Tue 081028 「熱血講師」についていくな 情熱・熱意の意味を取り違えるな | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Tue 081028 「熱血講師」についていくな 情熱・熱意の意味を取り違えるな

 どういう人なのかよく知らないが、あるたいへん偉い教育者だか教育学者だかが「教育とは、燃えることだ」という名言を残したのだという(10月29日付朝日新聞「経済気象台」)。確かにその通りで、ちっとも燃えていないような人は、教育する側にも、学習する側にも、完全に不向きである。大いに熱く、大いに燃えなければ、教えることも学ぶことも出来ない。ただし、燃えるのにも「正しい燃え方」と「正しくない燃え方」があって、そのあたりを詳しく説明してくれないと、名言が名言でなくなってしまう。格闘とか力づくの戦闘なら、ただ単に燃えるだけでいいのかもしれなくて、格闘技場には「燃えろ」の横断幕があふれている。当然、選手は心の中ばかりか外見までも燃えていることが要求され、燃えていることを隠してクールな顔なんかしていると、燃え方が足りないとか批判され、気がつくと悪役を押し付けられていたりする。
 

 こういう誤解は教育の世界にもあって、「熱血講師」が「情熱的な授業」を展開するのが理想的だと思われていたりする。予備校が実施する「講師アンケート」には「この先生に情熱を感じますか」「この講師の熱意に満足ですか」などという項目があって、生徒は講師の情熱なり熱意なりを5段階または3段階で評価することになっている。最近では大学までが塾や予備校並みになってきて、教授についても学生にアンケートを求めるところが増えてきた。「教授の講義に情熱を感じますか」というのである。


 問題は、高校生や大学生が「情熱」や「熱意」というものを正しく理解しているかどうかである。情熱や熱意をどこに感じ、どういう熱意や情熱を感じれば満足なのか、逆にどうだと不満なのか、そういうところに正確な理解なり了解なりがなければ、学生による教授陣への感情的なリベンジの場になって、それで終わりである。特に「情熱や熱意をどう感じるか」は学生の主観や恣意的判断に任せられやすいから、懸命に準備して出かけた講義なのに「全く熱意を感じない」「情熱なんかゼロ」ばかりのアンケート結果を大学事務局に突きつけられて唖然とする教授も少なくない。唖然としているうちはまだいいのだが、こんなことを続けていたら、教授や教師のせっかくの情熱や熱意に水をかけることになりかねない。事実「アンケートを見て、やる気をなくした」「吐きそうになった」という人は少なくないし、「情熱って、どうすれば感じてもらえるんですかねえ」と泣きそうな顔で相談されたこともある。

 

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(イカ)


 教育の場での「燃え方」は、決して外に見えるようなものであってはならない。情熱があればあるほど、それを意地でも外に見せないのが、大人の印であり、成長の証拠である。格闘技並みの情熱パフォーマンスは、あくまで子供向きのものであって、もしああいうパフォーマンスを見せなければ情熱を感じないというなら、それは感じない方が子供だからである。
 

 ドカンと燃えて、すぐに燃え尽きるような花火的爆弾的な燃え方であってはならないので、誰にも見えないように、こっそり、しつこく、ねちねち、ねちねち、どんなに拒絶されてもめげることなく、20年も30年も燃え続けるような、したたかな燃え方でなければ意味がない。子供でもすぐ理解できるような激しさではなくて、別の意味の激しさ、教えた子供が今の自分と同じぐらいの年齢に成長した時に「もしかしてあの先生は、極めて激しい情熱の持ち主だったのではないか」と気づいてハッとするような激しさでなければならない。できるなら、アンケートは20年後にとるほうが望ましいのだ。
 

 外見でわかるような燃え方をしているのでは、残念ながらどんな職業でも2流である。「おお、いかにも燃えているぜ」とわかるような外科医、外見からして「熱いぜ!!」と感動させるような歯科医、熱く燃える様子に思わず周囲が涙を流すような弁護士、そんなのは、マンガにしかいない。あふれる情熱で土鍋を床に投げつけて花火のように叩き割り、弟子をフライパンで殴りつけ、客を頭ごなしに怒鳴りつける料理人、そのたぐいは全てニセモノであって、あまりお世話にならないほうが身のためである。
 

 ただ、医師や弁護士や企業戦士なら、相手にするのも大人だからそういう常識は通じる。あくまで冷静に、誰にもわからないように、内面だけが熱く燃えていて、クールな顔をしているけれども、内面から滲み出る熱意と情熱とが超一流の仕事を常にこなし続ける、それこそホンモノだということを大人なら自分でもしっかり理解しているからである。しかし、教育を職業に選択すると、目の前に並ぶ相手はみんな子供たちである。子供には、そういう熱意のあり方はなかなか理解できない。目に見えないところでメラメラ&ネチネチ燃えているものに気づかないのが子供だからである。

 

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(餅)


 アンケートの数字次第で給与にも影響があるし、ひどい場合はクビにさえなりかねないから、冷めた顔で授業を続けて悪役になるのがイヤな先生は、熱意のパフォーマンスを始める。それが「熱血先生」である。教室には駆け足で登場、黒板の前では絶叫、丁寧に書いていると熱意を感じてもらえないので、チョークをバキバキ折りながら力まかせの板書、時には歌い、時には踊り、怒鳴り、転び、声をからし、無闇に延長し、プリントを配りまくり、兄貴のように語り、姉貴のように叱り、テキストは半分しか終わらず、「量より質だ!!」とわめき、嵐のように退場する。これでも結構アンケートでは「情熱」の項目だけ「きわめて満足」を獲得できるのである。
 

 しかし、これでは「単にモガイているだけ」である。今から10年以上前に、こういう先生のアンケート結果を先生本人から見せてもらったことがある。「板書」の項目は「よく理解できない」が大半。「声」の項目は「よく聞き取れない」。「この先生の授業に満足していますか」は「いいえ」ばかり。「たいへん満足」が圧倒的に多いのは「情熱・熱意」のみ。「こんなアンケートで、大丈夫でしょうか」と尋ねられたので、「大丈夫ではないと思います」とハッキリ答えた。おお、正直者である。

 

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(ひつじ雲)


 私が高校生の頃、演劇界の超々大御所・千田是也が書いた「演劇入門」(岩波新書)を読んで感動したことを覚えている。彼は「糞リアリズム」という驚くべき言葉を用い、「俳優というものは、その役になりきって、感情も状況もすべて演じる人物に同化して演じる」という演じ方を「それは、素人の演じ方」「学芸会並み」と一刀両断している。現代演劇でも能でも狂言でも、演じる者は決して「その人になりきって」我を忘れて大暴れするのではなく、ごく冷静に、冷めた頭で、どういう仕草、どういう声、どういう頷き方、どういう汗の拭い方、どういううめき方が、観る者に登場人物の内面を正確に伝えることになるか、それを考え計算し続けながら演じなければならない、それが俳優の神髄である、と述べている。


 要するに、モガイている教師というものは、「教師の世界の糞リアリズム」なのである。熱意ある情熱ある教師になりきって無我夢中で演じているので、教師による、教師という人物についての、教師自身のための学芸会になってしまっているのだ。演じることに夢中だから、わからせることには関心がないし、成績を上げることや合格させることにも特に興味はない。大騒ぎして盛り上げたいだけなので、テキストがキチンと終わらなくても別に構わないのである。


 相談してくれた先生には、及ばずながらちょっとだけアドバイスしてあげた。偉そうで生意気で誠に申し訳なかったのだが、まあ酒の席だから許してもらえるだろうと考えて「明日からは、生徒が情熱を一切感じないような授業に専念したほうがよくはないか」と言ってみたのである。まず、準備を徹底して、その日の授業のテーマを冒頭で4つか5つキチンと提示すること。そのためには「確認テスト」を作成し、それ以外のプリントは一切作成しないこと。教室に走って入ったりしないこと。絶叫せず、踊らず、歌わず、語らず、怒鳴らないこと。黒板はゆっくり、丁寧に、決してチョークを折ったり文字が斜めにならないように、全て黒板の枠と平行に書くこと。必ずテキストのその日の分を終了すること。そのためにはタイムスケジュールを作成して、何分経過したらどの問題の解説まで終了していなければならないか、冷静に計算すること。延長は、しないこと。

 

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(毛玉)


 まだ若手だった私なんかがアドバイスするのは、生意気もいいところだったかもしれない。しかし先生は何故か私が申し上げた通りのクールな授業を翌日から展開され、すぐにどの教室でも驚きの声が上がり(前日までとのギャップに唖然としたのだと思う)、その後その先生は人気講師になられて、今もなお3大予備校のうちの1つで人気講師のままでいらっしゃる。まあ、当然なのであるが、何より嬉しかったのは「生徒たちが意外なほど情熱の本質を理解している」ということである。授業範囲をチャイムと同時に終了する、というのは強烈な熱意に裏付けられた丹念な準備がなければ決して出来ることではない。それをしっかり理解した生徒の多さには、胸が熱くなるほどだった。

1E(Cd) J.S.BACH/SILVIA(Cantata Opera in 3 Acts)1/2
2E(Cd) J.S.BACH/SILVIA(Cantata Opera in 3 Acts)2/2
3E(Cd) Schiff:BACH/GOLDBERG VARIATIONS
4E(Cd) Münchinger & Stuttgart Chamber:BACH/MUSICAL OFFERING
5E(Cd) Alban Berg:BRAHMS/KLARINETTENQUINTETT & STREICHQUINTETT
6G(Cd) 戸泉絵里子:スペインを旅する会話:三修社
7G(Cd) 戸泉絵里子:スペインを旅する会話:三修社
12A(γ) 塩野七生:聖マルコ殺人事件:朝日新聞社
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