Thu 090611 クマの気迫に火がついた瞬間 講師の予習は「削ぎ落とす」ためのものである | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Thu 090611 クマの気迫に火がついた瞬間 講師の予習は「削ぎ落とす」ためのものである

 そこで(前回の続きです)、クマの気迫に火がつくのである。気迫はまず、「丁重さの喪失」から始まる。本来なら「本館の先生方」はみんな大先輩であって、敬意と丁重さの対象でなければならない。しかし、ここから先は(少なくともクマさんの中では)完全に対等のライバルである。力でも立場でも全く勝負にならないほど向こうが上。しかもツチキンビルというのではアウェーもいいところ。この状況で敬意だなんだと上品なことを言っていたのでは、勝てる見込みなんか完全にゼロである。で、気迫に火がついて、豪快な戦いが始まる。まず、「ツチキンビルであることの不当さ」を生徒たちに訴えかけた。授業の冒頭、初対面の新人講師の第一声が「なぜ、オレたちは本館ではなくてツチキンビルなのか?」というのでは、さすがに生徒たちが呆気にとられたのも当然である。


 ま、彼らが待っていたのは、遠慮がちな自己紹介とか、「新人ですが、一緒に力をつけていきましょう」とか、ウケないギャグの連発で教室全体が凍りつくとか、「オレは画期的な方法論を展開する、だからテキストは使わない、まずプリントを配るぞ」というありきたりでウザクてメンドイだけの「熱血ぶり」「型破り気取り」か、その程度のことだったのだ。そこへ「なぜツチキンビルなのか」である。同じことは、駿台の「S館」や「研修館」でも話した。話が激烈になればなるほど、当時の生徒たちは盛り上がった。あれから15年、生徒たちはずいぶん大人しくなってしまったから、こういう激烈な話にはついてこなくなったかもしれないが、昔は違ったのである。


 なぜ西校舎か、なぜ新館か、なぜツチキンビルか。だから自分たちはどう努力し、どう状況を変え、どう逆転し、どう勝ち誇らなければならないか。呆気にとられた生徒たちは目覚め、顔を輝かせ、机に両腕をついて聞き入り、最後には大きな拍手が起こった。「ツチキンビル?新人講師?はっ!!! 別にいいだろ。悪いけど、本館の生徒たちが大挙してこっちにモグリにくるぐらいに盛り上がってやろうぜ」という気迫は、幸いなことに生徒たちにしっかり伝わった。今なら嫌われるかもしれないこういう気迫が、当時はしっかり通じたのである。

 

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(入りきらない)


 というわけで、6月頃からは「研修館」「ツチキンビル」「南校舎」の全てが満員。本館担当の有名講師が「今年は、生徒がたくさん抜けるんだよなあ」と嘆くほどに、こっちにモグらせてやった。「このテキスト、生徒が切っちゃうんですよねえ」と先輩講師たちがグチりあっているのをエレベーターの中で聞きながら、「切ったんじゃなくて、こっちにモグってるんです」と言ってやりたくてたまらなかった。以上はすべて自慢であるが、若手の講師にはこのぐらいの気迫がほしいところである。どうせ予備校の講師なんかになったのなら、変に遠慮がちにして妙に礼儀正しくしているより、このぐらいヤンチャであってほしいのだ。


 ただし、ヤンチャならすぐ満員になるというわけにはいかない。もう1つの必須条件は「徹底した予習」である。もちろん、その予習の仕方を間違ってもらっては困るので、講師の予習は常に「何を削除するか」「何を教えないで済ますか」でなければならない。「問題を解いてみるだけ」「英文を辞書を引きながら訳してみるだけ」は明らかに論外。まあそこまでひどい講師は、講師失格だから、早めに転職を考えたほうがいい。問題なのは「何でもかんでも教えたくなる講師」である。いやあ、さすがに英語の専門家(正確には、タッチの差で専門家になりそこねたヒト)だから、大学入試レベルの易しい英文をテキストにしてでも、教えたいことは山盛りてんこ盛りである。まさにキリがない状態、生徒に伝えたいこと、教えておきたいこと、1行ごとに「これは教えなきゃ」と絶句するほど重要な事柄が目白押しで、とても90分授業で4ページも5ページも進めるものではないのだ。


 「徹底した予習」とは、その中から「絶対に省いてはならない事柄」だけを抽出して、残りを全て削ぎ落とす努力。「教えたい、教えたくてたまらない、しかし今回は省略しなきゃ」という事項を決めていく、血を流すようなつらい努力のことである。もしそれをしないなら、語学の講師なんか、この上なく気楽な職業である。「辞書を丸暗記しなさいね」と言えばそれでいいのだ。分厚い辞書の中から「これも教えない」「教えると生徒が混乱しかねない」「大学受験の段階ではこれは必要ない」「一番下のレベルのクラスでは、これとこれも省かなきゃ」「教えたいけど、我慢」という削ぎ落とし作業こそ、予習のあるべき姿である。そういう努力をしないと、生徒の力を伸ばすことはできない。

 

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(なにか、ご不満でも?)


 マジメすぎる先生方にはこれができない。教えるべき事柄を全部教え、伝えるべき事柄をすべて伝えないと、自分が誠意を犠牲にして人気取りをしているように誤解してしまうのだ。代ゼミにいた頃に、「スゴくマジメないい先生なのに人気はイマイチ」という方のテキストを盗み見したことがあったが、うお、ありゃものすごかった。全てのページが赤とブルーとグリーンのペンで「塗りたくったの?」と思うほどの書き込みでいっぱい。「もしこれを全部話したら、1冊終わるのに5年はかかるだろう」「5年かかったら、生徒たちはみんな、いっぱしの学者になりそうだ」「もちろん生徒が『切った』りせずに、全てを吸収すればの話だが」というところである。しかしこの先生の人気はずっと低迷。お相撲でいえば「出島」「雅山」という感じ。キャリアもあり、ごく短期間でも大関だった時代もあり、実力もそれなりなのだが、どうしてもグイッと前に出られない。削ぎ落とす努力が欠けていると、自分自身重すぎて身動きが取れないし、見ていても楽しくないのだ。


 こんなふうで、ある程度自分の企業秘密を明らかにしてみたが、気迫と徹底した予習のせいで、講師としての立場は急上昇した。2003年には1週間30コマ(月曜日から土曜日まで毎日90分×5コマ)を達成。月曜日、代々木5コマ。火曜日、名古屋5コマ。水曜日、代々木5コマ。木曜日、横浜5コマ。金曜日、代々木5コマ、土曜日、池袋5コマ。サテラインで全国中継するものが8コマ。さすがにこの激務に疲れ果ててしまい、ちょっと乱暴に戦いすぎて疲労が重なって、翌年からは仕事の量をセーブするようになったが、もし若手や新人の先生でこれを読んでいる人がいたら、必要なのは気迫と「削ぎ落とす予習」だというのが、まあ、先輩にあたるオジサンからのアドバイスだと考えていただきたい。生意気で、済みませんでした。まさに「何サマのつもりだよ」である。ほんと、スミマセン。

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