも、午後3時すぎに道玄坂でカレーを食べているのが似合う「いかにも」というオジサン。メニューは6~7種類しかなくて、カツやコロッケやタマゴをのっけたいヒトは「トッピング」として注文することになっている。今井が注文したのは「ビーフカレー」。おお、何の工夫もない。関西なら「まんまや、まんまや」と囃し立てられそうな注文である。
 カレー自体は、うーん、特に取り立てて言うべきことはない。クマどんは埼玉県春日部市のカレー屋「ラホール」のインドカレーにミサオを立てているから、滅多なことでは他のカレー屋のカレーを褒めることはないのだが、今日のカレーは褒めようにも褒めるべき個性が見つからない。おお、要するに「どこでも食べられる普通のカレー」である。
 まあ、いいか。つまり、渋谷の道玄坂上でお腹をすかせたサラリーマンが大慌てですすり込むカレー、個性などという面倒なことを一切省略したスッキリカレー、そういうカレーの代表としてなら、まあ確かに存在意義のあるカレーではあるのだ。個性がないことが個性。そういう余裕たっぷりの目で見てあげれば、どんな店でも楽しくなるのである。

(渋谷・カレーの店「カイラス」)

 楽しかったのは、後から入ってきたゴルフ焼けした粋なオジサン(おそらく55歳である)。カッコいいとかイケメンとか、そういうことではなくて、ひたすら粋なのである。四半世紀むかしの大学生の必読書に九鬼周造「いきの構造」というのがあったが、別に構造なんか知らなくても、このオジサンを見たまえ。それだけで「構造」どころか「粋の本質」が会得できるほどである。「ゆでタマゴ、トッピングしてちょうだい」「ドリンクヨーグルト、ちょうだい」と甘えた調子でいうのもなかなか可愛らしい。むかしの東京の私鉄沿線には、こういう雰囲気の店と、こういう雰囲気の粋なオジサンが必ず存在したものだ。それを思い出して懐かしい気持ちになった、それだけで十分に楽しい店であった。

(おお、宏は渋谷でも頑張っていた)

 映画については、これといって語るべきことはない。せっかく加藤周一の映画を作るのに、老いさらばえた彼の晩年の映像しか存在しないのはいかにも残念。40歳代でも50歳代でもいい、どこまでも颯爽としていた彼の、海外の大学での講義の姿が残っていないものか。フランス語で、英語で、ドイツ語で、医師として自由自在に文学を語る研ぎすまされた彼の姿を見られないものか。反戦と9条の会は十分にわかったから、相手を震え上がらせ凍りつかせる余りにもシャープな彼のディベートを見られないものか。88歳、癌ができて死に直面してからの彼の顔を2時間近く見続けるのは、50歳代の彼の切れ味を知っているものには少なからず苦痛であった。
 せっかくなので、その直後に上映の「だれのものでもないチェレ」も観た。70年代後半のハンガリー映画で、80年代の「ぴあ」ではお馴染みの作品。しかし、2010年、制作から35年経過したこの映画については、「違和感と嫌悪感なくしては見られません」と言わざるを得ない。しかもそのハンガリーに、つい2ヶ月前に滞在していたのである。
 35年前、社会主義の真っただ中のハンガリーが、これほどの貧しさに覆われ、これほどの児童虐待が当たり前で、単なる奴隷労働力として引き取られた7歳女子の孤児が、映画に描かれているような虐待に日々さらされていたとすれば、まさに嘆息を禁じえないのである。映画の冒頭30分にわたって、「7歳」という設定の少女は完全に全裸。描かれる虐待は、性的虐待を含め、「真っ赤に燃える石炭を手に握らせる」その他ありとあらゆるもの。目を開けているのが苦痛、というのが実感であった。

(ひだるま荘)

 そういうイヤな実感を引きずりながら、シネマアンジェリカの真向かいの「比内地鶏の店」に入った。店の名前は記憶していない。お隣の「ひだるま荘」という店のネーミングがあまりに強烈で、記憶力が火だるまになった。「ひだるま」って、「火だるま」? 手に石炭でも握らされたの? 今井君は、どうしても「ひだまり荘」であってほしくて、暖かい日だまりを求めて何度も看板を見直したけれども、そこにあるのは「ひだまり」ではなく「ひだるま」。ここに入って火だるまになるのはイヤだから、隣りの秋田料理にせざるをえなかった。
 ついでに言えば、「秋田料理」とか「比内地鶏料理」という文字を看板に掲げている割には、その秋田料理なるものがあまり正確な秋田料理ではない。要するに「あまりおいしくない」ということで、名前は出さないほうがお互いのためだろうと思うのだ。まあそれでも、2合徳利3本をキチンとカラにして帰らなければ気が済まないところが、「おじさん不思議100景」である。
 カウンター席のイスが「どうぞ腰を痛くしてください」というイスなのにも閉口した。珍しいほど座り心地の悪いイスで、特注でオーダーでもしなければなかなかこういうシロモノにはならない。今どき、タバコ吸い放題なのもいただけない。ま、スイカ泥棒の罰として真っ赤な石炭を握らされていたハンガリーのチェレのことを考えれば、この程度のイス拷問で文句を言っているわけにもいかないかもしれない。

1E(Cd) Quincy Jones:SOUNDS … AND STUFF LIKE THAT!!
2E(Cd) Courtney Pine:BACK IN THE DAY
3E(Cd) Dieter Reich:MANIC-“ORGANIC”
4E(Cd) Tuck & Patti:AS TIME GOES BY
5E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
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