その中で、湯島デリーのカレーが相変わらず最高!という話題も。。
そうなんだ、俺はもうしばらく湯島には来訪できていないし、デリーはもちろん、
アメ横もしばらくご無沙汰になってしまっている。。
ああ、湯島デリー行きてぇ、、と思いつつ、
実は同じようで全く異なる「銀座デリー」.....
しかも監修のコンビニカレー
これで何とか自分を誤魔化す本日でございました。(しかしよくできていると思う。美味しい。)
いずれまた下町に戻りたい。
いっちばん落ち着くのは、やっぱり下町だってことがよくわかった。そりゃそうか。
テメエとかコノヤロウとか、まっつぐとか普通に言っても誰も意に介さないから好きだ。笑
さて。
あとはまあ、同級生との意見交換ですよね。
これについては他の場合との優劣とかいうものの見方ではなくて。
例えば俳優さんや声優さん、DJの方や音楽関係者、アパレルの方や飲食の方、クリエイターなど、年齢や社会的立場に関係なくいろんな業界の方々と俺は積極的にいつも意見交換をさせてもらうようにしていて、
その都度参考になるし励みになっているんですが。
こと「同郷の同級生」とのたまの意見交換というのは、ほんの少しそれとは違ってくる。
本人の苦労だったり、ストーリーを聞いていると、ほんのりどこか昔の可愛げのあった頃の残像を残しながら、いまこうして歳とってシワ増やしてる背景みたいなものが、うっすら見えるような感じがして。
付き合いの長さによるものなんでしょうね。
とはいえ私も湯島に本格的に住み始めたのは実は12歳からだから、きちんと知り合って数えて33年?のお付き合いですか。
これを長いと捉えられる読者の方も多いと思いますし、未だにこうして同郷の同級生の大多数と繋がりがあることも普通からしたら不思議がられるのかもしれませんが。
これが東京の下町の人間関係なんですね。
人情とは言ったものですよね。
でも私なんて、はっきり言ってペーペーです。
12歳からですから。
父親の実家が湯島だったから最終的に戻ったにしろ、
俺はもともとはジプシーウーマンじゃないけれども、都内の家を転々として過ごしたHe's homeless状態だったのを、みんなが快く仲間に受け入れてくれた恩があるわけで。
いちおう湯島出身の芸能人は、もう引退したけど後輩で大橋のぞみと、俺ですのでwww
もっと俺もこれから改めて頑張ってレペゼン湯島かましていかないとなって。笑
とんでもないのはね、、
いま湯島の他の同級生たちは、ほとんどが保育園や幼稚園からの繋がりばかり!!!!!!
お前ら何年の付き合いなの?!
40年以上ってことだろ?!!!
とんでもねえことですよねwww
ありがたいことですよ。この中に居させてくれてね。
少なくとも、真の孤独死は既にキャンセルされているので良かったよ。。。
たかれる奴がいっぱいいるからよwww
昨日DJブースで選曲している時に、その時ちょうど目前の光景がたまたま全員、湯島の面々だったんですけど。
そういえば、ほんとDJを始めだしたばっかり、谷部の実家から歩いて10秒の川崎の実家でDJの練習を日々、深夜に2人でやってる時だったか、
確かあいつが、いずれ自分の店を持って、同級生を集めてパーティ出来たりしたら格好いい大人だよな、
みたいなことを、サントリーカクテルバーのバイオレットフィズ呑みながら言ってたことを思い出した。(←時代)
確かに言っていた。
俺も本当それ昨日光景が重なって思い出した。
たぶん言ったこと自体あいつは間違いなく忘れていると思う。敬之ではなく、今は隕石くん。。。
なんか、その観点ではきのう地味に小さな夢を叶えてしまったな。
叶ったな。
年1くらいで、またやってみてもいいかもな。
今日のYouTube。
谷部 央年でした。
