前回からの続き。

やると決めたら超高速。

翌朝ダレずにちゃんと早起きした。



どうやら今や谷部の墓にはもうかなりの年月、

誰も行ってない模様で、たぶんお寺さんが管理しているだろうとの情報。


となれば、溜まった汚れをぜんぶ俺がバチバチにやってやればいいんだろうと。とことんまでやったるわ。



ゴム手袋と、墓石を洗うためのタワシと、

あの何か2本たてるやつ?太い線香とw

あと花と、お婆さんらが飲む用の緑茶と団子と。


お爺さんらが飲む用のビールと、空きっ腹に飲んだら酔うからつまみにチーズと、愛用していたらしいショートホープと。

ビールはいま俺が家で常飲している75%オフの金麦、、、

ご先祖さんたちは糖質オフやら、第3のビールなんて、知らないだろうから新鮮でいいかなとw

ショートホープが高くて驚き。1箱300円、、、

信じられない。ショッポが300円よ?


ぜんぶリュックにぶち込んで。




40年近くぶりに到着しました、某東京のド下町の最寄駅。

いやあ、なんだか久しぶりのような、初めてのような??


なーんにもない場所だったのに。

駅前にサイゼリヤなんかできちゃって。

駅周り「だけ」は綺麗になってましたが、

昔と相変わらず朝から泥酔して独り言さけんでるフェアリーテイルおじさんがいて。笑

ゲットー感満載で、逆に良かった。東京下町のリアル。笑




今は本当にスマホがあって便利です、

Googleマップで寺に迷わずに到着。




さて。

人間の記憶というのはすごいよ。

当時たぶんおれ5〜6歳?くらいと思いますが、たくさんある中から、寺に入った瞬間ほぼ、墓の位置を思い出せました。ちょっと自分でもびっくりした。


お寺さんが最低限の管理をしてくれているとはいえ、やはり大まか感は否めず。


鳥のウンコやら、コケや雑草が生えていたので、早速大掛かりに墓全体を掃除して整えました。



もちろん人生初のこと。

水場7往復くらいして。

なんか、この俺が、俺がですよ?

こんなことしてる自分が不思議。



なるほどな、墓石洗うのって、風呂で頭洗ったり、背中流してやってるような感覚なんだなと思いました。思ったより、ぜんぜんやってて苦じゃなかった。向こうで嬉しく思ってくれていたら良いが。



実は、俺なんもわからないから、ケミクールみたいな業務用洗剤でも持って行って除菌がてら洗い倒してやろうと思ったんですが、それは町中華のオヤジに止められました。

墓石が溶けるぞって。それもうスリラーやん。笑

水だけで自然に洗うからいいんだろうと言われ。。。


でも確かに、水だけでも丁寧にガシガシ掃除すればピカピカになるものなんですね。初めての経験でした。うっすら汗ばんだ。気持ちよかった。



そこから、色々買ってきた供物や花、線香を無事に御供えして。

どうだい。

見違えるほどピカピカにしてやった。

強いて言えば花の茎をもっとカットすりゃ良かったか。でも初めてなんで、及第点としてくれ。



さてと。

えらく墓が小さく目に映りました。

(ちなみに写真は下からナメたw)


それもそうか、40年前は俺も身長が低かったから、墓のほうがデカかった。

ところが今じゃあ俺のほうがでかい。


昔は親の付き合いで来てたようなものだし、

子供心に感慨もなかったけど。


あれから家族も色んなことがあって、

この墓は見捨てられたまんまになってしまった。

あるいは、俺もその一端で見捨ててしまい放置してしまった。この日まで。



なんて思いだしたら、別に返答がほしいわけでもなく、

訥々とご先祖さん相手にご挨拶から、独りトークを展開しはじめ、どれくらいだろうな、30分近く?喋ってました。もちろんシラフよ。

俺も下町のフェアリーテイルおじさんやないかい。笑


不思議なのは、お墓なのに怖いとか嫌な感じが全然しないということと。

むしろ当たり前?かわからないけど、親族と一緒にいる感覚というか、親近感つうか、ずっと居られる変な感じがあり。

結局、大掃除を含めて1時間以上居たのではないか。


色んなことを話しました。

どんどん言葉が湧いて出てきたので。気付けば喋りまくってました。

詳しい内容は誰にも言うつもりはないが。

これは飽くまで俺個人vsご先祖なので。

別に戦ってないけど。笑



まあひとつ皆さんにも言えることがあるとすれば、谷部という名前でいられること、ご先祖さんたちへの敬意か。


弓矢の矢ではない、谷のつく印象深い珍しいヤベという名前で生まれ。小さい頃からずっと、ヤベがヤベエと言われw


小さい頃は正直コンプレックスだった。変わった苗字で。なんで俺は佐藤とか鈴木じゃないのかって思ったこともあった。苦笑

さらに俺の場合は下の名前も変わっている。


でも大きくなるにつれ、仕事やプライベートで

「谷部、谷部くん、谷部ちゃん、谷部っち」などと呼ばれ。


俳優座に入ってから谷部 央年として、世間の皆様に少しずつ認知をしていただき。


今だから言っちゃうけど、2011年の日本の年間人名急上昇検索ランキングはなんと、

当時3位の島田紳助さんについで、谷部央年はなんと4位!という、とんでもない記録が実はある。

調べなくていいからね今さら。苦笑


そこからも様々、各種メディアやジャンルでの仕事を通じて日本の多くの方に「谷部」の名前は知られることとなり。まさかご先祖さんたちもギョッとしたんじゃねえかと。笑


そうして今があるわけですが。



この期に及んで都合良く御先祖さんたちに助けて下さいなんて思っちゃいないですと。


俺は自分でもっと切り拓かねばならないので。

暖かく遠くで見ててくれればいい。



あとは。

先祖代々繋げてくれたファミリーツリー的に、

残念ながら、実はどうやらこれが最後になってしまうだろう「谷部」が俺のようだ。

これは成り行きでそうなってしまった。

ここからどうなるかわからないけども。

とにかく最後まで、谷部らしくやっていくつもりだと言いました。それに関して恨みっこは無しだぜと。

いまこうして平和にゆったりした時の流れの中で対面できていることが、何よりでしょう。



またいつの日になるか。近いか遠いかわからないが、俺は墓に行くつもりです。掃除しに行く。


大層に言わば、スターウォーズにおける

「バランスを保つ者」の最後が俺、みたいなものだと思います。


行けて良かった。清々しい気持ちになりました。