Fri 090626 西麻布・スペイン料理の「どんぐり」 下品なクマどんに、1品1品が上品すぎる | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Fri 090626 西麻布・スペイン料理の「どんぐり」 下品なクマどんに、1品1品が上品すぎる

 で(昨日の続きです)、誕生日の夜に西麻布に繰り出して、どういう羽目の外し方がいいかいろいろ考えたのであるが、なかなか決断に至らないうちに時間ばかりが過ぎていく。まさか「また熊の肉」というワケにも行かないだろう。つい3~4日にたらふく食べたばかりで、店の人だって「コイツはホンモノの肉食獣ではないか」「THRILLER!! THRILLER NIGHT!!」と困惑するだろうし、いつもいつも同じものを食べていたのでは、ちっとも羽目を外したことにならない。手持ちの駒としては、六本木ヒルズの麓の「イラン料理」、北青山イチョウ並木の前のトルコ料理「ハレム」(この名前はかえたほうがいいと断言できるのだが)など。ただし、いかにもダチョウ倶楽部が納得のいかない顔で取材に訪れそうな店(3日前の記事参照)ばかりで、せっかくの誕生日に「あえて、そこかねえ?」というデカイ疑問符がつくのだった。
 

 というわけで、何となくそこにあったスペイン料理屋に入ることにした。店の名前は「どんぐり」。何だか、中途半端な童話のタイトルみたいな店である。ドングリだけ食べさせたイベリコ豚の専門店だから「どんぐり」なのだが、正直言って名前をもうヒトヒネリしないと余りはやりそうに思えない。「10分後に行くから」とモッタイをつけて予約の電話を入れたところ、「20時半までなら席が空いている」と、相手も負けずにモッタイをつけてきた。モッタイをつけ慣れている私みたいなイヤらしいヤツは、こういうモッタイのつけかたをする店はだいたいにおいて、実際に出かけてみるといくらでも空席があるのが常であるのを知っている。


 塾なんかで「締め切り迫る!!!」「残席わずか!!!」「若干名募集!! 少数精鋭主義!!!」みたいなのは、多くの場合「少数しか集まらないから、仕方なく少数」なのである。試しに行ってみると、精鋭でも何でもない生徒たちが「若干名」、もともとわずかしかない席で、広告ではいつも「迫って」いるはずなのに、実際には「迫った」ことなんか一度もない締め切りのことを、ニヤニヤ笑いながらあきらめ顔で話し合っていたりするものである。


 で、「どんぐり」に1番乗りしてしまった我々は、誰もいないガランとした店の1番奥に通され、「合コンにも利用可」という薄暗く怪しい個室の隣りの席に陣取って、「ぐるなびクーポン」で無料になる「ファーストドリンクお一人様一杯ずつ」で、オジサンの定番通り生ビールから始めることになった。


 おお、何とも平凡きわまりない。THRILLER NIGHTでもなんでもない。熊でも鹿でもイノシシでも食いまくり、イラン人しか来ないイラン料理屋を襲い、フランクフルトでもマドリードでもロンドンでもミュンヘンでも現地人が驚いて目を剥くほど飲みまくり、パリでもマルセイユでもニースでも「いかにも小うるさいヨーロッパの中年オバサン」が瞬きを1度もせずに睨みつけるほど下品に食べまくる、あのクマさんの誕生日とは思えない。余りにも平凡な幕開けである。


 もちろん、「どんぐり」自体はたいへんマトモな店である。ぜひ誤解せずに、興味があれば皆さまお誘い合わせのうえお出かけ願いたい。場所は西麻布の閑静な裏通り、自制のきかない酔漢の叫びや怒鳴り声とも、OLや女子大生の集団の嬌声とも完全に無縁である。マトモ、マトモ、これ以上マトモなスペイン料理店はなかなか考えられないほどマトモな店である。15人~18人様限定の「コチニージョ」あたりは、大いに楽しんでもらいたい。要するに「子豚の丸焼き」、子豚が生きているときの姿のママでキレイな飴色に焼かれて出てくるのであるが、残念ながら、クマどんを驚かすにはまだまだなのだ。その程度なら、マドリードでもセゴビアでも、そこいら中のスペイン人が当たり前の顔をして、家族4~5人でペロリと平らげていたし、クマどん自身も似たようなことをしてきた。


 何と言っても、1品1品が上品すぎて、食べた気がしないのである。「タパス」なんか、全部一口で終わってしまう。オリーブの瓶詰めを1晩に3瓶も平らげてしまうクマどんの目の前に置かれた「オリーブ盛り合わせ」は、たったオリーブ8個(ちゃんと数えたのだが)。オリーブ8個とは、クマどんがホテルに帰ってきて、冷蔵庫の缶ビールをプシュっと開けて、一口飲む前に、口に放りこんでムシャムシャ吞み込む分量に過ぎない。チーズも、ハモンセラーノも、ガンバリも、カラマーリも、全部一緒。要するに上品すぎて、誕生日に羽目を外すのに似つかわしくないのである。

 

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(マドリード「コルテ・イングレス」での買い物。この夜はこのオリーブ3瓶とスナックで夕食をとった。すでに一気に飲みほしたビール1本とともに)

 それでも、ワインリストにある数少ない白ワインの中から、思い切って選んだ安い白ワインはなかなか旨かった。「どう旨かったか」をいちいち説明するのは面倒だから、グルメ様にお任せすることにするが、もちろんグルメ様がうんうん唸りながらお飲みになるような高級な代物ではない。要するに旨かったので、旨いものがどう旨いか、いちいち説明するのを野暮の骨頂という。旨いから旨いのだし、旨くないから旨くないので、「ラズベリーのジャムの香り」がよければ、ワインなんかで唸っていないで、ホンモノのラズベリーのジャムを舐めてみればそれで済むし、「干し草の香り」がよかったら、田舎に行って干し草の中で転げ回っているほうが豪快かつ爽快である。

 

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(マドリードの大衆食堂。ぶら下がった生ハムの林の上の2階が食堂になっている。野蛮なイモグマとしては、このぐらい豪快でないと不満である)

 そういう捨て台詞を吐きながら店を出たのは、19時半。入店から一時間しか経過していないが、やっぱりマトモな店なので、19時半でそろそろ混雑しはじめ、他の客も7~8組席を占めている。それなのにさっさと店を出ることを決めたのは「タバコ下さい。マルボロ・ライト」「ついでに、マッチもください」という非常識きわまりない客が、1つ置いて向こうのテーブルにいたせいである。人が旨い飯を食べている時に、タバコ、ましてや火薬の匂いで味覚と嗅覚をまとめて台無しにするような店が今どき存在するとは信じがたい。


 信じがたいのは、あくまで店であって、愛煙家ではない。タバコというものがあり、合法的なものとして販売されているかぎり、人の迷惑にならない範囲でそれを趣味にするのもまた素晴らしい見識である。問題なのは、店内でのタバコや火薬の使用を当たり前のこととして許容している飲食店の存在。そんなことでグルメ様のために旨いものを出しているつもりになられると、迷惑するのは愛煙家も含めて客のすべてである。この店でも、何より大切なのは「喫煙席」「禁煙席」をキチンとつくること。これは間違いない。ちゃんと分煙しないと、いつもいつもこういう冷たい視線を浴びてばかりのタバコファンが可哀想である。