Sat 090829 ニューヨーク滞在記12 メサイアを聴く 立ち上がり、喝采し、すぐ帰る人々 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 090829 ニューヨーク滞在記12 メサイアを聴く 立ち上がり、喝采し、すぐ帰る人々

 そういう経験があったから(スミマセン、昨日の続きです。なお、もう「ニューヨークなんかウンザリだ、早く予備校講師の身辺雑記が読みたい」というカタのために予告しますと、ニューヨーク滞在記はあと1週間ほど続きます。そのあと「身辺雑記」に戻りますので、辛抱強くお待ちください)「今度こそ」という思いで、もう1度リンカーン・センターに出かけ、ヘンデル「メサイア」を聞くことにした。ただのメサイアではない、ニューヨークのクリスマスのメサイアである。ニューヨークまで航空券を買って、ニューヨーカーに取り巻かれて、クリスマスの真っただ中に、メサイアを聞く。うお、である。

 

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(再びリンカーンセンターで 1)

 

 まあ「高学歴」だと言い張れば、クイズ番組に出ずっぱりの「高学歴タレント」と同じ程度には高学歴のオジサンで、かつてシューカツの履歴書に「趣味:読書・演劇」と恥ずかしげもなく書き込んだ、そのなれの果ての中年ツキノワグマとしては、「こういうメサイア体験をするためにニューヨークに飛びました」とデカイ声を出してみたいのである。デカイ声を出すために、今日こそはクロークにコートを預けずに、ニューヨーカーのマネをしてあったかくモクモクしながら、ぬくぬくメサイアを楽しんだ。


 しかしやっぱりこの年のニューヨークのクラシックホールは寂しかった。ヨーロッパみたいにオバサンのガバッと開いた恐るべき胸を見ないですむのはありがたかったにせよ、ウィーンやミュンヘンならそこいら中でシャンペンに葉巻で談笑している姿が見られるのに、ニューヨークではモクモクしたまま冷たいサンドウォッチとコーヒーなのである。ワインだって、売店に並んで買った安いスクリューキャップの1/4ボトルから、2~3人でプラスチックのコップにトクトク分けて寂しく飲んでいる。

 

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(再びリンカーンセンターで 2)

 

 ただし、演奏が進んで「ハレルヤコーラス」が始まった瞬間には、鳥肌が立つほど感動した。関西には、鳥肌を「サブイボ」と呼ぶ地域があるらしいが、あれはまさにサブイボ。おお、あと残り30分ぐらい、「ハーレルヤ!! ハーレルヤ!! ハレルヤ、ハレルヤ、ハレーエルヤ!!!!」が始まったその瞬間、満場の聴衆が全員、一斉に立ち上がったのである。おお。うお。がお。これぞニューヨーク、これぞクリスマス。ニューヨークに「飛んだ」だけのことはあったのである。3階の安い席ではあったけれども、今井君も同じように立ち上がってハレルヤコーラスを「満喫」し、「ハレルヤ、クモルヤ、アメモフル!!」と絶叫(もちろん頭の中で)したのだった。

 

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(再びリンカーンセンターで 3)

 

 しかしその直後に、今度は「いくら何でもこりゃヒドすぎる」という事件が続いた。「ハレルヤコーラス」が終わるや否や、今度は聴衆が一斉に帰りはじめたのである。no sooner … thanというか、The moment S + Vというか、scarcely … beforeというか、そういう構文で語りたくなるほど「 … や否や」なのである。


 アリャリャ? 「メサイア」はまだまだ続くのだ。まだ15分はあるはずだ。最後に拍手もしなければならないし、アンコールとか、その他いろいろクラシック独特の礼儀だってあるはずだ。こんなにゾロゾロ帰っちゃっていいの? みんな、帰っちゃダメだよ。チャンと残って、最後まで聞いてあげなくちゃダメだよ。クマさんは思わず立ち上がって、みんなの前で「とおせんぼ」、もちろんしませんでした。

 

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(5番街付近で 1)

 

 ま、考えれば仕方のないことである。メサイアの残り部分にどのぐらいの価値があるか、それは音楽の専門家に任せておくとしても、すでに真夜中を過ぎ、日付は変わっている。外の気温はマイナス10℃近くまで下がっている。クリスマスの光の氾濫だって、この時刻になればどんどんパチリパチリとスイッチを切られてしまう。地下鉄は、終夜運転とはいえ、「安全になった」とはいえ、午前1時の地下鉄に乗って家路につくのはさすがに恐怖を伴うだろう。一刻でも早く帰りたい、いつまでも退屈を我慢して残っている他の客を出し抜いて、自分だけ巧妙にタクシーをつかまえて安全を確保したい。そういう思いを理解できないこともない。


 それでも、4割ぐらいしか残らなかった聴衆とともに今井君も最後までしっかりメサイアを聞いて、アンコールもあって、やがて閑散としたホールを抜けて外に出た。出た途端に鼻が真っ赤に染まるほどの寒さである。雪もちらついている。午前1時が近い。ホテルまで徒歩で30分ほどであるが、ここは意地でもタクシーを止める。

 

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(5番街付近で 2)

 

 ニューヨークのタクシーは、半端なことでは止まらない。そのことがドラマのテーマになるぐらいである。一緒にホールを出てきたニューヨーカーたちもタクシーが止まらずに苦労している。しかし、タクシーを止めることにかけては、東洋の片隅から飛んできたこのツキノワさんはまさに百戦錬磨。この15年の予備校生活で、止めたタクシーの数しれず、払ったタクシー代は計算できないほどである。


 こういうのは、要するに気合いの問題なのだ。遠慮がちに手を上げて止まるものでないならば、全身で道路に乗り出し、両手を広げ「止まらぬなら、殺してしまえ」「止まらぬなら、止めてみしょう」と、信長なり秀吉なりになりきれば、タクシーぐらい確実に止まるのだ。ほーれ、最初にきたヤツをゲット。はっは。がっは。まさに名人芸である。なぜかキチンとターバンを巻いた、アラブ系のドライバー。板垣退助みたいなヒゲのおじいちゃんである。ホテルまでずっと、ケータイで仲間とアラブ系の言語で何だか不気味な雑談を続けているのだった。