Tue 100209 国立能楽堂前「駒忠の隣りの店」の常連ネコ 不思議なタクシー運転手 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 100209 国立能楽堂前「駒忠の隣りの店」の常連ネコ 不思議なタクシー運転手

 2月25日(スミマセン、またまた始まってしまいました、「昨日の続き」です)、サンマルク・カフェから出て、日本橋から銀座まで歩き、銀座4丁目からバスに乗って四谷へ。四谷から久しぶりに総武線の黄色い電車に乗って千駄ヶ谷。このころからだんだん空が暗くなって、国立能楽堂に着くころには、季節は早すぎるけれどもすっかり「朧月夜の春の宵」になった。能楽堂でみた狂言は「福の神」「二人袴」と、演者3人が座ったままの素狂言「武悪」。これらについてはそのうち機会をみて語ることにする。

(春一番の夜の国立能楽堂 1)

 終演が21時。夕食代わりに一杯やることにして、能楽堂のすぐそばの「酒蔵駒忠」の隣りの店に入る。カニ蔵君の中では、あくまで「駒忠の隣りの店」であって、店の名前は記憶にない。「駒忠」の隣にあって、「駒忠」と同じぐらい狭く、汚く、薄暗い店である。
 誤解してもらっては困るのだが、「狭く、汚く、薄暗い店」というのは最大のホメ言葉であって、こんな春の朧月夜に「狭くて、汚くて、薄暗い店で一杯ひっかけて帰る」にまさる楽しみはなかなか考えられない。試しに「広くて、きれいで、明るい店」を想像してみたまえ。若いOL5人組の飲み会なら似合っても、黄昏れたオジサンがブラリと入ってチビチビorガブガブやるには(今井君はガブガブ派)、「広い」「キレイ」「明るい」はすべて不似合い。新しい駅ビルに開店して1年もたずにヤメちゃうみたいな店では困るのである。
 「店の名前を覚えていない」というのも、よほどこの店が楽しかったということで、むしろ店にとっては大きな名誉である。ではお隣りの「駒忠」のほうは何故そんなにしっかり名前を記憶しているかといえば、もう大昔、予備校講師かけ出しのころに、今はなき河合塾千駄ヶ谷校に1週間に1回出講していて、すぐそばの「駒忠」のデカイ黄色い看板と古びた赤提灯を毎週眺めながら通勤したからである。中に入ったことはない。あの頃はまだ若かったから、なかなかこの手の店で時間を過ごす自信がなかった。

(春一番の夜の国立能楽堂 2)

 小アジの唐揚げ、おでん盛り合わせ、焼きさつま揚げ、竹輪磯辺揚げ、つくねと砂肝と手羽先、そういう何の変哲もないありふれたものをツマミに、生ビール1杯と2合徳利3本を空にして、1時間半ほどで引き上げた。メニューはまさに「何でもある」であって、天ぷら、おにぎり、丼もの、揚げ物、焼き魚、刺身、やきとり各種、おでん各種、とにかく何でもあり、ありすぎるせいで「いったい何屋なのか」はサッパリ分からない。しかしとにかくチェーン展開の「広くて、キレイで、明るい店」とは間違いなく別格なのである。

(お久しぶりのニャゴロワどん)

 野良猫が1匹、まさに常連のような顔で気軽に遊びに入ってくる。黒と白のブチで、誰かが洗ってやっているのか、まあ清潔なオスである。店のオバサン2人はこのオス猫を「えいちゃん」と呼び、野良のままに放置しているようでいて、実は可愛くてたまらない。油断して店の引き戸を開けておくとすぐに入ってきて、余裕たっぷりで顔をあらったり、転がって背中を土間にこすりつけたりしてみせる。「狭くて、汚くて、薄暗い店」にまことに似合うヤツである。考えてみたら、クマどん自身も「こういう店にまことに似合うヤツ」なのであった。似たものどうしということで頭をグリグリ撫でてやったら、気軽に挨拶を返してくれた。

(荷物を運ぶニャゴ姉さん)

 不思議な夜の締めくくりは、帰宅時につかまえたタクシーである。なまあたたかい春の暗闇の中を、ゆらゆら揺れるようにやってきたのは、「YAMATE」という聞いたこともないブランドのタクシー。手を挙げて、何となく後悔して、しかしまあ乗りこんでみると、いきなり運転手が「道、知ってますか」と頭のてっぺんから飛び出したような素っ頓狂な声で尋ねた。何だかひどく不安そうで、というより何かに怯えていて、幽霊を乗せてきたばかりが、誰かに脅されてきた直後のような受け答えをする。

(お疲れ気味のニャゴ姉さん)

 道を聞いては、そのたびに異様なほど怯えた様子で「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」と懸命に「はい」を繰り返す。むかしの、他人に対して強烈に厳しかったころのクマどんなら、「ハイは1度でいいんじゃないですか?」とビシッと言ったところだが、最近の今井君はたいへん優しい。しかも、ついさっき「駒忠の隣り」のネコを触って和んできたばかりである。運転手さんに厳しいことを言う気にはとてもなれない。
 ま、いいか。とりあえず、代々木上原まで我慢すれば、不思議な春の夜は無難に終わるのだ。そう考えて、あの京都の「雄輝くんと春香ちゃん」(Fri 100205「京都の悲しい恋」参照)を滋賀県の奥に放置したのと同じように、運転手さんの奇妙な態度もこのタクシーの中に放置してしまうことにした。その結果が、以下に示すような不思議な夜の終わり方につながったのである。
「ええっと、まず井の頭通りを、しばらく真っ直ぐに行ってください」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「次の信号、左です」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「つきあたりまで、真っ直ぐ」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「その先は、道なりに右のほうに」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「横断歩道、左です」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「その先を、右」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「では、ここで止めてください」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「IDとか、Suicaとかは、ダメそうですね」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
「では、現金で。はい、2000円」
「はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい。では、おつり、290円です。すいませんでした、すいませんでした、ホントに、すいませんでした。はいはいはいはい、はいはいはい、はい、はい、はい、はーい」
こうして、YAMATEタクシーは異様なほどに謝りながら、春の夜の闇の中に消えていった。あとには、朧月夜。すっかり雲が厚くなって、立ちすくむ酔っ払ったクマどんの頭上で、月はぼんやり滲んでいるのだった。

1E(Cd) Marc Antoine:MADRID
2E(Cd) Ornette Coleman:NEW YORK IS NOW!
3E(Cd) Miles Davis:THE COMPLETE BIRTH OF THE COOL
4E(Cd) Billy Joel Greatest Hits 2/2
5E(Cd) Art Blakey:MOANIN’
6E(Cd) Human Soul:LOVE BELLS
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