Mon 091228 「…に行ったのに、♨♨♨には行かなかった」 グリューワインとの出会い | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 091228 「…に行ったのに、♨♨♨には行かなかった」 グリューワインとの出会い

 4年ぶりのウィーンだから、初日はmustめぐりに費やすことにして、国立オペラ座からはじめて、Ring(リンク)をのんびり一周してくることにした。Ringは東京の山手線と同じ環状線で、ただし範囲は遥かに小さい。千代田区か文京区か、まあそのぐらいの面積にハプスブルグ以来の歴史的建造物が密集していて、まさに「指輪」である。もしウィーンに1日しか滞在できないのだとしたら、とにかくRingから外に出ないようにしてそこいら中を右往左往していれば、ガイドブックに3つ星で紹介されている名所旧跡のほとんどには触れられる。オペラ座は宿泊先ホテル・ザッハーのお隣だから、ここからメトロ24時間券を駆使して、トラム1号線か2号線でグルッと1周してくればいいのである。
 ただし、それはあくまでマジメに名所旧跡を見学しようという信念に凝り固まった人に限られる。今井どんみたいに、もともと名所旧跡に嫌悪感があって「…に行ったら、♨♨♨だけは見てこなきゃ」とか、その類いのことをうるさく言われれば言われるほど、返ってそこに行きたくなくなるような、そういうヘソ曲がりもこの世の中には(きっと)少なくない(と信じている)。むしろ、うるさくせっつかれると「…に行ったんですが、♨♨♨には行きませんでした」とニヤニヤしながら、相手の驚きの反応を楽しみたくなるのである。

(ウィーン、モーツァルト像)

 もちろん「ええっ、…に行ったのに♨♨♨に行かなかったんですかあ!?」と、愕然として手をワナワナ震わせる相手の様子が楽しいだけなのだから、実際には名所旧跡にキチンと出かけておいて、驚かせるためには軽いウソをつけば済む話である。しかしウソをついて驚かせるのは余り楽しくないから、相手のワナワナをじっくり楽しむためにはそこにウソが介在しないほうがずっといい。だから、「ヒトを驚かせるためにだけ、名所旧跡をあえてカットする」という行動をとることも、ナキニシモアラズなのである。
 「フィレンツェにはもう3度行って、合計すると20日ほど滞在しているんですが、ウフィツィ美術館には行ったことがありません」などというと、日本人ならまず完全に絶句して、「コイツはきっとアホなんだ」と即座に決めてくれる。「パリですか?」とちょっと遠い目をして、いろいろ細かい話なりパリの玄人らしいにも応じておいて、不意打ちor抜き打ちで「オルセー美術館、行ったことありません」「ルーブルねえ。ショップだけは見てきましたけど」などというのもまた楽しい。
 実際にそういう名所旧跡は大嫌いなのだ。ルーブルは、悪趣味である。大英博物館も、大いに悪趣味である。1日や2日、いや1週間かけても全部見て回れないほどのものを狭い迷路のような建物の中に所狭しと展示しておいて、「どうです?凄いでしょ。とても1週間では見て回れないでしょ?」などと大威張りでいうのは、おかしいのである。そういうことをするから、モナリザの前は黒山の人だかりなのに、その周囲の素晴らしい絵画には誰も見向きもしない。サモトラケのニケとミロのビーナスには近づくことも難しいのに、その周囲に並べられた500年前の彫刻なんか、見向きもされないどころか、「この彫刻、歩くのにジャマだよね」とか言われてしまう。

(ウィーン、新王宮)

 「マドリードに行ったのに、プラド美術館を省略」は、日本の知識人の中では「死罪にも値する」と言われかねないが、修学旅行の高校生が50人60人の単位でそこいら中を埋め尽くし、社会科見学の中学生がゴヤの絵の前に40人も座り込み、その教師が大声で説明に夢中になっている横でゴヤの暗く残酷な絵を見ても、あまり大した思い出にはならない。そんなことより、広場の飲み屋でタパスをかじり、安いワイン1本でオリーブ5皿を平らげ、いい気分で午後4時までかかってコチニージョ(子豚丸焼き)と悪戦苦闘を繰り広げ、降参して(食べきれなくて)隣りのテーブルに座ったスペイン人たちに冷やかされるほうが(または食べきって喝采を浴びるほうが)、どれほどマドリードを満喫できるかわからないほどである。

(スペイン乗馬学校でこっちを見ていた白馬)

 というわけで、今回も「ええっ、ウィーンに行ったのに♨♨♨には…」というニヤニヤ笑いは外したくない。オペラ座から新王宮を目指し、モーツァルト像の写真をとり、アルベルティーナからスペイン乗馬学校を回って、王宮に出るところまでは「いかにも名所旧跡巡り」の姿勢を堅持したが、ついに王宮前まできて「怠け者のクマどん」「おフザケやのクマどん」の本質を一気に引き出してしまう屋台に遭遇。ここでマジメな名所旧跡見学の道はプッツリ途切れてしまうことになった。「オペラと、美術館」、そういうマジメな見学の方向性をカニ蔵くんから奪い取ってしまったのは、王宮前で発見したグリューワインGlühweinの屋台である。