Tue 080708 コモ湖畔にて 再び朝食シャンペンについて
朝10時半頃、いきなり経験したこともないような亜熱帯的豪雨になって、開けておいた2階の窓から雨がざぶざぶ降り込んできた。世田谷一帯で降った集中豪雨で、下流にあたる品川辺りでは、突然増水した川に流されて亡くなった人もあったと聞く。慌ててすぐに窓を閉めたが、その雨の勢いにナデシコはひどく驚いたようで、どこかに隠れて2度と出てこない。ニャゴロワどんは雨なんかに負けるようなネコではないから、天に向かってコブシを突き上げ、何だか分からないが「要求貫徹」を叫んで立ち上がったようである。
午後から東進・吉祥寺1号館で授業収録2本。「B組」2学期の7講と8講、長文読解の基礎講座として好調に収録を進めてきたが、2学期もいよいよ残すところ2講になった。2008年版のB組は、私としても代表作になりそうである。冬期講習・直前講習を含めてあと12回分の収録を絶好調を維持したまま乗り切りたいと思う。ただし、今日は前歯の裏側に口内炎ができてしまい、LとTHの発音が非常につらかった。舌先が計ったように口内炎の内側をえぐるのである。こんなところに口内炎ができたら、アメリカ人だって少しは無口になるに違いない。
終了後、口内炎にめげずに渋谷に飲みに出かけた。寿司屋「磯勢」。渋谷東急本店の中の寿司屋である。デパートの中の寿司屋だから、気難しい食通の先生や「あまい!!」を連発するグルメの皆さまは余りいらっしゃらない。デパート内の寿司屋の良さは、そういう気軽さである。しつこいようだが、私は「あまい!!」の連発が大嫌い。鯛食べて「あまい!!」ヒラメ食べて「あまい!!」イカ食べて「あまい!!」最後にワサビ舐めてみて「あまい!!」みたいな人の近くにいると、それだけで全てがまずくなる。それぐらいなら、デパートの中であまくないネタをゆっくり楽しんでいたいのである。
イカゲソを焼いてもらって、ぬる燗の日本酒を飲む。燗をした酒というのも、食通先生がお怒りになる代物である。大吟醸なり純米酒を、しかも「辛口」または「超辛口」のものを、鼻から息をスーハースーハー出したり吸ったりして味わわなければいけないことになっている。
しかし本当のことを言えば、酒などというものは、そうやってスーハーしながら旨さや良さを騒々しく語り合って飲むものではない。甘口でもかまわないし、ぬる燗でも熱燗でもかまわない。自分の好きな酒を好きに頼んで、左手で猪口を持ち上げて、手首をクイッと曲げて、ぽうっと飲んで、旨ければ旨いし、旨くなければ旨くない。それはそれで全く問題ないので、「花の香りがし」たり「乾草の香りにラズベリーの香りが重なっ」たりするのは、それはまずい酒である。酒には酒の味と香りがあって、酒以外のものの助けを借りなければ表現できない旨さなど、もともと邪道なのである。
旨ければどんどん酒は進んで、気がつくと1時間でお銚子5本をあけている。酒を飲むと食べないほうなのでお寿司はあまり捗らなかったが、アジ・コハダ・サンマ・アナゴ、どれもたいへん旨かった。つまみでいただいたアンキモ・山ゴボウなども、季節はどうなのか分からなかったが、ぬる燗の酒によくあっていた。旬であろうがなかろうが、旨ければ、それで文句を言う筋合いのものではない。
帰ると、ナデシコはクッションの上に片手を伸ばして、疲れきって眠っている。午前中の豪雨に驚いて、ただでさえ大きな目をまん丸どころか、横より縦が長いぐらいに大きく見開いて、緊張の1日を送ったに違いない。
5月16日、コモ湖の記録に入る。写真は頂上駅付近で営業していたレストランの看板である。頂上付近には、この店を含めて、飲食店が3軒、土産物屋が2軒。「いかにも観光地」という感じの店は、これだけである。あとは、地元の人の住まいと、ちょっと寂れたVillaが2~3軒。それも明らかに大きな番犬がうろついている気配があるだけで、人の生活の匂いさえない。徒歩で湖畔まで降りるルートがもしもあれば、それにチャレンジするのも悪くはないと考えたが、それらしい道も見当たらず、結局、駅周辺を1時間ほど歩き回っただけで、フニコラーレに乗って下の街に降りてきた。
コモの街の観光スポットは、このフニコラーレだけである。これ以外には、全く何もないのだ。下に降りてきても、やはりそこにあるのは寂れたレストランと、高校生たちに占拠されたジェラート屋とハンバーガー屋ばかり。そこへ弱い雨が降り出して、それが降っているのかいないのかハッキリしない程度の弱々しい雨なのに、まだ店を開けていたわずかなレストランも「しめた、雨が降ってきた」と言わんばかりに、大急ぎでイスをしまいテーブルを片付け、客を追い出し始めた。残っているのは、わびしく初夏の雨に濡れながら湖を泳ぐカモたちと、ヴェネツィアやフィレンツェのような「繁盛している観光地」「観光客のひしめく街」をイメージしてやってきた哀れな観光客ばかりである。
これでは、榛名湖・十和田湖・洞爺湖・河口湖、そういう日本の湖の観光地と比較しても、問題にならないぐらい寂れているとしか言いようがない。次第に強くなる雨の中、あっけにとられた気分で、白鳥ボートや焼きトウモロコシや鮎の塩焼きが心から恋しくなった。2流の美術館とか「なんとか記念館」ぐらい、あったってよさそうなものなのに、そういう暇つぶしもこの街は完全に拒絶している。
今回のイタリア旅行で、「途方に暮れた」気分になったのはこのときだけである。クレモナ・マントヴァ・ベルガモ・トリノ、観光地としてそれほど有名な存在でもないそういう街々を訪ね歩いてきたが、「見学」も「勉強」も「グルメ」も、そういうactivityの一切を奪われた旅行者がどういうふうに途方に暮れるものか、このとき実感した。マッジョーレ湖なら、たくさんの島巡りの観光船が行き交っていたし、湖畔には長い散歩道もあって、美しい湖を眺めながら往復2時間もかかる散歩を楽しむことができた。昼食時が過ぎても、湖畔の街にはいくらでもレストランが開いていて客を誘い入れてくれた。そのどれ一つとして、ここには存在しないのだ。
こういう状況で困り果ててしまうのが、私がまだ旅行者として2流の域を出ない証拠だろう。「なんにもせずにいる」というコモ湖の楽しみ方を受け入れられずに、むなしく敗北していくのである。「なんにもしないをしているところ」というクマのプーさんの心境になれないとすれば、クマとしても2流なのである。だとすれば、あきらめてしょんぼりねぐらに帰るしかない。今朝のシャンペンであれほど高揚していた気持ちは半日の間に小さくしぼんでしまい、1時間に1本しか出ていない小さな船に乗り込んでチェルノッビオに向かった。
写真はフニコラーレのある山を船から撮ったもの。山の真ん中を縦に走っているのがフニコラーレの軌道である。その夜は北イタリア全体で豪雨になった。雷鳴が朝まで轟き、ホテルの部屋の窓を大きな雨粒が激しくたたき、それどころか窓を伝って部屋の中に水がどんどん流れ込んで大変なことになりかけたが、お風呂用のタオルをたくさん窓にはさんで雨水の侵入を何とか食い止めることができた。
5月17日、まだ雨は強く降り続いていて地面は水びたしである。しかし部屋にじっとしているのは癪だから、朝7時、「ザ・ベランダ」が開くとすぐ、朝食のシャンペンを飲みに降りていった。さすが雨の朝である。客は他に誰もいなくて、明らかに1番乗り。ウェイターばかりがいくらでもウヨウヨしていて、いくらでもウロウロしているが、客の姿は皆無、私のあとからも客がやってくる様子は全くない。気がつくと「ウェイトレス」というものがいない。用もないくせに何だかいろいろ歩き回っているのは全て男であって、ウェイターである。男女を差別していた時代の名残なのだろうか。ホテルの女性従業員は「ザ・ベランダ」の入り口まではくるが、決して中には入らない。入り口のところでウェイターに声をかけ、何事か伝言してすぐに去っていく。
まあ、そんなことよりも問題なのは、これほどたくさんウヨウヨウロウロしているウェイターたちの監視の目を、どうゴマかしてシャンペンにありつくかである。他に客がいればいくらでもゴマかせるとしても、頼みの綱の「他の客」は一向に入ってくる様子がない。考えてみれば、今日は日曜日であって、まともな人は教会に出かけるか、まだ眠っているか、そのどちらかである。豪雨の降り続く日曜日の午前7時過ぎ、ホテルの朝食でシャンペンを狙っているような愚か者は、世界中に私一人しかいないのだ。
そうと決まってからは、その後の決心は簡単だった。別にいいじゃないか、どんどん飲んでやれ、せっかく瓶も開けてあるんだ、ということにして、もう一切の遠慮会釈なくシャンペンを注ぎまくった。はっは、ほっほ、へっへ、ほい!! 哀れなことに、朝のシャンペン君は今日もまた東洋の彼方からやってきた2流のクマさんに1時間もかからずに飲み尽くされ、しゃぶり尽くされてしまった。
しかし、驚くべきはその後である。まるで私の「はっは、ほい!!」に合わせたかのように、向こうのほうで大きく「ポン!!」といった。もちろん、ウェイターが「ポン!!」と口で言ったのではない。シャンペン2号が「ポン」と開けられたのである。おお、太っ腹。おお、いとしいシャンペン2号。その頃には私のテーブルの周囲にも客が集まり始めていたが、その「ポン!!」と私の顔を見比べながら、みんな何かを一緒に了解し合った様子だった。ま、構うことはない。開けてくれるのなら、挑戦あるのみである。これからでも2号に挑戦しなければ、東洋のツキノワさんとしてのプライドが許さない。
ところが、さらに大きな驚きはその後に待ち構えていた。シャンペン2号に向かって突き進む私のまさに目の前で、1人のウェイターがシャンペンを一杯グビッっと飲み干したのである。夢でも何でもない。太った中年のウェイターである。うお。うお。飲んだ飲んだ。やるね、やるねえ。やっぱりこうでなくてはダメですね。彼は、悪びれることなくもう一杯飲み干し、何故かもう一杯グラスに注いでから厨房に入っていった。それからしばらくして、厨房のほうから妙に賑やかで妙に陽気な笑い声が聞こえてきたのはもちろんである。
1E(Cd) Walt Dickerson Trio:SERENDIPITY
2E(Cd) Earl Klugh:FINGER PAINTINGS
3E(Cd) Brian Bromberg:PORTRAIT OF JAKO
4E(Cd) Enrico Pieranunzi Trio:THE CHANT OF TIME
5E(Cd) Carmina Quartet:
HAYDN/THE SEVEN LAST WORDS OF OUR SAVIOUR ON THE CROSS
6E(Cd) Alban Berg Quartett:HAYDN/STREICHQUARTETTE Op. 76, Nr. 2-4
7E(Cd) Bernstein:HAYDN/PAUKENMESSE
10D(DvMv) THE BOURNE IDENTITY
13D(DvMv) THE BOURNE SUPREMACY
total m106 y446 d446