Mon 090824 ニューヨーク滞在記7 むかし恐ろしかったニューヨーク地下鉄のこと | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 090824 ニューヨーク滞在記7 むかし恐ろしかったニューヨーク地下鉄のこと

 縦横無尽に走る地下鉄も、20世紀の半ばに完成されたままである。昔は「怖いもの」の代表格だったはずのNY地下鉄だが、2007年12月現在、金融危機後の2009年8月現在でも、乗っていて恐怖を感じることはほとんどない。確かに乗客は、中東系・メキシコ系・ブラジル系・インド系・アフリカ系・中国系・イタリア系ばかりである。Uptown/Downtown方向に南北に走るA/B/Cラインや1/2/3号線ならともかく、クウィーンズの方に向かって東西に走る地下鉄はどれもみんな、すでにラテン系とインド系の天下になっている。

 

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(地下鉄1号線ホーム)
 

 セントラルパークの直前で大きく右折する「Queen’s bound」のFラインなど、アフリカ系の姿さえ少ない。どこにでも必ず見かける中国系の顔もない。むかしむかしニューヨークを支配したはずのWASPの姿なんかどこにもない。SATCの中にも「WASPって、どこに消えたの?」というセリフがあったが、少なくとも地下鉄の中ではWASPは過去のもの、あるいは絶滅危惧種である。最新の車両にラテン系とインド系の顔ばかり乗せて、電車は西に向かってひた走ることになる。「ここはメキシコシティーです」「ここはムンバイです」と言われても、信じる人は少なくないかもしれない。

 

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(通過する急行電車)

 

 しかし、だからといって「地下鉄が危険」ということはない。インド系やメキシコ系やアフリカ系に囲まれていても、こっちだって東アジア系のヒゲのはえたクマでしかない。地下鉄に乗っていて、周囲の人間が怖いと思うことは少ない。怖いのは、地下鉄それ自体が20世紀の亡霊のように思えること、20世紀というより、第2次世界大戦時の繁栄の亡霊のように思えることである。「20世紀ダンジョン」みたいなもの、と言っていい。

 

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(フルトン・ストリート乗り換え)

 

 錆びた鉄骨、大きく揺れながら喘ぐように走る電車、ところかまわず天井から漏れる水、溝を走る巨大な鼠、暗い照明、効率の悪い乗り換え、大昔のおどろおどろしい落書きの後、傷だらけのプラスチックの座席、何十年にもわたって人々がこぼしたコーラやコーヒーやジュースやガムがこびりついてネバネバする床、それが真冬なら、あちこちから路上に向かって噴き上げる正体不明の大量の湯気、これ以上列挙していてもキリがないが、そうしたもの全てが、20世紀の繁栄の亡霊のようにみえるからこそ、地下鉄は怖いのである。

 

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(Aライン、コロンビア・ユニバーシティ駅)

 

 ただし、空港から都心に向かってブルックリンを1時間横断している最中だけはさすがに緊張する。空港循環線からAラインに乗り換えて、「貧しい」というのではなくて20世紀中頃のままの町並みにショックをうけながら、東京とは比較にならないほど照明の薄暗い地下鉄に乗っていく。クレジットカード3枚、現金約800ドル、高く売れる日本人のパスポート、いろいろヤバいものをポケットに入れた状態。


「デカいスーツケースを引きずった、どう見ても素直でかよわい日本人旅行者ですよお!!」
「悪者さん、もしいたら、ここに格好の獲物がいますよお!!」
「おーい、ここにカモがいますよお!!」
と看板を掲げたような有り様である。これで獲物の立場である自分が緊張しないはずはない。ここで何かあったら、せっかくの10日間が全て台無しである。

 

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(ブルックリンブリッジの近くで)

 

 2007年12月18日のニューヨーク入り直後、ちょうどブルックリンの真ん中あたりで、酔っ払って足元のおぼつかないアフリカ系の60代ぐらいのオジサンが、まるでおおいかぶさるようにデカい身体をおしつけてきて、まあそれなりに肝を冷やしたが、酒臭く、また限りなく汗臭いこのオジサンは、要するにただの酔っ払い以外の何者でもなかった。