Wed 091007 続・東京落選の理由で、あまり言われていないこと(2つ目から4つ目) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 091007 続・東京落選の理由で、あまり言われていないこと(2つ目から4つ目)

 さて、昨日の(2)「最終プレゼンテーションでほぼ全員が英語でスピーチした戦術の失敗」であるが(すみません、またまた「昨日の続き」がはじまってしまいました)、オバマ大統領夫妻がやってきてさえ1回目でシカゴが敗退した通り、あの場ではアメリカ的な押しの強さはマイナスにしか働かないのである。オバマ夫妻は演説で夫婦そろってurgeという動詞をつかい、「シカゴでオリンピックを開催することへの支持をurgeする」と繰り返した。あの段階でIOC委員は、おそらくアメリカ人独特の押しの強さへの嫌悪を、英語帝国主義への嫌悪とともに感じていたはずである。


 そこへ、東京のプレゼンテーションがはじまって、日本の首都への招致演説なのに、何故か言葉はひたすら英語。フランス語が少しだけ混じったとはいっても、首相も都知事もみんな英語。小谷実可子も英語。室伏はまあ英語でもいいだろうが、IOC委員としては「なぜ英語なんだ、なぜ日本語で、心を込めて訴えないのだ?」という違和感を感じ、違和感はさっきシカゴのプレゼンテーションで生まれた嫌悪感を増幅させただろう。

 

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「おい、てめえ、誰にことわってオレのシマで寝てやがんだ?」
「す、す、すみません」


 あの場合、英語でよかったのは、最初に登壇した15歳女子と室伏だけである。残りの人は、日本語で心を込めて語りかけてしかるべきであった。首相の視線がカンニングペーパーに釘付けになっていたり、英語がそれほど上手とはいえないスポーツ選手が高校のスピーチコンテストみたいな、取ってつけたようなポーズを恥ずかしそうに交えて語ったのでは、違和感と嫌悪感はさらに増幅されたはずである。
 

 マドリードの意外なほどの健闘には、「サマランチ同情票」が基礎としてあったのだ、それは事前にある程度つかめていたはずだ、と新聞に報じられていた。ならば、まるで英語にコンプレックスでもあるかのような「ひたすら英語」のプレゼンテーションが不利なことは明らか。英語国民の票ばかりではないのだ。どうせスピーチコンテストのような有り様になるなら、ある者はスペイン語で、ある者は中国語で、ある者はロシア語で、ある者はイタリア語で、オリンピック5つの輪のように、世界のさまざまな言葉で語りかけるべきだったのである。
 

 英語帝国主義をそのまま肯定し、「アメリカ様バンザイ」と叫び、アメリカ言語への絶対服従を示す態度は、IOCという国際社会ではプラスにはならない。ブラジル大統領は、キチンとポルトガル語で語って勝利をつかんだ。国際社会は、英語が便利だから仕方なく英語をつかってはいるけれども、実際には英語だらけの現状を嫌悪しているのだ。そういうことを、英語が得意で、世界を英語だけで渡り歩いている人間は、なかなか理解できないのである。

 

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(危機を内包した平穏 1)


 昨日の(3)「環境を人質にとったと取られかねない招致戦略」であるが、国連での鳩山演説が好評だったのを受けて、「オリンピックも環境で」と舵を切ってしまった。これは明らかに失敗。ただし「IOCは国連ではない」という話ではない。むしろ、IOCも国連も心情は同じ。問題なのは、「25%削減します」と宣言しただけで、実際の削減実施についてはまだ目覚ましい実績のない日本が、いかにもすでに環境超先進国であるような顔をして「世界を環境面でリードする、オリンピックもその一環」というような態度をとったのが嫌気されたように思う。


 場面はIOCなのだから、オリンピックの規模縮小を感じさせるような主張は控えるべきである。ずいぶん「コンパクト」「コンパクト」と連呼し続けたようであるが、果たしてコンパクトであることが、東京への投票を訴えるためにどんなプラスになるのか、よく理解できない。


 熱気とか、情熱とか、世界の人々が一堂に会してスポーツで大いに盛り上がろうではないかとか、そういう祭典の華やかさに水を差すような発言を繰り返しておいて、「だから東京」というのはおかしいのである。環境だ環境だ、コンパクトだコンパクトだ、そう繰り返せば繰り返すほど、環境を人質に取って祭典を脅し取ろうというように誤解されたのではないか、そう感じてしまうのである。

 

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(危機を内包した平穏 2)


 最後の(4)「戦術としての情報リークの欠如」であるが、最終プレゼンテーションの4日前だったか5日前だったかの朝日新聞夕刊3面に「リオ、20%の得票は確保との報道」という記事があった。こういうのが、戦術としての「情報リーク」である。このあたりから、何だか「リオで決まりかな?」という気分がマスコミは一斉に動いたように思う。


 誰でも「勝ち馬に乗る」が好き。ガセネタでもなんでもいい、「どうもあそこが勝ちそうだ」というウワサが流れれば、特ダネを求めてマスコミは群がるものである。「リオが勝ちそうだ」という情報リークで、リオに取材が集まれば、取材が集まっただけのことで、ますます「リオが勝ちそうだ」というウワサの信頼度が上がる。信頼度の上昇したウワサは、ウワサではなく情報である。情報は、テレビなりネットなりを通じて、投票権のある委員の目にも耳もはいる。


 この程度のことで、十分多くの票が動くのである。少なくとも「第2志望はリオ」ぐらいには動く。こんな基礎的な情報操作は、シカゴだってマドリードだってやったに決まっている。東京は、やったかどうか知らないが、そのやり方が下手、またはそこだけ余りにバカ正直だったのである。


 予備校講師なら、勝負どころの夏期講習や冬期講習の申し込み前に、まったく同じようなことをやっている。パンフレットの宣伝文を見て、「満員御礼」とか「昨年はすぐに締め切った」「昨年度の最速締め切り講座」とか書いている講師、自分で「キング」「帝王」「奇跡を起こす」「伝説」「的中」の類いの言葉を乱用するヒト、大した根拠がなくても、不安に駆られている生徒はそういう講師の講座をついつい申し込んでしまう。そういうのと、大して違わないのだ。


 いまだにマスコミでは「有名人がプレゼンテーションに来なければダメだ」「皇太子ご夫妻がいらっしゃらなかったから負けた」とか、そういう議論に終始している。しかしそれが愚かなのは、「オバマ夫妻がきても1回戦負け」で、すでに明白であるはずだ。まして「ロビー活動が下手だ」「外国人へのアピールに慣れていない」「ハグとか、握手とかができなくて、それで負けた」では、中学生の生徒会長選挙みたいである。


 2020年、東京がまた立候補するだろうし、広島を推す声がこれからたくさん出てくるだろうけれども、ま、またみんなでいろいろ考えて「がんばっていきまっしょい」でござるな。

1E(Cd) John Coltrane:AFRICA/BRASS
2E(Cd) Candy Dulfer:LIVE IN AMSTERDAM
3E(Cd) Hungarian Quartet:BRAHMS/CLARINET QUARTET・PIANO QUINTET
4E(Cd) Richter & Borodin Quartet:SCHUBERT/”TROUT” “WANDERER”
5E(Cd) Harnoncourt:BEETHOVEN/OVERTURES
6E(Cd) Bernstein:HAYDN/PAUKENMESSE
7E(Cd) Richter & Münchener:BACH/BRANDENBURGISCHE KONZERTE 1/2
8E(Cd) Richter & Münchener:BACH/BRANDENBURGISCHE KONZERTE 2/2
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