Wed 090311 スーパーくろしお 和歌山から大分への移動 デラックスうにめし | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 090311 スーパーくろしお 和歌山から大分への移動 デラックスうにめし

 昨日は大分での講演会。朝9時に和歌山を出て、JR紀勢線の特急「オーシャンアロー」で新大阪まで。新大阪で新幹線に乗り換えて、大分に向かう。和歌山からは関西空港が近いのだが、関空から大分に向かう便がほとんどないから、瀬戸内海に沿って反時計回りにぐるっと半回転しながら、鉄道でのんびり移動することになった。「オーシャンアロー」とか、ネーミングはスゴそうだが、ごく当たり前の在来線の特急、実にゆっくりと走り、実によく揺れる。昨日和歌山にくる時に乗ったのは「スーパーくろしお」。このネーミングもなかなか激しいものがある。「すっげーくろしお♥なんじゃね?」「すっごくくろしお♡だわあ」「とってもくろしお♥でーす」。ただし、写真でわかるとおり、この車体はその昔の「はつかり」か何かの懐かしい特急に塗料を塗り直しただけのものなのだった。

 

1148
(あまりスーパーではない「スーパーくろしお」。新大阪駅で)


 どうも最近の日本では、ネーミングの時に「スーパー」「スーパー」言い過ぎるように思う。水戸のほうに行く「スーパーひたち」などというのもある。全国どこへ行っても「スーパーホテル」があって、予備校では「スーパークラス」を担当する「スーパー講師陣」が教え、生徒は「医学部スーパー」「東大スーパー」「早慶スーパー」にクラス分けされる。そのうち大学にも「スーパー教育学部」「スーパー心理学科」が出来そうな勢い。「スーパー教授」が「スーパー講義」をして、「スーパー学生」が「スーパー一流企業」に就職して、「スーパー社員」になって、まあそんな将来が予測可能。スーパー和牛、スーパー比内鶏、スーパーラーメン、スーパーうどん、スーパーブログ、スーパー薩摩地鶏、スーパー演歌。ここまで何にでもスーパーがつくなら、いっそのことスーパーを全部削除しても同じことなんじゃないか、そういうのをデノミネーションというんじゃないか、まあ、そんなことも感じる今日この頃である。

 

1149
(ホテルグランヴィアから、和歌山城を望む)


 新大阪から小倉まで新幹線、小倉から日豊本線の特急「ソニック」で、大分到着が15時ぐらい、約6時間のグラウンド移動で、それなりに疲労。しかししっかり仕事もして、参考書の原稿がどんどん(と自分では思うが)進みはじめた。ただし、小倉からの「ソニック」では執筆を中止。(1)日豊本線というものは初めての体験だったから車窓を楽しみたかったのと、(2)昼食の駅弁に小倉で「デラックスうにめし」というデラックスなものを買ったから、それもゆっくり楽しみたかったのと、(3)「ソニック」という特急の車両の奇抜さに唖然として、車内の様子をじっくり観察したくなったのと、以上いろいろあって、とても原稿どころではなかったのだ。


 (1)の車窓は大いに堪能。菜の花が咲き乱れ、その向こうに丸い山々が霞んで見える日豊本線ののどかな車窓は、昭和中期を思い出させる貴重な風景だった。別府を過ぎれば大分まで、左の車窓は別府湾である。3月の青い明るい海に大きなフェリーが浮かんでこれもまたたいへんのどか。いい旅行だった。


 (2)の「デラックスうにめし」には失望。どこがどうデラックスなのか、さっぱりわからない。あえてデラックスである部分を探せば、ウニの色をした「うにめし」の炊き加減がぐちゃぐちゃネチャネチャしていて、そのネチャネチャぶりがいかにもデラックスだったかもしれない。昨夜和歌山で食べたウニみたいなウニがゴロゴロしているお弁当を想像して買ったのだが、まあ明らかにそれが間違い。相手は1050円の駅弁である。淡路島のアカウニみたいに、殻を割ってスプーンですくってアイスクリームみたいに食べる贅沢な駅弁なんか、1050円で要求するほうが間違っている。しかし、それでも「スーパーうにめし」ではなくて「デラックスうにめし」というネーミングはほめてあげていい。時流はスーパーうにめし。「デラックス」であることに九州の反骨精神が感じられる一品だった。


 (3)については、まあたいへん奇抜。写真を小倉で乗り込んだ時、思わず「何だ、こりゃ」の声をあげてしまった。他の乗客は乗り馴れているようで、平気な顔である。博多から来て、小倉で進行方向が変わるから、座席の向きを変えなければいけないのだが、オジサンもオバサンもみんな手慣れた様子でクルクルやっている。やはり「慣れる」ということは恐ろしいことなのだ。


 JR九州というのは、いろいろ奇抜なデザインをして乗客をオドカスのが好きらしいのだが、少しばかりやりすぎるキライがある。私が一番イヤなのは、駅の放送がうるさすぎること。そんなに頻繁でなくてもいいだろうと思うぐらい頻繁に放送が入り、そんなにボリュームを上げなくてもいいだろうというぐらいにボリュームを上げる。運行系統が複雑で、行き先の違ういろんな電車を連結して走っているから仕方ないのかもしれないが、まあ常識的に見てやりすぎ。12月にロンドンからカンタベリーまで、同じように行き先の違う2本の電車を連結した列車に乗ったけれども、案内はきわめてシンプルだった。圧倒的に民度の高い日本なら、あの程度で十分であって、JR九州みたいにやたらギャアギャア放送されると、うるさいだけでなくて、乗客をバカにしているんじゃないかという印象さえなくもない気がする。

 

1150
(大分、ANAホテルオアシスタワーから別府湾・佐賀関を望む)



(「原稿」部分省略)