時々暑い日が続き、梅雨入り前ですが時に夏が顔をのぞかせています。

皆さま体調にお変わりありませんでしょうか。

 

クリニックの診療はGW明け通常通り再開しております。

 

毎日初診患者様の診察をさせていただいていると、かなりの頻度で子宮内膜症合併不妊の患者様を拝察することになります。

したがって不妊治療にとって内膜症とどのように関わっていくかは、大変重要な問題となります。

 

今回は2023年に発表された子宮内膜症と体外受精の成績についての論文を読む機会がありましたので、みなさまに紹介したいと思います。

 

 

 

子宮内膜症とは?

 

基本的なことですが、「子宮内膜症」とはどういった病気なのでしょうか?

 

簡単に言うと子宮内膜症とは子宮の中で育つはずの子宮内膜がそれ以外の場所にとびひしてしまっている状態です。内膜が卵巣に定着してしまうと「チョコレートのう胞」、子宮の壁であると「子宮腺筋症」という呼び名になりますが、全て子宮内膜症の一種です。

 

月経痛・性交痛などの痛みや不妊などを引き起こし、生殖年齢女性の6-10%、不妊症女性の50%近くに認める1)とされます。

 

 


子宮内膜症と不妊症

 

このように子宮内膜症は不妊症につながる可能性がありますが、その原因として

 

Ⅰ)子宮内膜症は骨盤内の癒着を起こしやすい→癒着に伴う卵管障害

Ⅱ)チョコレートのう胞自体が卵巣機能を低下させる1)

Ⅲ)慢性的に炎症が起きている状態→精子運動障害・受精障害・胚発育障害を起こす1)

 

などが言われています。

Ⅱ)に関しては2013年の日本産科婦人科学会生殖・内分泌委員会の報告ではチョコレートのう胞が4cm以上であると採卵数やAMHが低下する2)と発表しています。

 

一方でのう胞が4~5cm以上の場合原則手術を考慮する1)が、チョコレート嚢胞に対する手術によって卵巣機能がより低下するリスクもあり、治療方法・術式に関しては症例ごとに検討する必要があり、38歳以上の高齢や高度の卵管癒着を合併する場合は早期の体外受精への移行を考慮する.3)ともされています。

 

つまりチョコレートのう胞が4cm以上ある場合には手術を考慮すべきだが、そもそもそのサイズののう胞がある時点で卵巣機能が低下しており、かつ手術により更なる卵巣機能低下が予測されるため、年齢やAMH値によっては体外受精が必要となるわけです。

 

 

 

子宮内膜症が体外受精に与える影響①(論文報告)
 

上記のように子宮内膜症とくにチョコレート嚢胞を合併している高齢不妊症に対しては体外受精が必要となることが多いわけですが、内膜症は体外受精自体にどのように影響するのでしょうか?

 

今回この点に関する報告で2023年に発表された

「子宮内膜症と体外受精成績;そのプロセス解明」(Endometriosis and IVF treatment outcomes: unpacking the process. Reproductive Biology and Endocrinology volume 21107)

 

という海外の論文4)をご紹介します。

 

体外受精において子宮内膜症は卵巣刺激の反応性を下げる、ステロイド産生を抑制する、卵子の質、受精率、胚発育や着床率を下げるといった理由で妊娠率を低下させるとされますが、これに対して検証した論文です。

 

2000年から2023年までの間に「子宮内膜症」と「体外受精」に関連する論文を検索してまとめた総説(レビュー)で、

 

体外受精において、子宮内膜症と卵巣刺激の反応性、ステロイド産生レベル、受精率、胚の質および胚の数的異常の割合、着床率の関係について検討しています。

それぞれの結果は以下となっています。

 

 

 

卵巣刺激の反応性子宮内膜症の影響はほとんど認めない。ただし4cm以上のチョコレート嚢胞がある場合には、やや反応性が低下する

 

・卵巣の反応性(=卵巣刺激した時の卵胞発育数など)は基本的に内膜症の影響を受けない。

 

・ただし片側チョコレート嚢胞の平均径が20~49mmの症例で検討した場合に、40-49mmの群では発育卵胞数の中央値が5個であり、コントロール群の7個に対して有意に低下しているといったデータから4cmを超える場合に反応性が低下するとしています。

 

 

 

ステロイド産生レベル影響しない。

 

→・採卵トリガー時のエストロゲン中央値が内膜症例1837pg/mlに対して、コントロール例1901pg/mlと有意差がなかった報告などを挙げています。

 

 

受精率ほぼ同等であり、顕微授精の優位性は認められない

 

→ステージⅢ・Ⅳの内膜症例で顕微授精が体外受精(ふりかけ法)に比べて受精率が高いという報告もあるが、成熟した卵子の選別方法(顕微授精は成熟した卵子を選別した後におこないます。)や、非男性因子症例でも受精ゼロを防ぐため顕微授精が選択されやすいといったバイアスがあるため顕微授精の優位性は認めないとしています。

 

 

 

胚の質および異数性胚の割合胚の質に影響せず、異数性(染色体数の異常)の割合も上昇しない。

 

→・22の研究に基づきメタ解析では内膜症の胚グレードに対する影響は認めなかった

報告から胚の質に影響しないと結論しています。

 

・内膜症210例と、コントロール420症例で受精卵あたりの胚盤胞到達率や胚の異数性(染色体数の異常)に差を認めなかった、という発表を挙げています。

 

 

 

 

着床率ほぼ不変かやや低下する。

 

→・内膜症に伴う卵巣機能(予備能)低下は早期黄体化を起こし易く着床率が下がることと、子宮腺筋症、内膜ポリープ、内膜炎などがあるとそれ自体が着床の妨げになる可能性がある。

 

・一方で10年間10000個の卵子提供での妊娠率を内膜症合併例と他の理由での卵子提供例(卵巣機能低下、反復着床不全、高齢)と妊娠率に差は認めなかった。

 

 

 

 

子宮内膜症が体外受精に与える影響②(論文の解釈)

 

このように今回の論文では体外受精の様々なステップで、子宮内膜症は治療成績に大きく影響しない」と報告しています。

 

ただし、内容をよく読むと上記の①~④全ての段階で全く影響しないとも書いておらず、例えば①に関しては4cm以上のチョコレート嚢胞は卵巣の反応性が低下するなど、体外受精の成績を低下させる可能性もあると発表しています。

 

またこの論文は冒頭に「子宮内膜症手術による卵巣機能(予備能)の低下が、内膜症が体外受精成績を下げる主な原因だが」と書いてあり、当然かもしれませんが内膜症手術は成績を下げることを前提とした論文になります。

 

もちろんチョコレート嚢胞の癌化など注意すべき点はありますが、4cm以上のチョコレート嚢胞は卵巣機能を低下させる=卵巣手術すべきと短絡的に結び付けず、患者様の年齢やAMH値など個々の状態に合わせて治療法を提案すべきであると考えます。

 

また内膜症が不妊症の原因となるのは間違いありませんので、内膜症の方で将来的に妊娠を考えておられる場合には、悪化させずにきたるべき妊娠に備えるためにもピルやジエノゲストといった薬物療法がお勧めされます。

 

 

 

 

☆彡まとめ☆彡

 

・子宮内膜症とは子宮の中で育つはずの子宮内膜がそれ以外の場所にとびひしてしまっている状態

 

・内膜症にはチョコレート嚢胞や子宮腺筋症などがある

 

・内膜症は生殖年齢女性の6-10%、不妊症女性の50%に認める

 

・2023年発表の論文では内膜症が体外受精の成績に大きな影響は与えないとしている

 

・ただし4cm以上のチョコレート嚢胞自体が卵巣機能を低下させる可能性があり、また内膜症の手術は体外受精の成績を下げる主な原因となる

 

・将来的な妊娠を考える場合、内膜症に対してピルやジエノゲストといったホルモン治療がおすすめされる

 

 

 

以上となります。

 

当院で体外受精された患者様のうち、子宮内膜症を認めるものの手術せず妊娠された方、手術後に妊娠成立された方何れの例もあります

このように当院では個々の患者様の状態に合わせて、今後も内膜症治療提案させていただきます。

 

 

 

文献)

1)竹田省ほか 不妊症・不育症治療 2017.3  メジカルビュー社

2)日本産科婦人科学会 生殖・内分泌委員会2013

3)萩原優美子ほか  子宮内膜症合併不妊症 産科と婦人科 86(7): 807-811, 2019

4)Edgardo Somigliana et.al.Endometriosis and IVF treatment outcomes: unpacking the process.Reproductive Biology and Endocrinology volume 21, Article number: 107 (2023)