Sun 090104 金庫から出しても、すぐに金庫に戻っちゃう? 富は元々存在しなかった? | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sun 090104 金庫から出しても、すぐに金庫に戻っちゃう? 富は元々存在しなかった?

 「富はどこに行ったのか、または消えたのか」について、愚かなクマさんに丁寧に説明してくれようとする人は他にもいて、「富は、元々なかったんだ」という人と「今は世界のいろいろな金庫の中にあって、いくら頑張って金庫から出しても出しても、すぐに金庫の中に戻ってきちゃうんだ」という人がいる。説明する人はしっかり経済学を勉強した人たちだから、さすがに余裕の笑みを浮かべていて、困り果てて頭をかかえる愚かなケモノをニヤニヤ笑いながら見ているのであるが、愚か者の頭では、そんな説明をされてもやはり理解することが出来ない。経済学って、いつの間にこんなに難しくなっちゃったんだ? クマさんが若かった頃は、政治経済学部政治学科というところに在籍していて、経済学の科目だってたくさん履修したぞ。貨幣理論だって、経済政策だって、計量経済学だって、産業連関論だって、みんな単位取得したぞ。確かに、1年に20回ある講義のうち、最初の3回か4回しか出席しなかったけど、友人のノート借りて暗記しただけで、簡単に「優」連発したぞ(早稲田とは、昔はそういう場所だった)。経済学って、もともと簡単な算数で理解できる話で、ケネーなんか「経済表」だぞ。表一枚書いて理解できる話でなければ、人間の役に立たないような気がするんですけどねえ。

 

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 いくら頑張ってお金を流通させようとしても、国家だか中央銀行だかの金庫に戻ってきちゃって、お金の流れが止まっちゃうという説明は、まあ何となくわかるような気がする。血液がみんな心臓に戻ってきちゃって、末端の細胞がどんどん死滅していく比喩はわかりやすい。「何だかその血液は腐って毒素がいっぱいありそう」と感じ、血管も、筋肉も、内臓も、みんな血液を拒否。「いらないよ、活動しないから。返します」というわけだ。で、まず末端の細胞や神経から死んでいく。毛細血管が死滅し、末端が腐敗すれば、死滅と腐敗は次第に内側に入り込み、太い血管や内臓に影響が及びはじめ、肉体全体が衰弱していく。そういう仕組みである。


 しかし、実態をみていると、どうも順番が逆になっているように見える。先に音を上げたのは、大きな内臓や太い血管であって、いきなり彼らが「血液はいらないよ、ボクは休む。ボクは末端を切り捨てる。何故なら将来苦しくなるからだ」と、納得できない悲鳴をあげたのだ。心臓も末端も元気なのに、その途中の中途半端なところが先に絶叫するというのは、学者の説明と矛盾するような気がする。


 鈍い頭を抱えていろいろ考えれば考えるほどわからなくなるのが「心臓に血液が戻ってきてしまう」という発想である。なら、心臓がもっと努力して血液をどんどん送り出せばいいだけの話に思えるからだ。何しろ、「あげるよ」「くれるよ」と言っているのはお金である。「お金をあげるよ」「もっと使いなよ」と偉いヒトが言ってくれているのに、「いらない、返す」「ボク、使わない」というヤツがたくさんいるとはどうしても思えない。

 

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(かしこい 2)


 「定額給付金」とはそういうことなのだろうが、「いらないよ、返します」という政党が多いのは、もちろん「政局にしよう」というさもしい気持ちがあるからだろうけれども、より大きな理由は「えっ、それっぽっち?」という驚きからだろうと思う。身体中の毛細血管や内臓が悲鳴を上げているときに、「赤血球5コずつ給付します」と言われても、「それっぽっちなら返します」というより「冗談言ってる場合じゃないでしょ」という反応になるのが普通である。


 せっかくバカなことを言うなら「3月中は消費税ゼロ」などというのもいいかもしれない。5000万円のマンション買っても消費税ゼロなら、資金に余裕のある人なら皆マンションを喜んで買うだろう。5000万円の5%なら、250万円得をする。いわば消費税徳政令である。3月いっぱい、スーパーも百貨店も長蛇の列になるだろうし、塾や予備校に年間講座を申し込む人の列は1980年代の予備校バブル期のように、予備校を3周も4周もして、寝袋を持ち込んで泊まりがけの人だって出るだろう(1980年代って、実際にそういう状況だったのだ)。こんなふうなら、一気に戦後最大の好景気にのぼりつめそうなものである。


 バカな頭でもっと考えると、この際、「お金をたくさん配った上で、返すのは禁止にすりゃ、いいんじゃん?」というところまできてしまう。「返しちゃダメ。必ず使うこと」とは「預貯金禁止」である。「お年玉、貯金箱に入れちゃダメだよ、必ず使ってきなよ、領収書はいらないよ」である。おお、子供なら、小躍りしてガッツポーズで出かけていきそうな話だ。


 鈍い頭で酒に酔っ払うと、こういう極端なところまでいってしまうが、経済学をしっかり勉強した人間は、ニヤニヤ笑いつつ「それでは統制経済。つまり全体主義でしょ?」と答えるのである。預金する自由を制限するのは、全体主義だ。だからたとえ世界が大恐慌になっても、それだけは決してしてはならない。巨大インフレの引き金になる。世界中のあらゆる政府が、歯を食いしばって耐えているのは、その暗黒に転落するのをどうしても防がなければならないからだ、という。まあ、何だか理解できたような気もしないことはない。

 

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(かしこい 3)


 「富は、元々なかったんだ」という話になると、これはもうクマさんの理解を完全に絶したSF小説のような世界である。「するってえと、何かい? MITとか東京工大とかで博士号を取得したほどの、世界中の数学の天才がNYに集合して、子ども銀行みたいなお遊びを繰り広げていたのかい」である。「いま、ここに1000億円あるとしましょう」「いま、ここに原油が10万バレルあるとしましょう」「いま、ブラジルで実っている小麦が10000トンあるとしましょう」「ニュージーランドの羊が、突然10倍に増えたとしましょう」という仮定の上に立っていたのを皆忘れて、「あるとしましょう」を全部「実際に存在する」と間違えたとでも言うのかい、お前さん。そんなオタンチンやオタンコナスがどこにいるものかねえ? である。


 あえて考えられるのは、「わざと間違えた」「故意に夢と現実を取り違えた」である。あの複雑な金融工学を駆使できるほどの頭脳と知能の持ち主が、何百人も何千人も集まって、もぞもぞ蠢いていたのだ。どこまでダマしきれるか、どこまで逃げ切れるか、どこまで「ないものをあると思い込ませることが出来るか」を綿密に計算しつくしていた可能性だってなくはない。有力な格付け会社3~4社と組めば、10年や20年世界中をダマし続けるのは決して不可能ではない。「え? もしかして、リーマンなんとかって、計画倒産?」みたいな、途方もない話になりかねない。


 今回2008年に起こった破綻とは、彼らの中のちょっとした仲違い、場合によっては男女関係のもつれ、友人の裏切りや嫉妬、何かそういうきっかけで2~3年予定より早く起こってしまった悲劇だったのかもしれない。つまり、金融工学が融けたのである。才能ある作家が原稿を書けばそういう映画の一つも作れるだろうし、5年前のマトリックスよりは大人向けの、サスペンスとSFを取り混ぜたいい映画が出来るような気もする。

1E(Cd) Karajan & Berliner:BRAHMS 4 SYMPHONIES 1/2
2E(Cd) Karajan & Berliner:BRAHMS 4 SYMPHONIES 2/2
3E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 1/6
4E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 2/6
5E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 3/6
6E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 4/6
7E(Cd) Solti & Chicago:BEETHOVEN/SYMPHONIES 5/6
10D(DvMv) BEN-HUR(2)
total m41 y41 d2279