Sun090614 熊の店「またぎ」の酒について 熊の後のカラオケとミスタードーナツ 羅生門 | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun090614 熊の店「またぎ」の酒について 熊の後のカラオケとミスタードーナツ 羅生門

 西麻布の店を出て(昨日の続きです)、カラオケに行きたくなった。まあ、飲み足りなかったのである。熊の肉に夢中になりすぎて、濃い味のカタい肉を懸命に噛んでいるうちに酒を飲むのを忘れていた。こういうことは珍しい。私といっしょに飯を食べたことのある人なら、まさか今井が酒を飲むのを忘れてまで食べるのに夢中になるような旨いものがあるなどとは、ニワカには信じられないだろう。普段なら、周囲が心配するほど飲みに飲むばかりで、「食べる」ということにはほとんど関心を示さないのだ。酒を飲むときは飲むことに集中しなければ、酒が旨くなくなる。食べるのは食べるのに集中しながらでいいのだし、話すなら話すのに集中すればいい、そういう考えである。だから、酒の席で酒を忘れて食べ続けたということは、まあよほど熊の肉が気に入ったのだ。食物連鎖の頂点、クリとドングリと、虫とサカナと小動物と、人間の飲み残したジュースと、人間の食べ残した弁当と、ハチミツと蜂と、そういうものを全部消化した大きな獣の、真っ赤な固い濃厚な肉を味わっていれば、酒はビール1杯と白ワインをフルボトル1本で十分だったのである。


 ただし、「酒があまり旨くなかった」ということも少しだけあったことは、書いておいてもいい。せっかくの熊の肉を堪能させるためなのか、「またぎ」は酒にはあまり熱心ではなかった。ワイン4~5種類、日本酒も焼酎も3~4種類、隅っこに置かれた営業用冷蔵庫で、ぞんざいに冷やしてあるだけなのである。そういう店で赤ワインを口に含んでは「んんんんー」と全身をよじって喜んでいたあの男女4人組はいったい何だったのかとも思うが、思えばあれは「持ち込み」だったのかもしれない。


 西麻布、六本木、恐るべし。店に置いてあるお酒なんかあてにしないで、せっかく混浴温泉の話とタケノコ&キノコ盛り合わせで「知人女性」を盛り上げようとすれば、きっと自宅から「とっておきワイン」or「勝負ワイン」を店に持ちこんで「マスター、これ、ちょうどいい温度にしといて」みたいなことをするのである。おお、んんんんー、である。そういう行動が当たり前、むしろ知らないほうが悪い、ワインを店任せにするなんておハナシにならない、そういう発想と行動が身についている予備校講師なんかも、2~3名知り合いでないこともない。

 

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(痛々しい引っかき傷のある右手、その加害者の白い獣)


 おそらくそういうことなので、店に置いてあった白ワインはあまり旨くなかった。お隣の男女4人組は、シャンペンのボトルをあけて、シャンペンとキノコ盛り合わせとタケノコ盛り合わせで「んんんんー」をやっていた。シャンペンも持ち込み、その後の赤ワインも持ち込み、おお、んんんんー。せっかくなら、キノコもタケノコも肉も全部持ち込みにすりゃいいのに、そういうことを言い始めるのは、素人の嫉妬である。西麻布やギロッポンをうろつくような不良中年は、持ち込み、同伴出勤、その方が普通。そういう人は熊やイノシシやキジや、そんな野蛮なものを口にして3分も4分もムハムハ噛んでいたりはしないのだ。


 思い出してみると、日本酒も1本飲んだ。まだあまり慣れていないアルバイトの女性で、「お燗してください」と言ったら、2分ぐらいして店の奥のほうで、遠慮会釈のない「チーン」の大きな音が響いた。運ばれてきた日本酒からは、凶悪な湯気が立ち上っている。店員さんも可笑しそうにニコニコ笑っていて、徳利を白い濡れタオルで包み、それでもやっとのことで持っている、持ちこたえている、という風情。案の定、ちゃんと煮立っている。ついさっきまで100℃でした、チーンからここまで運んでくる間に、惜しくも96℃まで下がってしまいました、そういう酒である。それを大きなサカズキに2杯、急いで飲みほしてから、ベテランらしい別の店員さんを呼び、「すいません、このお酒、煮立っちゃってて飲めないんですが、少し徳利に注ぎ足して冷ましてくれませんか」と注文。生きたクマは、こうやってサカズキ2杯分マンマと無料でせしめて、殺された熊の仇を取った。

 

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(獣への、獣による、獣のための復讐 拡大図)


 まあ、そういうふうで、「飲み足りない」という切実な思いの中、酒を飲むためにカラオケに入る。入る前にカラオケ店の傍にミスター・ドーナツを発見。そういえばこの頃ミスター・ドーナツのドーナツを食べていない。矢も楯もたまらず、「ポンデ黒糖」と「ポンデナントカ」を食べたくなり、何だか知らないがポケットの中に500円玉1個を発見、500円玉1個で買えるだけポンデナントカを買い込み、鞄の中にそっと静かに、しかし力ずくでそれを押し込んでカラオケ店へ。「飲食物の持ち込みはご遠慮ください」だから、持ち込むにはちゃんと「ご遠慮」しなければならない。まあ、いいじゃないか、持ち込んでも、食べなきゃいいのだ。持ち込んで、そのまま持ち出して、店を出てから食べる分には、それはそれでちゃんとした「ご遠慮」なのだ。


 カラオケ店で、またまたまずい白ワインをボトル1本注文し、そうやって酒を確保してしまえば、あとはもう安心しきって歌いまくるだけである。ただし、普通のカラオケにはもう飽き飽きしている。カラオケ歴20数年、すでに30年に近い。最初は、カセットテープを1曲ごとに入れ替える方式のカラオケだった。国分寺のスナックで明け方近く、河島英五「酒と泪と男と女」を歌ったのが最初。おお。すでに日本史の領域だ。受験生諸君なんか生まれてもいない大昔から、接待する側、される側、チヤホヤしたりチヤホヤされたり、付き合ったり付き合わせたり、長い歴史を刻んできた。もう、普通に歌うカラオケなら、ウンザリの領域である。

 

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(イノシシ宮殿の思い出)


 だから、馴染みのマトモな歌を4~5曲歌ってしまえば、あとはもうメチャメチャがいい。「メチャメチャ」とは、「どんパン節」「秋田音頭」「慶応義塾大学校歌」「若き血」「早稲田大学校歌」。なぜか早稲田の応援歌「紺碧の空」がなかったし、「コンバットマーチ」もなかったから、腹立ちまぎれに「秋田大黒舞」「誰か故郷を思わざる」「東京ららばい」「異国の空」「東京ナイトクラブ」「桑港(これで『サンフランシスコ』と読みます)のチャイナタウン」など、滅多な人間の歌えない珍曲を熱唱して、3時間ほどを実に爽快に過ごした。もちろん、熊をたらふく食ったクマの声量は、もうタダゴトではない。途中から、すでにマイクなんか持ってはいない。マイクなんかに頼って軟弱に歌うなら、最初から熊なんか食べたりしない。というわけで、店を出たのは真夜中すぎになっていた。


 ドーナツの行方は、誰も知らない。