Tue 090428 「迷い猫、探してください」のポスター 内田百閒「ノラや」のこと | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 090428 「迷い猫、探してください」のポスター 内田百閒「ノラや」のこと

 朝の散歩を続けていると、悲しい光景にも出会うことにもなる。一昨日から、そこいら中の電柱に「迷い猫、探しています」という手製のポスターが貼られている。「工藤」という署名があって、「キジトラの猫がいなくなってしまった、見つけたら連絡がほしい」という写真入りのポスターである。内田百閒の「ノラや」は余りにも有名だが、ペットショップで買った高級な血統書付きの「お猫さま」ではなくて、ごく当たり前に道で出会って、だんだん顔なじみになって、いつの間にか飼いはじめた猫ほど、にっちもさっちも行かないほど愛情が深くなるものである。むかし中公文庫で出ていた内田百閒「ノラや」については、今でもその表紙を見るだけで可哀想で涙が止まらないのであるが、今度はキジトラがいなくなってしまった工藤さんの気持ちを思って悲しくてならない。この1ヶ月で顔なじみになった乳牛柄も、黒猫の親子も、白とグレーのシマ柄も、まだちょっと挨拶を交わすだけの間柄にすぎないから、キジトラがどこに行ってしまったか、聞いてあげることはできない。これからも毎朝の散歩でキジトラに目を凝らして、どうしても探し出してあげたいと決心しながら5時半前には散歩を終えて家に帰る。


 書棚から、さっそく内田百閒「ノラや」を引っぱり出してみる。読んだのは今から20年以上も前のこと。これがキッカケで百閒と付き合いはじめ、何故かちょうど旺文社文庫で百閒の全作品が刊行中で、電通から学究社を経て河合塾で教え始めるまでの4~5年、新刊が出るたびに大いに楽しみに読んだものだった。「旺文社文庫」などというものが存在したことさえ、今では忘れられているのかもしれないが、当時は旺文社の黄金時代の終焉する頃。かつて日本の高校生がほぼ全員受験した「旺文社模試」が進研模試や予備校系の模試に押されて、勢いをなくしはじめた頃だった。


 内田百閒は、昭和30年頃の「ノラや事件」当時、すでに70歳。戦争の傷跡がほぼ癒えて、すっかりいいおじいさんになって、庭に偶然迷いこんできた野良猫にノラという名前をつけて飼うともなく飼っていたのである。随筆の達人で、法政大学や海軍機関学校でドイツ語を教えた元教授で、漱石の弟子で、岡山の造り酒屋の坊ちゃんで、岡山の天満屋と大手饅頭と後楽園の鶴が大好きで、借金の名人で、大酒飲みで、東京大空襲のときにも一升瓶に飲み残した日本酒1/3ほどを右手に、メジロの鳥かごを左手に、B29から雨あられと降り注ぐ焼夷弾の雨の中を悠然と避難した男である。

 

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(中公文庫・内田百閒「ノラや」。おじいちゃんと猫の後ろ姿が悲しい)

 ノラが好きなのは風呂のふたの上で居眠りするのと、寿司屋の玉子焼き。寿司屋の玉子焼きをみると、ツメをたてて飼い主の胸までよじのぼってでも食べようとする。それをノラにあげながら、玉子焼きに夢中なノラの顔を見るのが何より好きというおじいちゃんを想像しただけで、私なんかはもう泣きそうになる(というか、すでに涙がこみ上げている)。だからこそ、たとえ30年も前に読んだ本であっても、いまだにこんなによく記憶しているのである。


 そのノラが、突然いなくなってしまう。毎日雨が降り、竹林にも雨が降り、ノラを最後に見た、庭の片隅のトクサが生い茂ったあたりもすっかり雨に濡れ、それでもノラは帰ってこない。70歳過ぎのおじいちゃんはノラが可哀想で可哀想で、それで毎日泣いてばかりで、とても仕事どころではない。夕食にお寿司をとっても、お寿司の玉子焼きをどうすればいいかわからなくて、また号泣してしまう。法政大学のむかしの教え子たちが、教え子と言ってももう50歳も過ぎたいいオジサンたちなのだが、集まってきてはおじいちゃんを慰め、出版社の編集者たちもやってきて、何とかノラを見つけようと懸命に努力を重ねる。


 内田百閒がその当時生活していたのが麹町。ノラが外国人の家に迷い込んでしまったことも考えて、日本語のポスターばかりでなくて、英語のポスターまで作ってそこいら中に貼って回る。おじいちゃんばかりでなく、すっかりいい年をしたその弟子や編集者たちまでが、とにかく懸命に野良猫一匹を探しまわる。悲しみすぎて、おじいちゃんが病気になりそうなので、編集者が思いついて熊本に取材旅行に連れ出したりする。熊本、水前寺公園、八代、そういう場所をまわり、編集者は何とか百閒の気持ちを猫からそらそうとし、百閒も有名な「千丁の柳」などを車窓に探し求めてノラを忘れようとするが、雨が降ればそれだけでノラが可哀想で涙が止まらない。

 

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(旺文社文庫の内田百閒全巻)


 やがて百閒の庭に、ノラとそっくりの小さな猫が現れる。ノラとそっくりだが、ノラではない。余りに小さいので、ノラが痩せ細って帰ってきたのかとも思うぐらいなのだが、シッポが明らかにノラとは違っている。途中で曲がって、短く切れている。シッポが短いからドイツ語の先生らしく「クルツ(短い)」と名づけて、とりあえずノラの代わりに飼ってみることにする。さらに短く「クル」と呼び、クルはノラと同じくお風呂のふたが暖かくて大好き、寿司屋の玉子焼きも大好き。しかし、やがてクルも同じようにトクサの茂みの向こうから出て行ったまま、帰って来なくなる。


 おじいちゃんが可哀想すぎて、もうこれ以上書いていられない。どうしても「ノラや」を読んでいただくしかない。中公文庫の「ノラや」はノラに関するエッセーをおそらく内田百閒の死後にまとめたものだが、本来の「ノラや」は別にあって、それは生前に百閒自身が編集したものである。いまどこでそれが読めるかわからないが、ちくま文庫あたりで出ている可能性がある。あとは個人全集ぐらいだろうが、図書館で借りてでも読むだけの価値は間違いなくあるだろう。私は今でも法政大学が好きだが、それは年老いた内田百閒を元気づけようと奔走した彼の学生たちが大好きだからである。作家の担当になった編集者だって、仕事のすべてを振り捨ててでも作家の猫を夢中で探し回るような男だったのだ。


 しかし何よりも、今の問題は「工藤さん」のキジトラである。ポスターの写真からして、まあ、たいへん失礼かもしれないが「血統書付きのお猫様」というタイプではない。おそらく道で出会って顔なじみになったか、庭に遊びにきていたのがいつの間にか居着いてしまったか、そういう猫である。それならますますどうしても探してあげたいのだ。おじいちゃんか、おばあちゃんか、もしかすると若い人たちなのか、飼い主はよくわからないが、きっと毎日猫のことだけを考えて、命をすり減らしている。


 ああいうポスターを街中に貼り出せば、「心ない人」というものがどんな街にも存在して、いくらでも嫌がらせの電話がかかってきたりもするのである。人に慣れた猫だと、無邪気な子供たちが「かわいい」「かわいい」と言いながら抱っこしてどこまでも連れて行ってしまって、結局猫だけが迷子になることもある。


 というわけである。早朝の散歩が長くなり、顔見知りの猫たちにも声をかけ、どうしてもキジトラ猫を探してあげようと頑張ってしまうのだが、この3~4日の散歩ではまだ出会っていない。別の猫たちの顔なじみが増えるばかりで、キジトラとは出会わない。大型連休に入ったせいか「悪質な午前様」を乗せたタクシーの数が少なくなったのに気づくばかりである。

1E(Cd) Menuhin:BRAHMS/SEXTET FOR STRINGS No.1 & No.2
2E(Cd) Brendel(p) Previn & Wiener:
MOUSSORGSKY/PICTURES AT AN EXHIBITION
3E(Cd) Akiko Suwanai:BRUCH/CONCERTO No.1 SCOTTISH FANTASY
4E(Cd) Akiko Suwanai:SOUVENIR
5E(Cd) Akiko Suwanai:スラヴォニック
6E(Cd) Wand & Berliner:BRUCKNER/SYMPHONY No.8 2/2
7E(Cd) Nanae Mimura:UNIVERSE
10D(DvMv) GIRL WITH A PEARL EARRING
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