Mon 090629 一年ぶりの有楽町ガード下 客に注意する店・工夫しすぎの店 無意義な誕生日 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 090629 一年ぶりの有楽町ガード下 客に注意する店・工夫しすぎの店 無意義な誕生日

 しかし、考えてみると、金曜の夜である(あいかわらず、昨日の続きです)。銀座4丁目から左に曲がって、数寄屋橋でタクシーを降りると、銀座も(というか、これは有楽町であるが)一昔前の混雑を取り戻している。テレビの報道よりも一歩早く、少なくとも東京の真ん中では景気は底打ちして、会社勤めの人間たちは金曜日の夜を十分楽しんでいる様子である。ただし、夜10時半の段階で、彼ら彼女らの足はすでに帰りの電車に向かっていて、人の流れは圧倒的に有楽町駅方面へ。バブルの絶頂期も、ミニバブル絶頂期も、人の流れが有楽町駅方向になるのはあと30分ぐらい遅かったように思う。ついでに言うと、男子のワイシャツ姿が目立つ。バブルでもミニバブルでも、男子はどんなに蒸し暑くても意地でも上着を脱がず、アルマーニだのゼニヤだのの上着でヤセ我慢をしていたものだ。帰りの時間が早いのと、ワイシャツ姿が多いのが、まだ景気の底を打ち切っていないサイン。それにプラスして、この時間になっても圧倒的に女性の比率が高いのは、明らかな時代の変遷の証拠である。


 「夜の銀座」ということになれば、知っている店がないこともないのだが、どの店もだいたいイヤな記憶が絡まっている。残念ながらこの年齢になれば、さすがに銀座でも何でも、いい思い出ばかりとか、「銀座」「六本木」というだけで気持ちが高まるとかとか、そういうことはなくなってしまうのである。「楽しい記憶のみ」と断言できるのは、どうしてもガード下の焼き鳥屋ぐらいであり、しかも最初から「ガード下に行こう」と決めて来たのだから、有楽町駅に向かって逆流する人並みをわけて新橋の方向に向かった。


 ガード下も、営業時間が早まってしまったようである。どの店も「そろそろ終わりますよ」という雰囲気を前面に出している。鈴なりになったお客たちもやっぱり「そろそろ帰るか」という感じで、酒も焼き鳥も少し急ぎ気味でどんどん口に運んでいる。2~3軒、可哀想になるぐらいにガラガラの店もあったが、その他はみんな変に満員、立錐の余地もない。客の選択眼が厳しくなったし、「どうしても、意地でも、何が何でもガード下」という観光客も多くなっているようだ。

 

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(有楽町ガード下「スタミナ!ホルモン道場」)


 いつもの店が満員だったから、その向かいの「スタミナホルモン道場」という看板を上げた店のテーブルに座る。店の人間のほうが威張っていて客の注文の仕方にいろいろケチを付けてくるような「道場」という感覚は好きではないが、まあこの店は(おそらく閉店直前という忙しさと面倒臭さもあったのだろうが)そういう威張ったところはなくてよかった。最初にトロを注文するとムクれる寿司屋、蕎麦を注文すると「変なモノ食うな」という顔をするうどん屋、そういうのは面倒である。大阪は大好きだが、東京弁を使うとケチをつけてくる店には閉口する。道頓堀のお好み焼き屋でうっかり「揚げ玉」と口走ったら、店のオバハンが「アゲダマ、ちゃうで。天かすや」と真顔で修正してきたことがあったが、そういうのはプロ失格である。注文したものを黙って持ってきてくれて黙って飲ませてくれるのでなければ、もてなしでも何でもない。日本酒を頼むと何でもいいから「辛口がいい」と思い込む居酒屋、これは素人である。

 

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(東京ドーム、試合終了直後。家路につくと思われる、素直な人々)

 何でもいいからヒト手間かけようとする寿司屋もいけませんね。こっちは普通の軍艦巻きでウニが食べたいのに、ノリも巻いてくれず「塩でサッパリ仕上げました、甘味を味わってください」などというのが出てくると「何てことしてくれたんだ」と叫びたくなる。せっかくトロを楽しもうと思っていると、いきなりガスバーナーを取り出して「軽くあぶって余計なアブラをとりました」とか、またまた「何てことしてくれたんだ」である。余計かどうかは、客が判断することである。シメにカッパ巻きを頼むと、せっかくのキュウリに無数に縦の切り目を入れて歯ごたえを全てなくしてしまい、ゴマを混ぜ、シソを混ぜ、ちっともカッパでも何でもない冷やし中華みたいな味の物を出して「カッパでござい」という。こういうのは、寿司屋失格である。

 

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(ガード下。OLグループと外国人客が目立つ。隣りはOLグループ、向こうはメキシコ人グループか。スペイン語が聞こえていた)

 で、蒸し暑い路上のテーブルで、瓶ビールと日本酒を同時に注文し、枝豆、焼き鳥盛り合わせ、ついでにこの暑いのにわざわざモツ煮込みを注文する。こういう店の「生ビール」は、下手をすると発泡酒である。しかもヌルいこともありうる。蒸し暑い路上で飲む最初のビールが生温いこと以上に破滅的・破壊的・絶望的な出来事はなかなか考えられない。こういう店では、特に一杯目は、瓶ビールのほうが確実であり、確実にギンギンに冷えている。ギンギンに冷えた瓶ビールで、すっかり味がシミこんだモツ煮込みの「いったい何年何ヶ月煮込んだの?」という濃すぎる味を洗い流す瞬間は、まさに至福である。


 23時を過ぎて、ラストオーダー。蒸し暑いぶん、かえって熱いモツ煮込みが旨くて3人前をペロリと平らげ(というよりほとんど飲み込んだのであるが)、30分ほどの間に、ビール1本、ヌルい生ビール2杯、ヌルい日本酒2杯を飲みほし、ヌルい酒は回るのが早いから、さすがにそろそろ限界が来て、うーん、そろそろ退散することにした。こうして、元来なら「砂に枯れ木でサヨナラ」と書いたり、書き初め用紙に決意を書き出したり、そういうことをして有意義に過ごさなければならない誕生日は、西麻布の白ワイン、東京ドームの生ビールと日本酒、有楽町ガード下の瓶ビールと日本酒にまみれ、安いアルコールで血管が一杯になった状態で過ぎていった。

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