木島信勝23歳。

田舎から、都会に憧れる熱い思いと「いつか、自分の店を出したい。」という希望と野望を胸に抱いて、

美容系の専門学校を終了後に単身、上京してきた。

「俺は何処にいってもやってける!」根拠が無い自信を持っている信勝だったのだけど。

自分で、そういっているだけの事はあって。何処でも、誰とでも すぐに馴染んでしまうのだった。

東京の従業員が3人しか居ない小さい美容室で働いて3年が過ぎた。春を迎え、26歳になっていた。


美容師として働く中で「お前は本物だ。」そういってくれる人もいた。


すごく嬉しくて、そういう一言が自分の価値を裏づけされてるようで『やる気』になる。

「そうだ!俺は出来る人間だ!」そういう信念が在るからこそ、やっていけるんだ。


付き合って三ヶ月になる彼女の幾恵は19歳で、高校には行ってないのに、信勝より遥かに賢い。

解らない事を口に出すと、さらっと答えてくれる。

今は昼間は携帯をデコレーションするバイト をしているそうだ。

高校を退学になった理由は知らないが

おそらく人間関係が下手なだけで、地頭は良い子なんだろうなと思う。


彼女は俺の働いている美容室の客だった。

その時は、今風の綺麗な顔立ちをした子で、爪が長くて、家事なんかできなさそうな子だった。

母子家庭で育って、割かし自由に育ってる感じがする。

インスタントラーメンとかピザとか、スーパーで売ってるお惣菜で育ったと言ってる。

行動が自由奔放で 大胆すぎて男の目をひくのに、無防備だから。

はじめは 守ってあげたいと思わせたけど。

彼女の大胆さを見たら

ある意味では同じ男の目線が気になって

信勝自身がある種、男としての危機感と彼氏としての危機感を覚えないわけでもなく。

そういう男心をくすぐるやり方を幾恵はその年でもう知っていた。

美容室の客には女性が多いから、信勝がそういう誘惑の手練手管に 

段々、慣らされていた事もあって。

今は特に 疲れた時に会うと、ただもう疲労感を覚えてぐったりする。


彼女のそういう大胆さが ただもう煩わしく感じる時もあった。

10代の若い頃だったら、ともかく。今はもう少し落ち着いて居たい。

そうは思うけど、都合が良いときに会って、話が出来る。遊べる。そういう点では申し分が無く。

今の彼女が別れたいというわけではなかった。


まぁこの年で結婚するわけでもないから。

今はお互いにあまり重く考えないで、適当に付き合ってる。


昨日、常連のアラウンド40のお客様がきた。

いつもの事前カウンセリングに書き込まれた名前をチェックする。

多嶋未来、職業・・経営コンサルタント。40台前半。

その女性は40才をまわってる風にはとても見えない。

いつも若々しくて、元気そうで、綺麗だ。

そこら辺に居るただ若いだけの女の子より、よっぽど女として努力してる感じがする。

凛としていてパワーがあるのだ。若さだけでは出せない雰囲気だと思った。

信勝には女の努力がどれだけ大変なのか・・、どれだけ投資してるか という事は、あまりわからなかったけど。

信勝の田舎に居る真っ黒くて化粧ないっけがなくて、がさつなかぁちゃんと比べたら天と地程の差がある。・・と 思っていた。

仕事も出来て、女性としても綺麗で。すごいパワーがあって、輝いてる。

本人も『仕事をバリバリやってる時が一番楽しい』と言ってた。

「そうですよね。俺もです。」とニコニコして言うと。

「若い子は良いわね。言葉にうそが無くて。」と 少し寂しそうに呟いた。


他人から見て、1人の人間が表面で見えてる事とそう努力して見せてる事。

と 心の中で思ってることが一致してるわけじゃないんだ。


単純な信勝は そういう難しい考え方をしたことが無いけど。

やらなければならない事をしていて、その中で我慢する事が多いと。

俺みたいに単純な嬉しさや喜びだけではやっていけないんだろうな。


そう思った。


先輩美容師の可奈が「あの多嶋さんが何で離婚したか、なんとなく解るかも。」といっていた。

可奈は子育て中のママさん美容師で、シングルマザーをしている。

同じ職場で出会った美容師仲間の旦那さんが妊娠中に、浮気をした。

浮気相手が妊娠した事で、ばれてしまって大騒ぎになった末の離婚劇だったそうだ。

3歳になる可奈さんの子ども、奈々美ちゃんは、仕事中は実家に預けているそうだ。


家事と子育てと仕事と、どれもこれも時間ぎゅうぎゅうに予定を詰めている可奈は。

最近疲れた顔をする事が多くなった。

仕事の愚痴をこぼす事はないけど。

いつも疲れた時に「はぁー。」と大きなため息をつきながら首をコキコキと鳴らすのが癖だ。


「え?多嶋さんが、離婚?あの人も結婚・離婚してたんですか?離婚したわけってなんなんですか?」ワイドショーのネタのごとく信勝はくいついた。

「あの綺麗さ。見たでしょ?」可奈は箒とちりとりを持った手をぶらぶらさせた。

「はい。綺麗ですよね。」信勝は頷いた。「仕事もバリバリって感じですよ。可奈さんと似てますね。」

「違うわよ~。」可奈がゲラゲラ笑う。

「なんでですか?」

「あの綺麗さって、競う人とか、自分より下の人が居ないと 保てない美しさだと思うの。」可奈は考え深げに言う。

「だから、余計に。家庭におさまって小さく生きていける人じゃないんじゃないかって、思うわけ。」多嶋さんのカットした後で床に落ちた髪の毛を箒とちりとりを持ちひとりで掃除をする。

喋る時も、可奈は手を休めない。


「あぁ~なるほど。でも・・・いつも誰かと比較してしか、自分の良さが解らないってそれもそれで寂しいっすね。」信勝は言った。

「うん。そうだろうな。」後輩の菊川君が言った。「勝ち取ることが全てで。そうやって生きてきたのは自分の選択だし。人より恵まれてるけど。実は寂しい。けど、寂しいっていえない。せめて『今が幸せだ』って強がらなきゃ、って 必死で頑張ってる様に見えますよね。あの人。」菊川が鋭い事を言う。菊川も雑巾を持って目の前の曇ったガラスを拭いている。「実家の母もあんな感じでした。」


可奈は顔を上げて言った。「そうね。私は子どもが居て、良かった。結局仕事だけしてたら、多嶋さんみたいに仕事人間で、ひとりぼっちに なってたかも。木島君はさ、彼女が居るじゃない。」

「はい。居ますよ。」信勝は 胸を張って言った。

くすっと可奈が笑った。「自分が悩んだ事とか、打ち明けてる?」聞きながら、ちりとりに溜まった毛をビニール袋に捨てる。

「うん。まぁ適当に聞いてくれますね。」信勝は彼女の顔をぼんやり思い出した。

「多分、そういう事なのよ。多嶋さんの孤独ってさ。自分が悩んだ時に、慰めてくれる誰かにすがれるのも勇気だと思うんだ。」可奈は箒とちりとりを隅に置いて、顔を上げた。

「難しいですよ。それ。」菊川が口を挟む。

「何で?」可奈は聞く。

「年齢もありますし。若い子だったら、可愛いと思うかもしれないけど。一般的な普通の男だったら、あぁいう立派な人に頼られたらひいちゃいますよ。重いですもん。」菊川はいつも思ったことを率直に言う。

「そっか・・・。」可奈は考え込んだ。

「若いうちなら、許された・・・か。」可奈は 今の自分の生き方に少し疑問を抱く時もあった。


私はこのままでいいのだろうか?このまま子育てをしていくという事を考えると。

いつもひとりで育てていく事に戸惑いや不安を感じるのだ。

支えてくれるパートナーが居れば良いのに・・・・。

可奈は最近、よくそう考えている。


美容師仲間で飲んでると 

指名が思ったように取れないと言ってる後輩の菊川が

「客に話題を提供できるように、遊びも大事ですよね。本を読んだり、新聞読むのも大事だとおもうんですけど読む時間があんまり無くて。」

と 真面目な事を言ってきた。


う~ん 俺なんか、暇があったらネットするか、酒飲むか、寝るしか無い。

そんなこと考えたこともねぇな。なんだ この真面目ぶり と 木島信勝は思った。


「まぁ、そうだな。」と信勝は 冷静に答えようとしたけど。

先輩美容師の可奈さんが「まぁ美容師ってある意味ではホステスみたいな要素がないと駄目なのかもね。」と 信勝より先に言った。

「ホステス?」後輩の菊川君と俺は声を合わせる。


「そう。美容師って容姿が大事って言う人が多いじゃない。容姿が大事って言う人って、結局は そこだけででしか人を判断してないから。

ある意味、美容師やってる人って、人に対する思いやりとか、思慮深さに欠けるなって思ってたのね。

私的には。

所詮、美容師って お客様が主役になれる美を追求するお手伝いをするだけで、

人の心の奥まで、踏み込む必要は無いんだよね。あたしたちはさ。

そういう意味では、お客様を 『表面だけ 気持ちよくさせるだけ、楽しませるだけ』で良いんだよね。」まるで確認するように可奈は言った。


可奈には固定客を何人も抱えていたのだが。

可奈自身が、お喋りが苦手という事もあり。

お客さんがこうしたいと訴える要望がどうやっても無理な場合に。

きちんと断るというような域まで達していなかった。


「ふかいっすね。俺、あんま考えた事無ぇ。目の前にある仕事で精一杯っす。」木島信勝は言った。


「うん。私も若い頃そうだった。それはそれで良いんだと思うの。技術を上げることって、すごく大切だよ。

ノリとか、カリスマ性とかさ。そういうのだけでも美容師ってやってけるけど。

そういうのもある種、人をひきつける技だと思うんだけどね。

上辺だけ都合の良いこと言い続けるのも、人と人の関係では、逆に難しいんじゃないかな。

そういうのもさ、結局技術無しで、うわべだけだったらいつかは廃れていくと思うけどな。

どうやって納得させるか。かな。」可奈さんは言った。


「ですよね。」後輩の菊川は言った。

「まず、自分の腕を上げること。お客さんが何をして欲しいのか聞くこと。後、気持ちよくさせる事。」信勝はいかにも先輩っぽい顔をした。


「はい。」菊川は頷いた。

信勝は 時々人を見透かしたような菊川を見ると 

何故か自分が本当に何も悩んでない馬鹿みたいな気がして、時々嫌な気持ちになった。


「ははっ、そうね。いつもここに来たいって思わせる様な場にしなきゃとは思うよ。

私はさ。技術は頑張って身につけてきたけど、そういうのって次々新しくなるから限が無いとこあるし。

大体、喋り下手だから、そこを生かして私は聞き役に徹するようにしてるんだ。」可奈さんは言った。「それが駄目なところでもあるんだけどね・・・。」また、ため息をついて首をコキコキ鳴らす。「はぁ~。」


「俺は客のことを考えて何か特別にしてるわけじゃないすけど。友達の髪きるみたいに楽に仕事してるな。こうじゃないと ・・・ってあんまり思ったことないっすね。」俺は言った。


「そうすか。」菊川君が頷いた。

「菊川君は・・・・一生懸命で、ちょっと不器用な感じがする。言いたい事ズバッという事もあるけど・・基本的に寡黙だしね。人とのおしゃべり苦手でしょ?」可奈が笑って聞いた。

「そうなんですよ。」菊川君は可奈のほうを向く。

「うん。」可奈さんは頷いた。

「中には、喋りたくないとか、そういうのが好きなお客さんも居るから、大丈夫だからね。」可奈さんはゆっくり枝豆をつまんで口に運んでいく。

「まぁまぁ、ノメノメ。」俺は菊川君のビールジョッキをいっぱいにする。

「あ、すいません。」菊川君は頭を下げてグラスを手で上に上げてもっていく。

「可奈さんみたいに仕事の出来る人間になりたいです。」菊川君はビールを一気に飲み干してから言った。そして頭を下げて、信勝にビールを注ぎ返す。「どうぞ。」可奈のビールジョッキにもビールを注ぐ。

「あははっ、ありがとう。」華奢な肩をすくめながら可奈は笑った。


「仕事だけ できる人間が 良いのかどうか解らない所もあるんだ。私には。同業者みてたらさ。

喋りだけが上手くて、お客さんの心を掴むのが上手くて、指名をいっぱい取って。いまや店ひとつ任されてる子も居るしさ。

菊川君は、男の子だからね。いつかお店を持ちたいと思ってるなら。

木島君みたいに、それなりに何処でもやってける能力も必要だよ。先輩の良いところ見て盗んでいってね。」

「はい。」菊川君は言った。「はい。」信勝も言った。


信勝は帰り際、彼女に会いたくなって、電話した。

プルル・・・プルル

音が響く。


出ない。


携帯を見つめると。


メールが届いていた1件だけ。「幾恵より」

メールを開くと。一文書かれている。

「別れて下さい。」


それしか書かれて無い。理由が解らない。電話をしても出ない。

遊びだった筈は無い。幾恵は「ずっと一緒にいようね。」と言った事もあるんだから。

俺にべたぼれだった筈。俺の都合の良いときに会って、話をして。遊んで。


あの期間に幾恵が何を考えてるか。

俺は考えた事があったかな・・。


ずっと こうやって自分からの連絡を待っていたであろう 幾恵の姿を思う。

自分は自分が連絡するまで放って置いてしまった。


信勝は そのメールで はじめて 幾恵の孤独感に 少しだけ気がついた。


それでも、信勝はあまり考えない事にした。

次、次。終わった事は 考えても仕方がない。

ただそれだけで終わらせて。

次の恋愛へと漕ぎ出した。

まもなく彼女はみつかり、また破局して。また新しい彼女を探す。

ずっとそれを繰り返している。


結局、どの女性も ずっと一緒に居ても、『信勝と人生を共にする』 と 言うような相手は居なかった。

はじめだけ熱に浮かされたような気持ちで「ずっと一緒にいたいね。」と言うだけで。次第に冷めていく。


そういう恋は『共に人生を歩む』という事には繋がらなかった。

パッと ノリやタイミングで結婚! という感じにもならなかった。

信勝自身が『自分にとって都合の良い女性』しか求めてこなかったからだし、

信勝がそれを小ズルク『隠そう』としなかったからでもある。


そういう事を続けていくと、自分が田舎から出てきた時とは違って

薄汚れていくように感じていた。

仕事もどんどん後輩にとられていく。菊川は上達するのが早かった。

「努力だけは人の倍はやってます。」菊川は褒められると 笑ってそう言っている。

そしてそれはその通りなのだった。菊川は努力家だ。


信勝は毎日毎日 少しずつ焦りながらも、仕事をこなしていた。

自分の彼女に後輩の文句をぶつけて、笑いあって瞬間、納得をしてみるけど。

なんだか気が晴れない。


なんと 先日、可奈さんと菊川君の結婚式があった。

ごく内輪のパーティーだったけれど。

どうやら2人はあの飲み会以来、お互いによく相談をする仲だったそうだ。

菊川君はスピーチで「人の人生を背負うっていうか、結婚も一度してみなきゃ解らないと思って。なるようになるかなって今は思ってます。可奈さんを幸せに出来るように頑張ります。」と言った。

少し大きくなった奈々美ちゃんが菊川君におずおずと近づいて「ママをよろしくお願いします。」と頭を下げた。

菊川君は「皆、一緒に 幸せになろうな。」と 真っ赤な顔をして、照れながら言っていた。

奈々美ちゃんは、言葉もなく。頷きながら泣いていた。


多嶋さんも

大きなお腹をしながら結婚のパーティーに来ていた。

どうやらオーナーと経営がらみの相談で懇意らしく、招かないわけに行かなかったようだ。

「赤ちゃんが出来たの。」多嶋さんは そう言って。びっくりする皆に大きなお腹を見せて回る。「ほら。」

「子どもが出来たって言ったら、相手が逃げちゃって。まぁ元々家庭がある人だから。仕方がないわ。これからシングルマザー、一直線なのよ。大変になるけど。頑張るわ。」お腹をなでながら、優しい声でそう言った。


「大丈夫ですよ。」可奈は 言った。

「私も今までずっとシングル・マザーでしたから。でも子どもは。」奈々美の方を向いて言う。

「立派に育ってくれています。母として、何もしてやれなかったけど。この子の事は、誇りに思ってます。」

奈々美ちゃんは 母親の顔をした可奈の後ろではにかんでいる。

その親子の姿を見て菊川君も頷いている。


多嶋未来は目に涙を浮かべながら 


「『頑張ってきてよかった』って 言える日が来たら、それで良いのよね。」と 言った。


その言葉が、信勝の胸にじんわりと染み込んでいった。

明日も また 頑張ろう。






































































中学2年生も中盤になってから、

受験の為に、勉強に本腰を入れないといけない と 思う人が増えてきたのと。

先輩が あまり部活に積極的に参加しなくなって。

入って未だ1年しか経っていない2年生の肩に色々な事が、のしかかっている。


吹奏楽部のトランペットとして所属する美智香は

トランペットの練習で荒れた唇にリップを塗りながら イライラしていた。


2年生の副部長を任されている梓でさえ 

自分は難関校に受験するから部活にあまり出られない というし。

部活で親しくなった睦実も最近、あまり積極的じゃない。


集まった時は集まった時で、積極的にリーダーシップをとれる人間が誰も居ない。

顧問の教師は2年目で、様子を見てるだけで 特に何もしないし。

譜面台は新入生が出すはずなのに、いつも自分が出してる。

新入生に言っても「台は何処に在るんですか?」とか「出し方が解らな~い。」と悪気も無く、平気で言うし。

そういう態度がまた美智香をイライラさせていた。「私達を見てたら解るでしょう?」

つい、嫌味の1つも言ってやりたくなる。


他の中学は たった3年間でも、ある程度のレベルまでいけてるのに。

自分たちが身につけたのは楽譜を読む事、個人練習をする事と、楽器を吹くらいのものだ。

吹奏楽部の一員として大勢で揃えて曲を練習できた事が数少なく。


身につけた事が あまりに少ない気がして、なんだか気ばっかり焦る。

『中学の時、一生懸命やってたこと』として思い返すたびに、

後になってこのときの自分の事を美智香は思い出した。


ある日男子の1人、パーカッション担当の森下が言った。

「皆さ、自分から部室に集まる事も少なくなってきたよな。」

たまたまその日は顔を出してた梓が「そうね。1年生の頃は新しい楽器を触るだけでわくわくしてたのにね。あの頃は部活って結構楽しみだったかも。」と言った。

「お前、難関校受験するんだろ?」森下は細い目から眼光鋭く 梓を見た。

「まぁ・・・ね。」梓は顔をそらしながら答える。「だから、あんまり来れないのよ。塾とか習い事も在るしさ。」


「今からなんて、はやいすぎじゃね?とか 思ったけどさ。お前の姿見てたら 俺も焦ってきて、部活に身がはいらねぇわ。」森下は立ち上がり、楽器を移動して隅に片付け始めた。


「皆。自分の事ばっかりだね。」美智香の溜めてた怒りが噴出した。

「梓も部活出来ないんだったら、やめたら良いのに。何でずっとやめないの?副部長なんだから、もっと自覚してよ。

1年生もさ。譜面台、出すのは1年生の担当じゃん。出し方が解らなかったら聞けば良いじゃん。何でやろうとする姿勢も見せないの?」美智香は苛立っているのを隠そうとしたが うまくいかず、最後は泣き出してしまった。


「あぁ~、美智香。真面目だからぁ。」梓は言った。「皆、事情が在るのよ。」


「遅れてごめん・・・。」睦実が間が悪く ガラガラと戸をあけて部室に入ってきた。


一瞬、異様な雰囲気に睦実の顔に緊張が走ったが、美智香の泣いてる顔を見て「どうしたの?」と聞いた。


「何で 皆 もっと真剣にやらないのかって、さ。」森下はまるで自分が泣かした言い訳をするような・・

ばつが悪そうなそぶりを見せる。


「あぁ。最近、みんな集まりが悪いから。」睦実は 頷いた。「皆が バラバラになってるって感じがするよね。」

1年生の男子部員、柳が言う「あの・・・。俺たちは 指示してもらわないと解らないんで。」

「そうそう。」1年生の女子部員が笑いながら言う。


「うん。」睦実は言った。

「それは 私たちに悪い点が在るって言いたいの?」美智香が怒りを帯びた声で言う。


睦実が怒った美智香を庇う様に言った。「私たちが1年生の頃は結構、吹奏楽部はね。部員が結構居て、大所帯だったの。だから、先輩に直接教えてもらうって事、あんまり無かったのよね。先輩の動きを見て学ぶって方が多かったから。」


「今は部員少ないじゃないすか。動きを見て学ぶって言われても・・・部活に出てる先輩が少ないんじゃ、学びようが無いし。」

「二宮先輩、何でやめないんですか?」

梓の方を向いて1年生の部員が聞いた。


「私?」梓は一瞬戸惑った。

「部長とかやってた方が、受験の為には印象がいいからだよね。」睦実が 二宮梓の本音を言葉にした。


「二宮さんに責任がないとは言えないと思う。」睦実は言った。


森下が言った「でも、結局は皆それぞれ受験するわけだしな。時期が早いとは思うけど。俺も、二宮みて、勉強頑張らないとなって思ってるんだけど。」


「受験やるなら受験やるで、良いし。森下君が二宮さんみて勉強頑張ろうと思うのも悪い事じゃないよ。でも、二宮さんは副部長やめてから受験する事に専念したら良いじゃん。先頭にたたなきゃいけない人が どっちつかずになったら、結局こうやって皆が迷うんじゃん。」睦実が梓に言った。


「私だけに責任を押し付けないでよ!」梓は怒った。

「1年生が出来ない言い訳を、全部私のせいにしないでよ!」鞄を持ち上げて部屋を突き抜けていく。

バターン!大きな音を立ててドアが閉められる。梓は出て行った。


「あぁ、俺 もうこの部活やめようかな。」森下が呟いた。

「こんなんなってまで頑張る意味、ねーし。だったら、やっぱ俺 勉強 頑張るわ。」

森下も梓の後について出て行く。


1年生も 楽器を片付けて ゾロゾロと出て行った。


誰も居ない教室には虚しさや苛立ちだけがポッカリ残っていて。

ここから、全てを良い方向に立て直す術など誰も身につけては居なかった。


美智香はまだ怒っていた。「睦実・・・睦実は何で部活に来なかったの?」

睦実は しばらく目を伏せて「ごめんね・・・・。」と小さな声で言った。

「お父さんが、過労で倒れちゃって・・・・。入院してて・・・。」


美智香は睦実とは親しいはずなのにそんな事はまったく知らなかった。

「うそ・・・何で?いつ?」混乱した頭のまま睦実に聞く。


「2ヶ月前にね。急に職場で倒れちゃって・・・。学校に電話がかかってきてね。珍しく、早退したことあるでしょ?私。」

「うん・・・。そういえば。」美智香は思い出しながら頷いた。


「うん・・・あの日なの。」睦実は静かに笑った。

「でもまぁ、大したことじゃないしさ。パパにとっても、良い薬になったかもね。働きすぎなんだよ。」睦実は笑った。

「まぁ、不況で首がかかってるから、仕方がないんだけどさ。」


「ごめんね。全然知らなかった。大変だった?看病とかしたの?」美智香が聞いた。

「うん。まぁ・・・着替えの替えを持っていくのと、弟と自分のご飯を作るとか。それくらいのもんかな。大したことじゃないよ。ママがまめにやってくれてるから。」笑って言う。


「そっか・・・。」美智香は考えた。 「私も 結局は自分の思いでいっぱいになっていて、

友達のことさえ、ちゃんと知らなかったんだね。」


「まぁでも美智香は、なんにでも一生懸命だから。それに部活に誰か1人はそういう人が居ないと、困るじゃない。それはそれで良いんだよ。」睦実は真剣な顔をして言う。

「私さ、二宮梓じゃなくって、美智香の方が副部長やったら良いのにって思ってたんだけどな。」


「え~。ほんとに?」美智香は照れながら 笑顔になった。

「うん。そうだよ。正直言って、梓は向いてないと思うんだ。私。」睦実は壁にもたれかかって言った。

「上級生と男子の受けはいいんだけど、部を引っ張ったり 下級生を束ねていける人なのかなって・・・。」


ガラガラ、ドアが開いた。

睦実はドキッとしながら後ろを振り返る。

顧問の新任教師、高橋慶吾だった。

「おうっ!」生徒にいつでも陽気な声をかけるが そこが『うざい』と陰で言われてる。


睦実はドアから入ってきたのが

二宮梓じゃなかった事にほっとした様子で「なんだ、先生か・・・。」と 肩の力を抜いた。

「何だ・・・先生か・・・は、ないだろ。なんだお前達。まだ帰らないのか。もう暗くなるぞ。」


「は~い。」二人で声を揃える。


「先生、私達を育てるのって難しい?」美智香は高橋に聞いた。


「なんだ、いきなり。」高橋は困った顔をしながら 答える。

「でも、お前達には今日より明日、明日より明後日ってさ。良くなる可能性が在る って俺は信じてるから。」高橋は新任教師らしい熱さで子どもたちの姿を捉えていた。


「最近、一年生が譜面台出さなくって、部の伝統が引き継がれていかないんです。」と美智香は高橋に言った。


「あぁ、今の新入部員か。あいつら言う事を聞かなさそうなのも居るからな。」高橋は1年生の顔を順番に思い出した。

「まぁでも・・・・伝統って言う程の重大な事でもなさそうだな。たくさん部員が居るわけじゃないし。

1年生部員だけにやらすより、当番制にしたらどうなんだ?人数も少ないし。」高橋は言った。


「まぁ・・・俺らが部活で先輩に何か言われたら、何でも絶対に「はいっ!」って答えなきゃいけなかったけどな。今の子は違うのかもな。何でも、言いたい事言っちゃうのか。」高橋は 睦実と美智香の顔を交互に見て、どうだ?と言うように 眉をあげた。


「そうそう、先輩になったらちょっと偉そうぶれるかな~とか、楽できるかな~とか 思ってたのにね。」クスクスと睦実が笑う。「ほんと。ほんと。」美智香も つられて笑って言う。「実際、自分達がなったら 大変な事ばっかだよ。」


「今はな。たくさん悩んどけ。そうやってもがいて、何とかしようとする頭を持つ事が 部活の内容よりも、お前達には大切な事だぞ。」高橋は教師らしいことを言った。「さっ、おまえらもう帰れ。外が暗くなるだろうが。女の子は暗くなってから出歩いちゃいかんぞ。」


「はぁい。」美智香は言った。「先生、ちょっと見直したよ。ありがとう。」睦実が言った。

「お?そうか。」高橋は笑って言う。「もっと部活に出てくれたら、もっと見直すんだけど。」と美智香が笑いながら付け足した。


その夜 高橋は学生時代に結婚をした妻と晩酌をしながら言った。

「俺達は恵まれた環境の中で育ってきて、教師になったわけだけど。

社会の中で現実起こってる問題が学校で表面化する事を全てどうにかできるわけじゃない。

複雑で雑多な環境の中で育った生徒たちが 俺達を『教師』にしてくれるんだよな。今日な、生徒にありがとうって言われたんだよ。うれしかったなぁ。」


妻は言った。「すごいじゃない。素直ないい子たちみたいで、羨ましいな。

恵まれて育った人が社会に出て教師になって、社会の底上げをするって事って

恵まれた人の社会への恩返しでもあるんだろうね。」

「恩返しかぁ。俺ら、勝ち抜いてくることで必死でさ。あんまり奉仕するって意識がなかったから。何が出来るかって考えたら・・・。教師としての授業をちゃんと子どもにする事も大事だけど、生徒の基本的な生活っていうのも見過ごせないなって思ったんだよな。最近、ちょっと学年で気になる子が居てさ。」

「社会的な問題にしろ。発達や成長の過程の問題にしろ。

難しい問題は現実に色々と起きてるし、それは教科指導の難しい本を読んで解るわけでもないし、

通り一遍の方法で すぐに何とかできるほど簡単じゃないのよね・・・・。

でも・・何とかしようって思う教師が居るだけでも、大分違ってくるわよ。

『問題とはいつも新しく向き合えるようでありなさい』って私の父の言葉なの。」

「どういう意味?」高橋慶吾は妻に聞く。

「次から次へと 問題が起こるたびに、問題が在ることに慣れていってしまったりするじゃない。

でも、解決するにはどうしたら良いか。

はじめは がむしゃらにでも良いから、向き合え。って事。


そのうち、何とかできる事と出来ない事。それを見極める力と、努力をする方向がわかってくるんだ ・・って父が言ってたわよ。」

「さすが御義父さんも教師だよなぁ。俺はまだまだだよ。」

「最初から、誰でも素晴らしい人なんて居ないわよ。

父も駄目なところなんかいっぱいあるし。

電気を消し忘れたりね。植物に水をやりすぎて、根ぐされ起こしちゃったり。

最初からレベルを気にして頭で考えて、結局は無難に行くより、体当たりでやった方が身につく事も在ると思うし。

慶吾にはそれが向いてると思うな。」

「あの子達と俺と、一緒だな。」高橋慶吾は 笑って言った。


「何とかしようとしてるうちに。やり方が身についてくることも在る。俺も、今日 生徒にそう言ったんだよ。」

「あの子達も、あなたも 生徒同士の関係にしろ。共に育てあってるんだよね。今の親御さんは完璧な教師像とか、自分達に都合の良い教師像を求めるけどさ。

教師だって、人間じゃない。失敗もあれば、間違いも在るし、イライラする事だってあるわよね。」


次の日、吹奏楽部の部室から、美智香と睦実のトランペットと1年生部員のマリンバの音が響いていた。

ボチボチ集まる1年生から、退部届けを出すと言われる度に必死で引き止めて、

譜面台は交代制にしようと提案する。


後で美智香と睦実は このときのことを振り返って

「あの時は、とにかく 焦ってたね。」と笑いあった。

自分の方向性を見失い。友達が自分の方向性を見つけて先を歩いているのも、含めて。

「今 思えば 二宮梓も。中学生らしい中学生だったね。ものすごい勝手なわけじゃなかったよね。要領はよかったけど。」 睦実は言う。

「そうだね。誰もが、何をどうして良いか解らなくて、誰かに責任を負わせたかったのかもしれないね。私達もまだまだ子どもだったな。今じゃ、考えられない。」美智香が言った。


教師生活15年目の高橋慶吾が後ろから声をかける。

「おうっ!」


「先生、相変わらずお変わりなく・・・。(挨拶も・・・)」高橋と同じ中学校教師になった新任教師の美智香は

視界に高橋を捉えると その様子の変わらなさに おかしさを感じ、目の端で笑っていた。

「お前は、あの頃と比べて随分立派になって・・・。俺、お前ら見たら随分 年とった気がするよ。」と笑って言った。

「あの頃、悩んで必死で頑張った時期があったから、今が在るんだと思います。」美智香は言った。


「俺もそうだよ。」高橋も言った。


「さぁ2人とも。今日は健康診断に来たんでしょ。血液検査はこっちですよ。」現在、看護士をしてる睦実が言った。



























































 


 



東条エリカ この名前で生きてもう5年になる。


本当の名前ではないし、性別すら違う。


だけれどもエリカは両親に貰った名前よりも、東条エリカという名前の方が 

より本当の自分に近いのだと思っていた。


いや・・・違う なりたいと思う自分の姿に近いだけ なのかもしれない。


元から自分の性別に違和感を感じていたわけではあるけれど


女として生きてみると やはり 本当の自分という人間の姿に 少し近づいては また 少し遠ざかった気がした。


良い部分だけを見せて 悪い部分を隠す という女特有の習性に慣れないせいもある。

女として生きるという事は 想像以上に難しかった。


男性は 女性が自分にとって『御し易い』から、守りたい などと 思うのだ。


エリカは 自分には 男性として 社会に出て 人を押しのけて生きていける覚悟が無いから 

こんな思いを抱くのではないかと自分を責めて後ろめたく思った時もあった。


でも 女性として 外に出てみると 女性の世界も男性社会と 何の変わりも無かった。

むしろ女性として生きていくほうが 覚悟や決断をせまられる場面が多いし、

陰湿で狡猾に生きていくことを迫られる。


彼女らも また 自分たちが男性に御し易い と 思われるように 

優しさや気遣いをしてるように見えて

その実、それらは 彼女らのただの 『飾り』の1つしに過ぎなかったのだ。

彼女らが持つのは 心根の優しさ などというものではなく

それは我が表に出せなくて、守ってもらいたいと願っている我侭の塊だったのだ。

彼女らの優しさは 『人に対して在るもの』ではなく

『自分を守る為にあるのだ』 と エリカは女の世界で感じた。


男性として生きていくと 見えてくる 男性像 女性像。 

女性として 生きていくと 見えてくる 男性像 女性像。

どちらからみても あまり 自分がこうなるべきだなどと 強く思うことの出来る 要素が無かった。  

エリカは どっちつかずの宙ぶらりんで 前にも進めず 後ろにも引けなかった。


そもそも 自分が自分という人間に、その性別違和感を抱いたのは 何故なのだろうか・・・・


女の子とおままごとばかりをして遊んでいた小さい頃。

姉にスカートをはかされて、大喜びした時でさえ。

自分は自分の性別に『何の疑い』も抱かなかった筈なのに。


いつの間に『男性としての誇り』を捨ててしまったのだろう。


昼はフリーランスをして、夜は持って生まれた身体はそのままでメイクをして

バーで働く時だけ何とか容姿だけ『女性』になっているけれど。

最近、それも何か違うんじゃないか・・・・ このままで良いのかしら と 思い始めている。

考えてみたら 姉なんて、そこら辺の工事現場で働いている様な身体つきをしているし、

言動も行動も女らしさからはかけ離れているのに。

何故、あの人は 男性になりたいと思わなかったのか不思議なくらいだ。

久しぶりに姉の数葉に電話をかけてバーで会う約束を取り付ける。


実家と連絡を経って久しいが、姉の数葉から実家の状況などを聞く為に

時々会っていた。


挨拶もなしに数葉はいつもの親しい様子で「何よ。なんかあったの?」と聞いてきた。


「姉さんは、男になりたいと思ったこと無い?そんなに男らしいのに?」と からかいながら聞くと、

弟・・・いや妹 を 遠慮なく殴りながら。

大声で笑って言った。

「淳一!そりゃ。あんた、女に生まれてあぁ損したなぁ とかさ。めんどくさいわぁ とか思う事は、たくさんあるけどさ。

男になりたいなんて思う隙が私には無かったね。惰性で生きてきたからかな。」と 言った。


「淳一じゃないってば。今はエ・リ・カです。」と少し膨れてから。

「そう。きっと 普通の人なら、そうなんだよね。」とエリカは頷いた。


「そうだよ。誰も自分の性別を変えたいと思う様な出来事ってないもの。」数葉は言った。

「お前は、あれだね。実家が大工なもんだからさ。変にさ。『継がなくちゃ』と思いすぎたのかもしれないよね。そんなに重く考える事無いのにさ。」数葉は笑っていった。


「父さんと母さんは元気?」エリカは聞いた。

「父さんは元気にやってるよ。今でも現役。相変わらず、無口だし、酒ばっか飲んでる。仕方がない親父だよ。」と 数葉はビールのグラスをトンと音を立てながらテーブルに置いて言った。

「お前もさ。たまには帰ってやりな。父さん、継がすのを完全に諦めたみたいだし。母さんもさ、どうしてるか気になってるみたいで、寂しがってるからさ。」数葉は言った。


「そう。」エリカは首を傾けて女らしく頷いた。


「あんた、元から何処か気が弱くて、女の子っぽいとこあったけどね。

ねぇちゃん今も、お前が本当に女に向いてるとは思わないよ。

でも、あんたが本当にそうしたいんなら、そうすればいいと思う。

染色体がどうとかあるじゃん。あぁいうのは調べたの?」


「ちゃんと、男だったみたい。」エリカは言った。

「なんかね。何処にも所属しない感じがして、頼りない感じなのよ。今、あたしって何?って思うわけ。」とため息を漏らした。


「男が女になりたいって、中々思わないじゃない。性別を変えるって相当な決断だと思うわけ。

で、私はそれを一度思っちゃったわけでしょ。

その時の私の気持ちは何処においていけばいいんだろうね。

男に戻って当然のように、生きていけるものなのかしら。」


「何だ。やっぱりそうなんだね。あんたはやっぱり男の子なんだ。」数葉は笑っていった。

「あんたは、あんただよ。あんたがどっちの格好をしていても、別にかまわない。それがあんたらしさだっていうなら、それはそれで良いんじゃない?夜のショーはお金頂いてやってるんでしょう。それも立派なサービス業のお仕事の1つだよ。

ショービジネスの世界で身体が男、心は女?である事をかくして、やっていくか。まっとうな世界に完全に戻ってくるか。今みたいな2つの世界を行き来する生活を続けるか。あんたがちゃんと決めなさい。ねぇちゃんにはあんたの気持ち全部解るわけじゃないからさ。」


「ありがと。でも、親族が言える科白じゃないわ。それ。さすが太っ腹よね。」エリカは笑って言った。


「あのね~。あんた姉ちゃんを何だと思ってるわけ?男が女になりたいとか、女が男になりたいって事に変だと思わなくは無いけどわよ。そりゃ。びっくりしもしたけどね。でも あんたがそうしたいんなら、仕方がないじゃない。私に一体何が言えるの?やめなさいって言ったら あんた やめるの?

私にはあんたが生きて行き易いようにって願うだけしか出来ないじゃない。

あんたも色々無い頭を悩ませたんだろうしさ。」


「何よ。無い頭は余計よ。立派にちゃんと大学でてるんですからね。」エリカは言った。


「そうだった、そうだった。あんた大学でたからって偉い不利をするからしんどくなんじゃないの。一流大学でても、馬鹿は馬鹿よ。馬鹿弟!」


「何よ~。」エリカは氷を頬ばった口をガリガリ言わせながら姉の方を向いた。


「・・・・でもまぁ あんたのそういう突拍子もないところとか、面白くて 好きだけどね。

肩書きだけ振りかざして生きていく事もそれについてくる責任も辛い事もあるけどさ。」数葉は大きく息を吸い込んだ。

「自分の思うようにしか人って生きられないもんかもね。


どんな事があったとしても、どんな現実を背負っていても。

自分の為に世界が動いてくれるわけじゃないからね。

どんな辛い時でも、何をしててもさ。前を向いて明るくしといてやりましょうよ。」


カラン グラスの氷が解けていく。 静かに 夜が明けていった。