Sat 081220 「合格したらいくらでも遊べるんだ、だから死に物狂いで」と言うな(1/3) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Sat 081220 「合格したらいくらでも遊べるんだ、だから死に物狂いで」と言うな(1/3)

 「合格の先に天国がある」と思い込むのは、大昔から皆同じで、「苦しい今を歯を食いしばって耐え抜けば、その先には桃源郷が広がっていると思うからこそ、頑張れるのだ」という誤解は、おそらく万国共通のものである。クリスマスやお正月に受験生を勉強部屋に追い立てるためには、父親は「苦しいのはあと残り1ヶ月(または2ヶ月)だけだ、合格すればいくらでも好きなことが出来るんだ、だから今だけでいい、死に物狂いでやってみろ」と言い聞かせるのが普通であり、そのそばから母親も、息子や娘があんまり可哀想で、思わず泣きそうになりながら「そうよ、ユウキくん。合格したら、… 買ってあげるわよ」と言い足すことになっている。
 

 一方、塾や予備校では、年末から年始にかけては「クリスマス特訓」「除夜の鐘特別授業」「お正月特別講習」のような特別カリキュラムが組まれ、「ここが正念場」「今こそ天王山」といった華やいだ空気に包まれる。「正月特訓」に出講する講師には、寿司なり少量の酒なりお餅なりが配られ、もちろんそれなりに(学校によっては目の玉が飛び出るほどの)高額の特別報酬もいただけるのが普通。生徒の側も、そういう特別講習には別個に特別の授業料も払っているから(というか、親が払っているから)ますます力が入る。予備校の壁には「僕たちの正月は3月(または2月)だ」の貼り紙がたくさん貼り出され、1人1人に小さなケーキが出されたり、破魔矢が配られたり、教師の引率でクラス全員が揃って初詣に出かけたりもする。
 

 浪人生対象の予備校なんかだと、生徒もかなりのお小遣いを持っていたりするから、生徒が皆でお金を出し合って講師に差し入れをすることも少なくなくて、私が4年前まで在籍した予備校では、クリスマスに出講すると教卓上に大きなクリスマスケーキが置いてあったり、お正月にはお菓子やお餅に混じってビールや酒まで差し入れられて(もちろんそれを飲むことはありえないが)いたりした。確かにこうなると問題だし、眉をひそめる良識にあふれた生徒ももちろん多いのだが、教卓の上にズラッとお菓子とケーキと酒が並んだ光景は、なかなかの壮観であった。ずいぶん古い話になるが、2001年1月11日、フジテレビ「とくダネ」がわざわざ代ゼミまでやってきて私の授業風景やらインタビューやら(何とテレビクルーが自宅まできてたいへんだったのだが)を放送したときにも、教卓の上にはビールに栄養ドリンクにお供えモチまでズラッと並んでいて、キャスターの小倉さんも驚き入っていたものである。

 

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(孤高の2人)


 こういう華やいだ雰囲気の中では、誰でもちょっと華やいだ発言をしたくなる。授業前の雑談がついつい盛り上がって、20分も30分も無駄にしてしまうのもこういう時である。華やいだ雰囲気の中での雑談は、ついつい口が滑ってバカ話になることが多いが、一番多いのは「合格したらいくらでも遊べるんだ」「だから今は歯を食いしばれ」「僕たちの正月は3月だ」という流れ。しかし、予備校講師のこういう発言は一切無用だし、父親のアドバイスもママの叱咤激励も、ハッキリ言って間違っていることが多い。
 

 まず「今は歯を食いしばれ」であるが、大晦日や正月に予備校に集まった生徒たちの中に、歯を食いしばって苦しさに耐えていたりするような生徒はほとんど存在しない。「お正月なのに、受験生は休むヒマもありません」「正月返上で難問と取り組んでいました」というニュースキャスターの言葉も、別に本気で言っているわけではないのだ。ちょっと酒も入った上機嫌の理事長まで登場して演説、お餅と破魔矢が配られ、やっと授業が始まってもお正月に出講する先生は大好きな超人気講師ばかり、それもお正月にとっておきの雑談がたくさん入って、教材だってお正月向きの「基本総チェック」みたいなイベント性の高い楽しいものである。
 

 つまり、歯を食いしばって我慢するどころか、おそらくこれまで生きてきたわずかな人生の中で一番思い出に残る楽しい大晦日であり楽しいお正月なのである。少なくとも、買いもしなかった「宝くじ抽選会生中継」だの、ロックと演歌とラップとアイドルがチャーハンみたいに切れ切れ混ぜこぜで出てくる奇妙な「歌合戦」なるものを見ながら、酔っ払った父親の文句を聞いて過ごす大晦日よりは遥かに楽しい。正月で家にいたって、まさか羽根つきカルタ取りタコアゲにお汁粉ではしゃぎ回る年齢でもなし、餅ばかり食べさせられて午後からのテレビは天皇杯サッカーか駅伝中継しかないし、見飽きた隠し芸にオヤジの文句を聞かされ、まあ兄弟でトランプ10分もすれば年の初めの試しとて早速年始恒例の兄弟ゲンカになって終わり。塾と家と、どちらが楽しいか、どちらが歯を食いしばらなければならないか、ちょっと考えればわかりそうなことである。

 

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(孤高の1人)


 昔から「怠け者の正月働き」と言って、「普段怠けているヤツに限って正月に働くものだ」または「正月に働かなければならないのは、平常時に怠けていた報いだ」などと言われるのだが、そういうのはよくわかっていない証拠。正月に働き、大晦日に皆で集まって勉強するのは、それが一番楽しいからであり、おそらく遠足も修学旅行も敵わないほどしっかりと記憶に残る素晴らしい経験なのである。
 

 「合格したらいくらでも遊べるんだ」というのも間違い。親としても教師としても「子供は遊びは好き、勉強はキライ」という先入観で凝り固まっていて、「勉強が好きになってしまった子供」というものを理解も想像もできず、せっかく加速度がつきはじめた子供の勉強におかしなブレーキをかけ続けてしまっているに過ぎない。子供を遊びとお菓子で甘やかしていれば事足りた時代へのノスタルジアなのかもしれない。試験がこれほど間近に迫って、エンジンに勢いがつき、目標に向かって走り始めた子供というものは、遊びより、勉強が好きなのである。ましてや正月特訓、いや、ごく普通の冬期講習でさえ、そこに集まった子供たちの「どんどん進みたい」「バリバリ勉強したい」という熱気はたいへんなものである。彼らの顔を見ても「遊びたい」「我慢している」「ゲームをしていたい」という表情はなかなか見つからない。こういうときに、遊びをちらつかせたり、「今やっていることは本来やりたいことではないのだ」と意識させたりするのはマイナスにしか働かない。
 

 なお、この話はまだまだ続くのであるが、今日ももう長く書きすぎた。続編はまた明日ということにして、今日はここまでにしたい。