木島信勝23歳。
田舎から、都会に憧れる熱い思いと「いつか、自分の店を出したい。」という希望と野望を胸に抱いて、
美容系の専門学校を終了後に単身、上京してきた。
「俺は何処にいってもやってける!」根拠が無い自信を持っている信勝だったのだけど。
自分で、そういっているだけの事はあって。何処でも、誰とでも すぐに馴染んでしまうのだった。
東京の従業員が3人しか居ない小さい美容室で働いて3年が過ぎた。春を迎え、26歳になっていた。
美容師として働く中で「お前は本物だ。」そういってくれる人もいた。
すごく嬉しくて、そういう一言が自分の価値を裏づけされてるようで『やる気』になる。
「そうだ!俺は出来る人間だ!」そういう信念が在るからこそ、やっていけるんだ。
付き合って三ヶ月になる彼女の幾恵は19歳で、高校には行ってないのに、信勝より遥かに賢い。
解らない事を口に出すと、さらっと答えてくれる。
今は昼間は携帯をデコレーションするバイト をしているそうだ。
高校を退学になった理由は知らないが
おそらく人間関係が下手なだけで、地頭は良い子なんだろうなと思う。
彼女は俺の働いている美容室の客だった。
その時は、今風の綺麗な顔立ちをした子で、爪が長くて、家事なんかできなさそうな子だった。
母子家庭で育って、割かし自由に育ってる感じがする。
インスタントラーメンとかピザとか、スーパーで売ってるお惣菜で育ったと言ってる。
行動が自由奔放で 大胆すぎて男の目をひくのに、無防備だから。
はじめは 守ってあげたいと思わせたけど。
彼女の大胆さを見たら
ある意味では同じ男の目線が気になって
信勝自身がある種、男としての危機感と彼氏としての危機感を覚えないわけでもなく。
そういう男心をくすぐるやり方を幾恵はその年でもう知っていた。
美容室の客には女性が多いから、信勝がそういう誘惑の手練手管に
段々、慣らされていた事もあって。
今は特に 疲れた時に会うと、ただもう疲労感を覚えてぐったりする。
彼女のそういう大胆さが ただもう煩わしく感じる時もあった。
10代の若い頃だったら、ともかく。今はもう少し落ち着いて居たい。
そうは思うけど、都合が良いときに会って、話が出来る。遊べる。そういう点では申し分が無く。
今の彼女が別れたいというわけではなかった。
まぁこの年で結婚するわけでもないから。
今はお互いにあまり重く考えないで、適当に付き合ってる。
昨日、常連のアラウンド40のお客様がきた。
いつもの事前カウンセリングに書き込まれた名前をチェックする。
多嶋未来、職業・・経営コンサルタント。40台前半。
その女性は40才をまわってる風にはとても見えない。
いつも若々しくて、元気そうで、綺麗だ。
そこら辺に居るただ若いだけの女の子より、よっぽど女として努力してる感じがする。
凛としていてパワーがあるのだ。若さだけでは出せない雰囲気だと思った。
信勝には女の努力がどれだけ大変なのか・・、どれだけ投資してるか という事は、あまりわからなかったけど。
信勝の田舎に居る真っ黒くて化粧ないっけがなくて、がさつなかぁちゃんと比べたら天と地程の差がある。・・と 思っていた。
仕事も出来て、女性としても綺麗で。すごいパワーがあって、輝いてる。
本人も『仕事をバリバリやってる時が一番楽しい』と言ってた。
「そうですよね。俺もです。」とニコニコして言うと。
「若い子は良いわね。言葉にうそが無くて。」と 少し寂しそうに呟いた。
他人から見て、1人の人間が表面で見えてる事とそう努力して見せてる事。
と 心の中で思ってることが一致してるわけじゃないんだ。
単純な信勝は そういう難しい考え方をしたことが無いけど。
やらなければならない事をしていて、その中で我慢する事が多いと。
俺みたいに単純な嬉しさや喜びだけではやっていけないんだろうな。
そう思った。
先輩美容師の可奈が「あの多嶋さんが何で離婚したか、なんとなく解るかも。」といっていた。
可奈は子育て中のママさん美容師で、シングルマザーをしている。
同じ職場で出会った美容師仲間の旦那さんが妊娠中に、浮気をした。
浮気相手が妊娠した事で、ばれてしまって大騒ぎになった末の離婚劇だったそうだ。
3歳になる可奈さんの子ども、奈々美ちゃんは、仕事中は実家に預けているそうだ。
家事と子育てと仕事と、どれもこれも時間ぎゅうぎゅうに予定を詰めている可奈は。
最近疲れた顔をする事が多くなった。
仕事の愚痴をこぼす事はないけど。
いつも疲れた時に「はぁー。」と大きなため息をつきながら首をコキコキと鳴らすのが癖だ。
「え?多嶋さんが、離婚?あの人も結婚・離婚してたんですか?離婚したわけってなんなんですか?」ワイドショーのネタのごとく信勝はくいついた。
「あの綺麗さ。見たでしょ?」可奈は箒とちりとりを持った手をぶらぶらさせた。
「はい。綺麗ですよね。」信勝は頷いた。「仕事もバリバリって感じですよ。可奈さんと似てますね。」
「違うわよ~。」可奈がゲラゲラ笑う。
「なんでですか?」
「あの綺麗さって、競う人とか、自分より下の人が居ないと 保てない美しさだと思うの。」可奈は考え深げに言う。
「だから、余計に。家庭におさまって小さく生きていける人じゃないんじゃないかって、思うわけ。」多嶋さんのカットした後で床に落ちた髪の毛を箒とちりとりを持ちひとりで掃除をする。
喋る時も、可奈は手を休めない。
「あぁ~なるほど。でも・・・いつも誰かと比較してしか、自分の良さが解らないってそれもそれで寂しいっすね。」信勝は言った。
「うん。そうだろうな。」後輩の菊川君が言った。「勝ち取ることが全てで。そうやって生きてきたのは自分の選択だし。人より恵まれてるけど。実は寂しい。けど、寂しいっていえない。せめて『今が幸せだ』って強がらなきゃ、って 必死で頑張ってる様に見えますよね。あの人。」菊川が鋭い事を言う。菊川も雑巾を持って目の前の曇ったガラスを拭いている。「実家の母もあんな感じでした。」
可奈は顔を上げて言った。「そうね。私は子どもが居て、良かった。結局仕事だけしてたら、多嶋さんみたいに仕事人間で、ひとりぼっちに なってたかも。木島君はさ、彼女が居るじゃない。」
「はい。居ますよ。」信勝は 胸を張って言った。
くすっと可奈が笑った。「自分が悩んだ事とか、打ち明けてる?」聞きながら、ちりとりに溜まった毛をビニール袋に捨てる。
「うん。まぁ適当に聞いてくれますね。」信勝は彼女の顔をぼんやり思い出した。
「多分、そういう事なのよ。多嶋さんの孤独ってさ。自分が悩んだ時に、慰めてくれる誰かにすがれるのも勇気だと思うんだ。」可奈は箒とちりとりを隅に置いて、顔を上げた。
「難しいですよ。それ。」菊川が口を挟む。
「何で?」可奈は聞く。
「年齢もありますし。若い子だったら、可愛いと思うかもしれないけど。一般的な普通の男だったら、あぁいう立派な人に頼られたらひいちゃいますよ。重いですもん。」菊川はいつも思ったことを率直に言う。
「そっか・・・。」可奈は考え込んだ。
「若いうちなら、許された・・・か。」可奈は 今の自分の生き方に少し疑問を抱く時もあった。
私はこのままでいいのだろうか?このまま子育てをしていくという事を考えると。
いつもひとりで育てていく事に戸惑いや不安を感じるのだ。
支えてくれるパートナーが居れば良いのに・・・・。
可奈は最近、よくそう考えている。
美容師仲間で飲んでると
指名が思ったように取れないと言ってる後輩の菊川が
「客に話題を提供できるように、遊びも大事ですよね。本を読んだり、新聞読むのも大事だとおもうんですけど読む時間があんまり無くて。」
と 真面目な事を言ってきた。
う~ん 俺なんか、暇があったらネットするか、酒飲むか、寝るしか無い。
そんなこと考えたこともねぇな。なんだ この真面目ぶり と 木島信勝は思った。
「まぁ、そうだな。」と信勝は 冷静に答えようとしたけど。
先輩美容師の可奈さんが「まぁ美容師ってある意味ではホステスみたいな要素がないと駄目なのかもね。」と 信勝より先に言った。
「ホステス?」後輩の菊川君と俺は声を合わせる。
「そう。美容師って容姿が大事って言う人が多いじゃない。容姿が大事って言う人って、結局は そこだけででしか人を判断してないから。
ある意味、美容師やってる人って、人に対する思いやりとか、思慮深さに欠けるなって思ってたのね。
私的には。
所詮、美容師って お客様が主役になれる美を追求するお手伝いをするだけで、
人の心の奥まで、踏み込む必要は無いんだよね。あたしたちはさ。
そういう意味では、お客様を 『表面だけ 気持ちよくさせるだけ、楽しませるだけ』で良いんだよね。」まるで確認するように可奈は言った。
可奈には固定客を何人も抱えていたのだが。
可奈自身が、お喋りが苦手という事もあり。
お客さんがこうしたいと訴える要望がどうやっても無理な場合に。
きちんと断るというような域まで達していなかった。
「ふかいっすね。俺、あんま考えた事無ぇ。目の前にある仕事で精一杯っす。」木島信勝は言った。
「うん。私も若い頃そうだった。それはそれで良いんだと思うの。技術を上げることって、すごく大切だよ。
ノリとか、カリスマ性とかさ。そういうのだけでも美容師ってやってけるけど。
そういうのもある種、人をひきつける技だと思うんだけどね。
上辺だけ都合の良いこと言い続けるのも、人と人の関係では、逆に難しいんじゃないかな。
そういうのもさ、結局技術無しで、うわべだけだったらいつかは廃れていくと思うけどな。
どうやって納得させるか。かな。」可奈さんは言った。
「ですよね。」後輩の菊川は言った。
「まず、自分の腕を上げること。お客さんが何をして欲しいのか聞くこと。後、気持ちよくさせる事。」信勝はいかにも先輩っぽい顔をした。
「はい。」菊川は頷いた。
信勝は 時々人を見透かしたような菊川を見ると
何故か自分が本当に何も悩んでない馬鹿みたいな気がして、時々嫌な気持ちになった。
「ははっ、そうね。いつもここに来たいって思わせる様な場にしなきゃとは思うよ。
私はさ。技術は頑張って身につけてきたけど、そういうのって次々新しくなるから限が無いとこあるし。
大体、喋り下手だから、そこを生かして私は聞き役に徹するようにしてるんだ。」可奈さんは言った。「それが駄目なところでもあるんだけどね・・・。」また、ため息をついて首をコキコキ鳴らす。「はぁ~。」
「俺は客のことを考えて何か特別にしてるわけじゃないすけど。友達の髪きるみたいに楽に仕事してるな。こうじゃないと ・・・ってあんまり思ったことないっすね。」俺は言った。
「そうすか。」菊川君が頷いた。
「菊川君は・・・・一生懸命で、ちょっと不器用な感じがする。言いたい事ズバッという事もあるけど・・基本的に寡黙だしね。人とのおしゃべり苦手でしょ?」可奈が笑って聞いた。
「そうなんですよ。」菊川君は可奈のほうを向く。
「うん。」可奈さんは頷いた。
「中には、喋りたくないとか、そういうのが好きなお客さんも居るから、大丈夫だからね。」可奈さんはゆっくり枝豆をつまんで口に運んでいく。
「まぁまぁ、ノメノメ。」俺は菊川君のビールジョッキをいっぱいにする。
「あ、すいません。」菊川君は頭を下げてグラスを手で上に上げてもっていく。
「可奈さんみたいに仕事の出来る人間になりたいです。」菊川君はビールを一気に飲み干してから言った。そして頭を下げて、信勝にビールを注ぎ返す。「どうぞ。」可奈のビールジョッキにもビールを注ぐ。
「あははっ、ありがとう。」華奢な肩をすくめながら可奈は笑った。
「仕事だけ できる人間が 良いのかどうか解らない所もあるんだ。私には。同業者みてたらさ。
喋りだけが上手くて、お客さんの心を掴むのが上手くて、指名をいっぱい取って。いまや店ひとつ任されてる子も居るしさ。
菊川君は、男の子だからね。いつかお店を持ちたいと思ってるなら。
木島君みたいに、それなりに何処でもやってける能力も必要だよ。先輩の良いところ見て盗んでいってね。」
「はい。」菊川君は言った。「はい。」信勝も言った。
信勝は帰り際、彼女に会いたくなって、電話した。
プルル・・・プルル
音が響く。
出ない。
携帯を見つめると。
メールが届いていた1件だけ。「幾恵より」
メールを開くと。一文書かれている。
「別れて下さい。」
それしか書かれて無い。理由が解らない。電話をしても出ない。
遊びだった筈は無い。幾恵は「ずっと一緒にいようね。」と言った事もあるんだから。
俺にべたぼれだった筈。俺の都合の良いときに会って、話をして。遊んで。
あの期間に幾恵が何を考えてるか。
俺は考えた事があったかな・・。
ずっと こうやって自分からの連絡を待っていたであろう 幾恵の姿を思う。
自分は自分が連絡するまで放って置いてしまった。
信勝は そのメールで はじめて 幾恵の孤独感に 少しだけ気がついた。
それでも、信勝はあまり考えない事にした。
次、次。終わった事は 考えても仕方がない。
ただそれだけで終わらせて。
次の恋愛へと漕ぎ出した。
まもなく彼女はみつかり、また破局して。また新しい彼女を探す。
ずっとそれを繰り返している。
結局、どの女性も ずっと一緒に居ても、『信勝と人生を共にする』 と 言うような相手は居なかった。
はじめだけ熱に浮かされたような気持ちで「ずっと一緒にいたいね。」と言うだけで。次第に冷めていく。
そういう恋は『共に人生を歩む』という事には繋がらなかった。
パッと ノリやタイミングで結婚! という感じにもならなかった。
信勝自身が『自分にとって都合の良い女性』しか求めてこなかったからだし、
信勝がそれを小ズルク『隠そう』としなかったからでもある。
そういう事を続けていくと、自分が田舎から出てきた時とは違って
薄汚れていくように感じていた。
仕事もどんどん後輩にとられていく。菊川は上達するのが早かった。
「努力だけは人の倍はやってます。」菊川は褒められると 笑ってそう言っている。
そしてそれはその通りなのだった。菊川は努力家だ。
信勝は毎日毎日 少しずつ焦りながらも、仕事をこなしていた。
自分の彼女に後輩の文句をぶつけて、笑いあって瞬間、納得をしてみるけど。
なんだか気が晴れない。
なんと 先日、可奈さんと菊川君の結婚式があった。
ごく内輪のパーティーだったけれど。
どうやら2人はあの飲み会以来、お互いによく相談をする仲だったそうだ。
菊川君はスピーチで「人の人生を背負うっていうか、結婚も一度してみなきゃ解らないと思って。なるようになるかなって今は思ってます。可奈さんを幸せに出来るように頑張ります。」と言った。
少し大きくなった奈々美ちゃんが菊川君におずおずと近づいて「ママをよろしくお願いします。」と頭を下げた。
菊川君は「皆、一緒に 幸せになろうな。」と 真っ赤な顔をして、照れながら言っていた。
奈々美ちゃんは、言葉もなく。頷きながら泣いていた。
多嶋さんも
大きなお腹をしながら結婚のパーティーに来ていた。
どうやらオーナーと経営がらみの相談で懇意らしく、招かないわけに行かなかったようだ。
「赤ちゃんが出来たの。」多嶋さんは そう言って。びっくりする皆に大きなお腹を見せて回る。「ほら。」
「子どもが出来たって言ったら、相手が逃げちゃって。まぁ元々家庭がある人だから。仕方がないわ。これからシングルマザー、一直線なのよ。大変になるけど。頑張るわ。」お腹をなでながら、優しい声でそう言った。
「大丈夫ですよ。」可奈は 言った。
「私も今までずっとシングル・マザーでしたから。でも子どもは。」奈々美の方を向いて言う。
「立派に育ってくれています。母として、何もしてやれなかったけど。この子の事は、誇りに思ってます。」
奈々美ちゃんは 母親の顔をした可奈の後ろではにかんでいる。
その親子の姿を見て菊川君も頷いている。
多嶋未来は目に涙を浮かべながら
「『頑張ってきてよかった』って 言える日が来たら、それで良いのよね。」と 言った。
その言葉が、信勝の胸にじんわりと染み込んでいった。
明日も また 頑張ろう。