Wed 080618 西葛西講演会 ベルガモへ | 今井宏オフィシャルブログ「風吹かば倒るの記」Powered by Ameba

Wed 080618 西葛西講演会 ベルガモへ

 相変わらずの昼夜逆転状態で、就寝5時、起床10時。やはり明け方になって絶好調になるパターンが続いているが、今週末には何とか元に戻さなければならないだろう。確かに成果は出ているけれども、この状況では、どうしてもいろいろ支障が出てくるのである。
 

 19時から、西葛西で講演会。大手町からメトロ東西線に乗って、18時には西葛西に到着した。ちょうど帰宅ラッシュが始まったところで電車はほぼ満員だったが、西葛西で驚くほど多くの人が降りた。講演会場は駅前の雑居ビルの3階。あいかわらず会場はハードとしては余り立派とはいえないが、150名近い参加者があり、座る椅子が足りなくなる大盛況だった。ターミナル駅でもない飲み屋だらけの駅前の、しかも雑居ビルの中の会場で、これだけの参加者を募ってくれた校舎長・ブロック長・校舎スタッフにおおいに感謝する。
 

 帰りは、小田急線経堂駅で発生した人身事故の影響で千代田線もわずかに遅れ、22時45分。さすがに疲労がたまっていて、今夜は大人しく帰宅。ニャゴロワのダイエット&柔軟体操を見物した後、部屋に入って原稿執筆に励む。朝4時まで。

 
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 5月12日、朝食は食べずに、ミラノチェントラーレ9時発の各駅停車でベルガモに向かう。釣り銭の件で苦労するのは面倒だから、手持ちの小銭すべてを動員し、何とか釣り銭なしでチケットを購入した。ベルガモは、ミラノから各駅停車で1時間ほどの手頃な観光地である。ミラノ駅前からバスツアーも出ていて、東京でいえばちょうど鎌倉のイメージと思われる。そういう手頃な観光地を訪れるにはピッタリのいいお天気になった。
 

 電車の中は、アフリカ系とアジア系の明らかに移民労働者とわかる人たちでそれなりに混雑していたが、ミラノから30分ぐらいの小さな(トマスクック時刻表には出ていない)駅で、彼ら・彼女らは一斉に降りた。昨夜ミラノのスーパーで見かけたスーツ姿の日本人サラリーマン2名もここで下車、早速大きな地図と資料を広げて、何か言い合っている。どうやら大きな工場でもあるらしいと思って見ていると、駅を出てすぐの左側の車窓にトラクターの巨大な工場があった。見たこともないほどの大量のトラクターが、可愛らしく色とりどりにどこまでもどこまでもきれいに整列している。その整列の様子がいかにも可愛らしいのである。形も、色彩も、明るい日光を浴びて何だか嬉しそうにしている様子も、トラクターとか農業機械という語感に合わない。井関農機やヤンマーディーゼルのイメージとは明らかに違っている。
 

 日本の「カワイイ文化=cute culture」はセンター試験の英語長文読解問題に出題されるほど有名なものになったが、キャラクター先行でアニメ向き。それに対してイタリアのcute cultureは色彩・形状中心で、キャラクター抜き。確かにイタリアのテレビでイタリア製アニメと日本製アニメを見比べたりすると、日本製のものの品質の高さに改めて誇らしい思いになり、一方イタリアのものの粗悪さに暗澹たる気分になるのであるが、それはもしかすると、イタリアの人々はキャラクター抜きでcuteを感じるからなのかもしれない。
 

 目の前に並んだいかにも可愛らしいトラクターたちには、クマさんやネコちゃんのキャラクターはついていないし、ましてやネコちゃんのピンクのお耳をつけたメイドさんが萌えてもいない。しかしその1台1台の色彩と形状だけで十分に、おお可愛い、1台買って家においておきたい、そのためなら農業を始めるのも悪くない、ちょっと田舎暮らしを始めて見るか、そう思わせるだけの力がある。というわけで、ベルガモにつくまでの残り半時間はcute cultureの東西比較をしながらあっという間に過ぎてしまった。

 

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 写真のベルガモ駅は「地球の歩き方」によれば「雰囲気の悪い人たちがたむろしていて、悪臭さえ漂っている、足早に通り過ぎるのがオススメ」ということになっており、おなじみ「中心部までは遠いのでバスがオススメ」「バスのチケットはバールで購入」の記述もくっついている。しかし、こういう記述はほとんどが余りに大袈裟。ベルガモ駅を出ても、別に「雰囲気の悪い人たち」は「たむろ」なんかしていないし「悪臭が漂って」などいない。気持ちのいい初夏の風の中、徒歩なら15分ぐらいのところに旧市街の丘が少しかすんで見え、ゆっくりウォーキングするのにちょうど良さそうである。

 

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 駅前から15分ほどが新市街「ベルガモ・チッタバッサ」。15分ほど歩いたところにフニコラーレ(ケーブルカー)の駅があり、このフニコラーレで10分ほど上がった丘の上に中世・ルネサンス期の旧市街「ベルガモ・チッタアルタ」がある。「旧市街が丘の上」だから「フニコラーレで上る」というのはイタリアに非常に多いケースである。考えてみればここはロンバルディア平原。ルネサンス期には、統制のとれないイタリア都市国家のさまざまな軍隊が駆け回り、フランス軍・スペイン軍・神聖ローマ帝国軍が地獄絵図のような略奪と乱暴狼藉を繰り返し、ありとあらゆる傭兵軍団が悪事のかぎりを尽くして荒らし回った土地なのだ。教会を中心にして高い丘の上に多くの町が形成されたのは、その程度の丘の上では何の効果もなかったにしても、危ない思いはしたくないという人情として余りにも当然だっただろう。


 しかし、21世紀の旅行者にとって厄介なのは、このフニコラーレがしょっちゅう何の前触れもなく「点検のために運休」「修理工事のために運休」になることである。イタリア国内で公共交通機関のみを利用し、もし3日か4日何の支障もなくスムーズに移動できたら、それはもう十分に幸運の部類に属する。それを「いい加減だ」「やる気がない」と国民性のせいにしてはいけないのであって、中小規模の地方都市にこれほどたくさんのフニコラーレやら何やらを作らざるを得なくした歴史のせいなのである。

 

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 とはいえ、やはり目の前に「運休」の貼り紙を見たときはウンザリさせられた。写真は「運休」でドアの閉ざされたフニコラーレ駅。「運休」と言ったら、もう誰がどんなに粘っても、これはもう絶対に運休である。日本だったら、粘る力量と根性のある人間(私)が十分に力を発揮すれば、たとえ運休でも動かせる可能性は残っているし、たとえ動かなくても何らかの便宜を図ってもらえることだってある。しかしヨーロッパでは話は全く違う。釣り銭の出てこない自動販売機と同じことである。「運休」と言ったら、意地でも、何が何でも、蹴飛ばしても、叩いても、嵐がきても、雷が落ちても、もう決して1mmたりとも動くことはありえないし「すみません」「もうしわけございません」の謝罪など絶対に引き出せない。「運休」は「運休」であり、「運休」だから「運休」しているのであって、「運休」なら「運休」なのである。それ以外のことは、一切引き出せない。


 フニコラーレは「バッサ」から「アルタ」までの1本と、「アルタ」からさらに上に上がるもう1本があるが、そのどちらも運休。仕方がないから、バールでバスのチケットを買って、とりあえず「アルタ」に上がることにした。

1E(Cd) Kremer:MOZART/VIOLINKONZERTE Nos. 2 & 3
2E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.1
3E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.2
4E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.3
5E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.4
6E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.5
7E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.6
8E(Cd) Jandó:MOZART/COMPLETE PIANO CONCERTOS vol.7
11D(DvMv) ALEXADER
18A(γ) 世界の文学2:セルバンテス:中央公論社
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