昨日、ちょっと変わった夢をみた。
小さい時から今に至るまでに関わったいろんな人が、次から次に目の前に現れて、握手するという…
俺はAKBかとセルフツッコミするが。夢の不思議なところって、自分の言動とはまた違ったところに自分の意思みたいなものがあって、俯瞰している。
これって皆も同じ?
とはいえまあ、夢なので、整合性がない。
人生に深く関わった人も現れれば、うわ!このひと懐かしい!ていう人まで、とにかくひとりひとり握手していくという夢。
ハッと目覚めた時、午前3時を過ぎていた。
変な感覚だった。
俺は自分の人生を生きるにあたって、あえて、なるべくコダワリをもたないように心掛けている。
自分のなかに拘りを持つことは大いに素晴らしいこと。でも俺はそれを表出しないようにしている。
要は餃子のタレの割合が、8:2だろうと、2:8だろうと、なんだって構わない。
とにかく同じ時に美味しい餃子が食べられたその事実を共有できれば、それが本望!と思う人のひとり。
それが本来の人間にあるべき、まさに人との間の、絆だって、そう信じている。
THE O'JAYSの、FAMILY REUNIONて曲が染みてくる。
付き合いが多かれ少なかれ、他人に出逢った、知り合ったことは、人生において何某かの意味をもたらしているって考えていて、
きっとそれって、前世の何かとか、人には測ることのできない、この世に生かされている不思議に繋がっているんだろうって、そう信じている。
例え、自分の人生で1ミリに満たないような絆だったであれ、それは大切にしたいなと思う。
じゃなかったら…少なくとも俺みたいに、他人の心を汲み取る、触れる、そこに語りかける仕事をする本懐には至れないだろうって確信してるし、語ることなんか、余計に嘘になる。
社会的な成功だったり、有意義に生きる人生観だったり。日々揺れ動きながら、人は歩みを止めることは許されない。たいへんなことだ。
でも。
絆を大切にする、しないは、それ以前に最も大切なことだって、そう思う。
だから、俺は蔑ろにはしない。
それが人生だから。
外に出た。朝焼けが綺麗だ。
視界いっぱいにクリアに映ってる。
小さい時から今に至るまでに関わったいろんな人が、次から次に目の前に現れて、握手するという…
俺はAKBかとセルフツッコミするが。夢の不思議なところって、自分の言動とはまた違ったところに自分の意思みたいなものがあって、俯瞰している。
これって皆も同じ?
とはいえまあ、夢なので、整合性がない。
人生に深く関わった人も現れれば、うわ!このひと懐かしい!ていう人まで、とにかくひとりひとり握手していくという夢。
ハッと目覚めた時、午前3時を過ぎていた。
変な感覚だった。
俺は自分の人生を生きるにあたって、あえて、なるべくコダワリをもたないように心掛けている。
自分のなかに拘りを持つことは大いに素晴らしいこと。でも俺はそれを表出しないようにしている。
要は餃子のタレの割合が、8:2だろうと、2:8だろうと、なんだって構わない。
とにかく同じ時に美味しい餃子が食べられたその事実を共有できれば、それが本望!と思う人のひとり。
それが本来の人間にあるべき、まさに人との間の、絆だって、そう信じている。
THE O'JAYSの、FAMILY REUNIONて曲が染みてくる。
付き合いが多かれ少なかれ、他人に出逢った、知り合ったことは、人生において何某かの意味をもたらしているって考えていて、
きっとそれって、前世の何かとか、人には測ることのできない、この世に生かされている不思議に繋がっているんだろうって、そう信じている。
例え、自分の人生で1ミリに満たないような絆だったであれ、それは大切にしたいなと思う。
じゃなかったら…少なくとも俺みたいに、他人の心を汲み取る、触れる、そこに語りかける仕事をする本懐には至れないだろうって確信してるし、語ることなんか、余計に嘘になる。
社会的な成功だったり、有意義に生きる人生観だったり。日々揺れ動きながら、人は歩みを止めることは許されない。たいへんなことだ。
でも。
絆を大切にする、しないは、それ以前に最も大切なことだって、そう思う。
だから、俺は蔑ろにはしない。
それが人生だから。
外に出た。朝焼けが綺麗だ。
視界いっぱいにクリアに映ってる。