Sun 091227 ウィーンの裏町でのおばあちゃんとの出会い D線停留所での出会い | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 091227 ウィーンの裏町でのおばあちゃんとの出会い D線停留所での出会い

 今回のウィーンでも(申し訳ございません、昨日の続きです)、何故か4年前と同じ場所(カールス・プラッツ、カールス教会の裏)で道に迷っていたら、通りの向こうから80歳近いと思われるおばあちゃんが驚くべき勢いで走りよってきた。「トラムD線の停留所を探しているんですが」と尋ねると、何故か彼女は大粒の涙を流しはじめ、涙はどんどん激しく流れ、その涙を拭おうともせずに、英語とドイツ語にイタリア語までまじえて、D線の停留所の場所を熱弁してくれるのである。

(国立オペラ座とトラム)

 おばあちゃんの顔は、ホントにもうこれ以上シワを入れる余地はありえないぐらいのシワだらけである。熱弁をふるっているその顔を呆気にとられて眺めているうちに、誠に不謹慎なことに、アルチンボルドの騙し絵とか「四季」とか「4大元素」とか「ルドルフ2世」とか、そういうものを思い浮かべたり、たくさんのスポンジを弱い接着剤で仮にくっつけた工作を思い浮かべたり、ということは何かのごく軽いショックでバラバラになりそうだと心配したり、そういう下らない空想でいっぱいになって、とても彼女の道案内に集中していられなくなるのだった。
 ま、たいへん不謹慎であって、万が一こういうことをテレビのバラエティ番組なんかで芸人が口にしたら、芸人自身の立場が危うくなるばかりではなくて、放送局の部長課長レベルに何らかのお咎めがくる可能性さえなくはない。しかし「道に迷ったかもしれないから、ちょっと地図を見よう」と立ち止まっただけで、交差点の角からいきなり何の前触れもなく、こんなにイキのいいおばあちゃんが弾丸のように放たれてきたのだから、クマどんの狼狽だってたいへんなものだ。狼狽に免じ、あくまで狼狽の上での連想の一部分として許していただきたい。

(カールス教会。この裏で道に迷った)

 そうこうしている間にも、おばあちゃんの涙はどんどん流れ続ける。その深いシワにどんどん涙が染み込んでいく。その様子にますます気を取られ、いったいD線の停留所がどこなのかサッパリわからない。とりあえず、この道をまっすぐ行って、あそこに見えている信号のところで右に曲がればいいらしい。
 しかし、このおばあちゃんが例えば82歳だとすれば、1928年生まれである。ずっとウィーンに住んでいるのだとすれば、大恐慌、超インフレ、ヒトラーの台頭、ユダヤ人迫害、第2次世界大戦、ナチスの大戦果を伝えるラジオの声、大空襲、敗戦、復興、スターリン主義の恐怖、ハンガリー動乱とプラハの春、ソ連の戦車による蹂躙、そういう激しい歴史の全てを彼女の目と耳は経験してきたはずである。
 敗戦時17歳なり18歳なりだとすれば、戦争の最大の被害者のうちの1人であることも間違いない。そういうおばあちゃんの涙をみていると、あそこの信号を右に曲がってベルベデーレ宮殿に行くことなんか、もうどうでもいいように思えてくる。彼女が少女時代とか20歳代の記憶を語り出せば、ヒトラーの演説も、ドイツ兵が甲高くユダヤの人々に浴びせた「Schneller!!」の叫び声も、その銃剣や拳銃や革手袋の鈍い輝きも、ソ連軍の戦車のキャタピラーの轟きも、伝聞でも何でもなく、彼女がまさにその目の前で目撃し、その耳で聞いた生々しい1次体験として、彼女の口から止めどなく流れ出してくるはずである。

(カールスプラッツ駅、05年2月。この時もこの裏で道に迷った)

 熱弁のついでに、彼女は「なぜ英語を勉強しはじめたのか」「いつからイタリア語をやっているか」、そういうことまで説明して、しばらく後ろから心配そうについてきてくれたりもした。降った雪がつららになり、そのつららを高いアパートの屋根から落とす作業が行われていて、そういうウィーンの裏通りの風と雪の中におばあちゃんは立ち尽くして、東洋のクマが楽しくベルベデーレ宮殿を楽しめるかどうか、まだ激しく降り続ける雪の中、それをひたすら心配しながら見送ってくれたのである。
 その停留所についてみると、今度は別のおじいちゃんが出現。雪の降りつける停留所まえの石段に座ったまま、いかにも寒そうに首をすくめて、こちらをずっと眺めている。少し脚を引きずり加減のこのおじいちゃんも、クマどんのことを大いに気遣ってくれて、ほんの1つか2つ停留所を過ぎたところで、「あんたの降りる駅は、ここ」ときまり悪そうに呟き、「楽しい1日を過ごしたまえ」と片手を上げて挨拶してくれたりもした。

(トラム車内)

 日本だと、少なくとも東京だと、こういうことはなかなか起こらない。地下鉄構内など、「そっちがどくのが当たり前」という前提でこちらの進路に突っ込んでくる人が多くて、なかなか安心して歩けない。肩がぶつかれば、激しい舌打ちとか、激しい叫びとか、そういうもので対応される。「ほほえましい出会い」などというものは、まず期待できないのである。

(トラム車内で。優先席の表示も可愛い)

 「ウィーンやプラハは、文化で舗装されている」という言い方があって、それはつまりハプスブルグ以来の深い伝統や、豪華なオペラや巨大美術館に象徴される高尚な文化が充実していることを指すのだと解釈されがちなのであるが、むしろ正しくは「おじいちゃんもおばあちゃんも、つらい歴史にも関わらず、旅行者のほうで心配になるほど優しく元気で、かつ矍鑠としている」ということなのではないかと思ったりする。