前回のブログ喫煙が妊娠率を低下させ、多くの周産期リスクを増加させるため、妊娠をお考えのご夫婦は禁煙されることを勧めさせていただきました。

 

 

 

実際何となく妊娠に対して悪影響があるだろうという、漠然としたイメージをもたれているものの実際禁煙に至らない、あるいは禁煙に失敗したという方も多いのではないかと思います。(ちなみに禁煙に失敗はつきものです、後で記載しますがあまり気にせず。)

 

 

 

 

そこで今回は禁煙の実践方法を具体的に書かせていただきます。(実際自分自身で禁煙外来を行っているわけではないので、多少ポイントがずれている点もあるかと思います、また禁煙を指導する立場からの治療方法に関しての内容が多くなっていますがご容赦下さい。)

 

 

 

 

 

☑禁煙への2つのアプローチ

禁煙には行動療法と、薬物療法の2つのアプローチがあります。

 

 

行動療法とは、「人の不適切な習慣や行動の修正に行動科学を応用する方法」1)とされますが、もう少し具体的には

 

・行動パターン変更法(喫煙と結びついている今までの生活行動パターンを変え,吸いたい気持ちをコントロールする方法)

・環境改善法(喫煙のきっかけとなる環境を改善し,吸いたい気持ちをコントロールする方法)

・代償行動法(喫煙の代わりにほかの行動を実施し,吸いたい気持ちをコントロールする方法)

 

などが行動療法の一部になります1)

 

 

この文面だけ見てもピンと来ませんが、禁煙をめざして自分の行動パターンを変えたり、気持ちのコントロールをするというのが行動療法ということになります。(行動療法の具体的内容は下表↓

 

 

 

一例としては環境改善法として、禁煙の妨げとなるといわれる環境、例えば職場の酒席で喫煙者が多い同居家族が家の中で喫煙するなどがある場合、しばらく酒席に出席しない家族に協力してもらい一緒に禁煙するなどの方法が提案されています4)。

 

 

 

 

 

禁煙した後に問題となる、喫煙の衝動(離脱症状)が起きた場合の対処法として、さ行のセルフコントロール」と提唱している報告3)もあります。

 

具体的には

 

 : 吸わずに数分間ほど先送りする  <Delay> 
 : 吸いたくなったら深呼吸する    <Deep breathe>
 : タバコを吸う代わりに水分摂取(水を飲む) <Drink water>
 : 背伸び(ストレッチ)をする
 : そのほかに何かする  <Do something else>

 

 

を提唱されています。この報告では、禁煙指導する医師は患者さんに対して、離脱症状はピークは1~3週間でありこの期間を越えると症状が消失・軽減することを説明して患者さんを励ますことや、たとえ再喫煙しても責めないで、何度でも禁煙に挑戦するよう支援することが大切とも述べています2)。

 

 

 

 

他にも、喫煙に対する誤った認識を改善することも重要とされます。喫煙者はニコチンの脳神経への反復刺激によって、日常生活の幸せや楽しみが感じにくくなっています(これを失楽園仮説といいます。すごいネーミングですが、タバコという「禁断の果実」に依存している状態に由来したネーミングのようです。)2)。このため本来日常生活で感じられる喜びより、喫煙での快楽が勝ってしまうという歪んだ逆転現象が起きてしまいます。一方でこの失楽園仮説を認識する、つまり喫煙によって快楽が得られるという効用は誤った認識であり、禁煙により本来感じられる日常生活での喜びが増加すると認知した上で禁煙に取り組むと、喫煙衝動を減らすことが出来るとされています2)。

 

 


 

 

 

薬物療法とは禁煙補助薬を使用して治療する方法で、日本での補助薬はニコチン製剤としてニコチンガムとパッチ非ニコチン製剤として内服薬のバレニクリン(チャンピックス®)があります。ただしニコチンパッチでは妊婦投与禁忌、バレニクリンでは慎重投与となっており、女性の場合妊娠を考えている状態からの禁煙治療としては使用は難しいと考えられ、行動療法が治療の中心になります。

 

 

一方男性の場合は有効な治療手段ですので、禁煙外来を受診され薬物療法を検討されるのも良い方法です。(→群馬県の禁煙外来医療機関リスト

 

 

 

 

 

 

 

☑禁煙開始のタイミングとそのコツ

 

 

禁煙にはその人の禁煙に対する姿勢(状態)によって

 

 

①無関心期 :6ヵ月以内に禁煙しようとは思わない

②関心期 : 6ヵ月以内に真剣に禁煙しようとしている

③準備期 : 30日以内に禁煙することを計画している/過去1年間に少なくとも1回の禁煙を試みたことがある

④実行期 : 禁煙中であるが6ヵ月経っていない

⑤維持期 : 6ヵ月以上の禁煙を継続している

 

5つのステージに分類されます5)。

 

 

ちなみに一般医療機関における外来患者さんの内訳では,無関心期15%,関心期65~75%,準備期15~20%であったと報告されています5)。

 

 

 

③の準備期の方の禁煙成功率がもっとも高いとされるので、いかに無関心期や関心期の方に対して準備期に進んでいただくかが禁煙を指導していく上で重要になります。準備期に進む上で、もっとも大切なことは禁煙がなぜ必要なのかという点をを十分理解していただき、禁煙に対するモチベーション向上させていただくことです。

 

 

 

ここで重要なのは、漠然と「喫煙がなんとなく体に良くないといわれているから禁煙する」という抽象的な内容でなく具体的な健康被害について知っていいただくという点です。

 

 

 

 

前回のブログで喫煙が不妊につがなり、妊娠に対しても悪影響があると書きました。追記として妊娠を考えている女性になぜ喫煙が良くないか「禁煙ガイドライン(2010年改訂版)」6)からの抜粋を中心に再度挙げさせていただくと、

 

 

 

 

喫煙している女性で起こるリスクとして

 

 

×卵巣機能、月経への悪影響 

 ・卵巣刺激によって得られる成熟卵子数が少ない7)。

 ・月経困難症が1.5~2倍多くなる8)。

 ・約2年閉経が早まる9)。

 ・月経不順の割合が増加するが、禁煙によって非喫煙者と同等に回復する10)。

 

 

 

×胎児への悪影響・妊娠合併症

 ・出生児の体重が平均200~ 250g軽い

 

 ・常位胎盤早期剥離の発症リスクが1.4~ 2.4倍、前置胎盤のリスクが1.5~ 3.0倍に上昇し、喫煙本数が増えるほど危険性が増す11)。

 

 ・妊娠36週以前の前期破水の頻度が2~3倍高くなる8)。

 

 

 

×美容への悪影響

 ・ 卵巣機能(女性ホルモン)への悪影響、末梢への酸素供給の減少,ビタミンCの分解促進等の影響を受け、皮膚の弾力性が減り、 しわが増加する12)。

 

 ・ 頭髪の変化(白毛,脱毛)、口唇の乾燥、歯および歯肉の着色、口臭、声の変化、男性型多毛等などが起こり、美容面でのデメリットは大きい12)。

 

 

× 出生後の子どもに対する悪影響
 ・ 乳幼児突然死症候群(sudden infant death syndrome:SIDS→生後1年以内の乳児に発症する予想外の原因不明の突然死)のリスクが母親のみ喫煙で7倍、両親とも喫煙で8.4倍に上がる13)。

 

 ・ 喫煙する妊婦では子どもが注意欠陥/多動性障害(ADHD)を発症する率が2~3倍に増加する14)。

 

 ・ 喫煙が乳幼児に与える影響として、中耳炎のリスクが1.6~2.1倍、呼吸器感染症が1.3~1.7倍、喘息が1.4~2.1倍、糖尿病・肥満が 1.3~2.2倍に上昇する15)。

 

 

 

 

これらのデータから、妊娠前後のみでなく産まれた後の子どもに対する悪影響も顕著なことが分かり、いかに喫煙が女性の生涯において悪影響を及ぼしているかが良く分かります。

 

 

 

 

 

 

 

喫煙の男性に対するリスクも当然あり、妊娠を考えている場合にご主人も禁煙が是非お勧めです。

 

 

 

2018年「全国たばこ喫煙者率調査」では男性喫煙者の割合が女性の約3倍ですし、実際外来の問診からも男性の方が喫煙されているケースが多いです。その点では男性に対する禁煙意識を高めることの方がより重要ともいえます。

 

 

 

 

 

喫煙している男性で起こるリスクとして

 

 

×精液所見や性機能に対する悪影響

 

 ・精液量、精子濃度、運動率、正常形態精子率、総精子数 全てを低下させる16)。

  ※精液中のニコチン代謝産物が精子の運動性を低下させることや,精細胞のDNAを障害することなどが原因ではないかと推測され

   ています17)。

 

 ・勃起障害(ED)のリスクが1.97倍増加する18)。

  ※喫煙はペニスの動脈硬化や、血管攣縮、血管内皮障害を起こすことにより,EDのリスクを高めていると報告されています17)19)

 

 

 

 

×不妊治療に対する悪影響

 

 ・不妊治療・体外受精 を行った場合に,喫煙者カップルは そうでないカップルと比較して妊娠 までに約2倍の治療回数を要した20)。

 

 

 

 

×その他(すでに良く知られていて、男女共通のことですが)

 

 ・肺がん、咽頭・喉頭・口腔がん、動脈硬化、脳血管疾患(脳梗塞など)、冠動脈疾患(心筋梗塞など)、慢性閉塞性肺疾患、白内障、

  骨粗鬆症などのリスクを高める

 

 

 

 

 

 

☑上手に禁煙するためのポイント

 

 

最後に禁煙が成功するポイントとを以下にまとめました。

 

 

①禁煙するメリットについてよく理解する : 前述したように様々なリスクを下げることが出来るというメリットがあります。

 

②禁煙後は1本も吸わない(断煙) : 徐々に止める(減煙)のではなく、やめる時は禁煙開始から1本も吸わない(断煙)方が禁煙成功率が高いとされます。

 

③吸いたくなった時の対処法を知っておく : 行動療法(下表)を事前に知っておくことで、吸いたくなった場合の対処法が分かり上手に禁煙が継続できます。その他先述した、「さ行のセルフコントロール」なども良い対処法だと思います。

 

④禁煙に失敗してもあきらめない : 禁煙を実行しても一度でうまくいくことは少なく多くは3~4回の禁煙にトライした後に生涯禁煙者になることができるとされます1)。

 

 

が重要な点になります。

 

 

 

 

☆彡まとめ☆彡

 

・禁煙には行動療法と、薬物療法の2つのアプローチがある。

 

・妊娠をすぐにお考えの女性行動療法が治療の中心となる。

 

男性の場合は行動療法と薬物療法の両方が選択可能で、禁煙外来などを有効利用していただくのもお勧め。

 

 

禁煙するメリットとして

 女性では、妊娠・出産、美容への悪影響や出生後の子どもに対する健康被害のリスク

 男性では、精液所見や性機能に対する悪影響のリスク

 

 それぞれ低下させることが出来る点になる

 

 

禁煙成功のコツは、①禁煙するメリットについてよく理解する ②禁煙後は1本も吸わない(断煙) ③吸いたくなった時の対処法を知っておく ④禁煙に失敗してもあきらめない 

 

 

となります。

 

 

 

 

 

当院でも初診時に喫煙の有無について確認させていただいております。今後さらに積極的にご夫婦の禁煙のお手伝いをさせていただけるよう不妊治療と並行し、禁煙指導も行っていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文献】

1) 川根博司. 有効な禁煙指導のテクニック-COPDの予防・治療の第一歩. Medical Practice 31(4): 569-572, 2014.

2)磯村毅. 禁煙支援・禁煙外来の実際. 日本気管食道科学会会報 68(5): 358-367, 2017.

3)川根博司:禁煙指導のコツ.Modern Physician 33:1393-1396, 2013

4)串間尚子 他. 上手な禁煙指導. 臨牀と研究 94(11): 1396-1401, 2017.

5)日本呼吸器学会COPDガイドライン第4版作成委員会編:禁煙.COPD(慢性閉塞性肺疾患)診断と 治療のためのガイドライン第4版

6)循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2009 年度合同研究班報告)禁煙ガイドライン(2010年改訂版) Guidelines for Smoking Cessation(JCS 2010)

7)El-Nemr A, Al-Shawaf T, Sabatini L, et al. Effect ofsmoking on ovarian reserve and ovarian stimulation in-vitro fertilization and embryo transfer. Hum reprod 1998; 13:2192-2198.

8)US Department of Health and Human Services (2001) Smoking and women’s health. A report of the Surgeon General. Rockville: USDHHS.

9)Willett W, Stampfer MJ, Bain C, et al. Cigarette smoking, relative weight, and menopause. Am J Epidemiol 1983; 117:651-658.

10)Brown S, Vessey M, Stratton I. The influence of method of contraception and cigarette smoking on menstrual patterns. Br J Obstet Gynecol 1988; 95: 905-910.

11)Naeye RL. Abruptio placentae and placenta previa: frequency, perinatal mortality, and cigarette smoking. Obstet Gynecol 1980; 55: 701-704.

12)Leung WC, Harvey I. Is skin ageing in the elderly caused by sun exposure or smoking? Br J Dermatol 2002; 147: 1187-1191. 

13) Blair PS et al. Smoking and the sudden infant death syndrome: results from 1993-5 case control study for confidential inquiry into stillbirths and deaths in infancy. British Medical Journal   313(7051) : 195一198, 1996.

14) 加治正行. 妊婦と子どもへの喫煙・受動喫煙の影響. 成人病と生活習慣病 39(9): 1036-1040, 2009.

15)小西郁生 他. ママ,、たばこを吸わないで! 産婦人科の立場から. 禁煙科学 7(5): 1-9, 2013

16)Li Y et al. Association between socio-psycho-behavioral factors and male semen quality: systematic review and meta-analyses. Fertil Steril. 2011 Jan;95(1):116-23.

17)British Medical Association Board of Science and Education & Tobacco Control Resource Centre :
 Smoking and reproductive life. The impact of smoking on sexual, reproductive and child health, 2004.(http://www.bma.org.uk/images/smoking-tcm41-21289.pdf)

18)  Feldman HA, Johannes CB, Derby CA, et al : Erectile dysfunction and coronary risk factors : prospective
 results from the Massachusetts Male Aging Study. Prev Med, 30 : 328-338, 2000

19) Mc Vary KT, Carrier S, Wessells H : Subcommittee on Smoking and Erectile Dysfuncition Socioeconomic Committee. Sexual Medicine Society of North America. Smoking and erectile dysfunction : evidence based analysis. J Urol, 166 : 1624-1632, 2001.

20)田中佑佳 他. 妊娠中から乳児期の母子を支える : (3) 喫煙・アルコールが妊娠へ及ぼす影響.チャイルドヘルス 20(7): 494-495, 2017