Mon 081020「定期テストだけいい子」を否定するな マッジョーレ紀行17(マードレ島など) | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Mon 081020「定期テストだけいい子」を否定するな マッジョーレ紀行17(マードレ島など)

 最近は「2学期制」などというオシャレな制度も次第に普及して、定期テストの時期も学校によっていろいろになってきたが、10月下旬は昔から2学期中間テストの季節である。昼過ぎの電車に乗ると制服姿の高校生がたくさん乗り込んできて、思わず「おお中間テストか、大いに頑張りたまえ」と声をかけたくなってしまう。特に高3生にとってはこれが人生最後の中間テストであって、中学入学以来悩まされてきた中間テストは、もう2度と巡ってこないのだ。大いに頑張って、大いにいい思い出にしてほしいと思う。
 

 予備校の講師を長年やっていると、気難しい生徒にもたくさん出会う。気難しい生徒とは、なかなか喜ばない生徒のことである。彼ら彼女らは、中間テストや期末テストの成績がいくら良くても、滅多なことでは手放しで喜ぼうとしない。定期テストがいくら良くても、実力テストなり模擬試験なりの成績が急上昇しない限りは、何の意味もないと思い込んでいるのだ。せっかく中間テストで満点近い成績をとったのに、何だかひどく冷静に渋い顔をしているのを見ると、私なんかは「何を贅沢なこと言ってるんだ」と叱りたくなるぐらいである。
 

 贅沢に慣れた者がちょっとやそっとのプレゼントでは喜んでくれないのと同じように、せっかくの好成績をちっとも喜んでいないのだ。「定期テストなんて、単なる暗記だ」と彼らは言う。直前の一週間ぐらいにわあっと暗記すれば、それなりの得点を取ることができる、暗記力のテストに過ぎない、そう思っているのである。おそらく彼ら自身が考えたことではなくて「定期テストが良くても、実力テストが良くなければ、何にもならない」と子供の頃から言われ続けたせいなのだと思う。教師や親は「たとえAであっても、Bでないと何にもならない」という表現を何の気なしにたくさん使うのだが、そういう気難しい発言が、ひどく気難しい子供たちを作ってしまうのである。

 

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(マッジョーレ湖畔、パッランツァの野良猫1)


 こうして「定期テストだけいい子」は、全否定されてしまう傾向がある。担任の先生が実力テストに向けて張り切らせる意図でそんな発言をしたり、子供が有頂天にならないように親が手綱を締めたり、クラスメートが嫉妬の裏返しで生意気を言ったり、とにかく「定期テストがよくても、実力テストが悪かったら、何にもならない」は塾や予備校の中でも、迷信として定着してしまった感がある。
 

 しかし、ちょっとその逆を考えて見たまえ。「実力テストが良くて、定期テストが悪い子」は何を意味しているのであろうか。それは「最近学んだことはよく把握していないが、過去の蓄積だけは残っている子」である。言わば「昔の名前で出ています」ということであり、最近の向上はあまりないが昔の貯金で食いつないでいるという状況。近い将来「定期テストも実力テストも悪い子」に転落することは目に見えているのであって、決して望ましい状態ではないだろう。

 

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(マッジョーレ湖畔、パッランツァの野良猫2)


 天才的な才能が必要な場面になるまでは、実は全ては定期テストの積み重ねだと思っていい。大学学部入試までは基礎的学力がほとんど全てであるが、万全の基礎力は定期テストの積み重ねでしか生まれない。中学入試で失敗して不本意な中学に入学することになったとしても、高校入試がうまくいかなくて大学合格実績が全然ない高校に通っていても、とにかく今通っているその学校で、中間テスト期末テストで満点を取り続けるような地道な努力を続ければ、最高峰の大学に合格する可能性は必ず見えてくる。逆にどんな素晴らしい中学高校に合格しても、その学校の定期テストで好成績を積み重ねていかない限り、今だけはよくても、それは昔の勉強の名残または残照に過ぎないのであって、近い将来必ず成績は下がっていく。


 以上は、かつて定期テストを軽視して難問集にばかり取り組んでいた、失敗者からのアドバイスである。天才はともかくとして、普通の人間ならば、中間テストや期末テストでの小さなステップの積み重ねでしか向上できない。大人が子供にアドバイスするなら「AがよくてもBがダメなら何にもならない」というネガティブな言い方は避けたほうがいい。「Aを頑張り続けなさい。そうすればBも必ず向上する」とポジティブに言ってあげれば、Bの向上も確実に早い機会に訪れるものである。

 

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(マッジョーレ湖畔、パッランツァの野良猫3)


 9月11日、マッジョーレ湖にいられる日はあと2日になった。ガイドブックでmustと書かれているところで、まだ行っていないのはマードレ島Isola Madreだけである。朝少しゆっくり過ごした後で、マッジョーレ湖畔の散歩道Lungo Lagoを通ってストレーザ港へ。マードレ島だけに行く船はないから、ペスカトーリ島&マードレ島2島周遊チケットを購入。ペスカトーリ島で昼食をとってからマードレ島を見に行くことにする。


 一昨日も昼食をとったペスカトーリ島のレストランは、団体客が一切いない静かな店である。他の店はみんな団体客でパンパンに腫れ上がった状態で、できるだけ近寄りたくなかった。ヨーロッパ人の団体などというものは、窓口でオダンゴ状になる行儀がいいとはいえない人々が、集団をいいことに好き放題勝手放題をしまくるわけだから、大人しい日本人がその中に入り込んだりすれば、容赦なく踏みつぶされると思ったほうがいい。


 日本人の団体ツアーがレストランに入ってきた様子を見ると、まさに牧者に導かれた「よき羊の群れ」という感じである。反抗する者はまずないし、素直に牧者に従うばかりか、むしろ積極的に牧者に協力を惜しまない羊も少なくない。レストランでは、店によって出されるものだけを静かに大人しく食べ、飲んで、他には何の要求もしない。何より素晴らしいのはそのスピードである。飲食機械のごとき正確さで、よどみなくすべてを咀嚼し嚥下し消化する様子は感動的である。皿がカラになれば実に協力的な態度でウェイターに手を貸し、ウェイトレスとともに共に食器を片付け、会計に協力し、無言の笑顔で去っていく。一陣の爽やかな風が吹き抜けたように、日本人の団体が立ち去った後のレストランは、むしろそれ以前よりも清潔に美しく輝いている。


 ヨーロッパ人の団体は、これとほぼ正反対の存在であると考えればいい。彼らは、子供たちがどれほど騒いでも、どれほど行儀の悪い行動をとっても叱ることはまずないが、それは大人たちもまた子供たちとほとんど変わらない行動をとるからである。団体で訪れておきながら、決められたものを食べようとせず、注がれたものを飲もうとせず、指定された席に我慢することなく、禁煙席でもタバコに火をつけ、注意されれば激しい身振りで反抗し、携帯はいくらでも鳴りつづけ、携帯に向かって罵り、笑い、その長話は尽きるところを知らず、トイレの列には子供を割り込ませ、ついでだから子供と一緒に親も列に割り込み、文句を言われれば肩をすくめて、後は頑固に無視し続ける。要するにそれは混沌であって、巨人の世界の幼稚園ご一行様がレストランを支配するのと、何ら択ぶところがない。

 

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(マッジョーレ湖、ペスカトーリ島、気に入ったレストランのあたり)


 ペスカトーリ島で私が気に入ったレストランはこういう団体客とは無縁の店で、狭い階段を上って2階の入り口から声をかけても、店の人が気づかないぐらいである。他の客は2組だけ、穏やかに低い声で話しながら、白ワインを飲んでいる。お昼からワインを飲んで、大いに楽しそうに皆ニコニコして、それでも誰も大きな声を出さず、静かに話しながら料理を食べている雰囲気が私は大好きである。
 

 通された席は3階のテラス。たくさん花が咲いている窓のあたりを蜂が何匹か飛び回っているが、人が穏やかだから蜂も穏やかで、うるさくつきまとったり攻撃をかけてきたりすることはない。私もゆっくり1時間かけて白ワインを1本空けながら、白身魚の料理を楽しんだ。魚の料理ということになれば、なかなか日本人を納得させるのは難しいはずだが、店の人たちのにこやかな応対とともに大いに満足。これ以上はとてもお腹に入らないというぐらいに食べ、何だか眠くなって、もう別にマードレ島になんか行かなくてもいいかなと思うほどに心地よくなってしまった。

 

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(パッランツァ、お菓子屋のショーウィンドウ)


 この店に2時頃までいて、次にパッランツァの街に向かう。ペスカトーリ島から船で30分ほど、マッジョーレ湖を横切り、マードレ島を素通りして向こう側の岸にあるのがパッランツァの街である。ここまでくると、もう全てが眠っている。路上にはネコたちが昼間からいくらでも寝そべっていたし、店も教会前もほぼ無人。カフェもレストランも一応テーブルを出して営業しているようには見えるが、客が来ることは最初から考慮も予想もしていない。街の教会前など、空気まで重たく感じるぐらいに眠気を誘う。

 

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(マッジョーレ湖、マードレ島の船着き場)


 それはマードレ島も同じ。ベッラ島のように「さあ、見るぞ」「さあ、見学しなきゃ」「お金かけてここまで来たんだから、ガイドブックに載っているあれとこれとはmust!!」「チョー、マスト!!!」みたいな、ちょっとサモしい観光地とは別格の島である。植物園はあっても、それは植物を観察する場所ではなくて、のんびり散歩するための場所である。「見なきゃ」「行かなきゃ」「あれしなきゃ」の類いのshouldやmustを全て排除して、その後に爽やかな風のような心地よさだけが残った穏やかな大人の島なのであった。

1E(Cd) Human Soul:LOVE BELLS
2E(Cd) Patricia Barber:NIGHTCLUB
3E(Cd) Yohichi Murata:SOLID BRASS Ⅱ
4E(Cd) CHET BAKER SINGS
5E(Cd) Art Pepper:SHOW TIME
6E(Cd) Maceo Parker:SOUTHERN EXPOSURE
7E(Cd) Max Roach:DRUMS UNLIMITED
8E(Cd) Tommy Flanagan Trio:SEA CHANGES
11D(DvMv) TROY
total m216 y1605 d1605